37 ハルスでの立ち位置

「それで整備は終わったのか?」

「ああ、ばっちりだ」

「完璧よ」


 夜通しの作業だったのだろう。ラズルが再度格納庫を訪れたのはカルロスとの話を切り上げた翌日の朝だ。話をする前に機体の様子だけでも見ようと思ってきたのだが……当人たちがいるとは思っていなかった。

 男女二人が一夜を共にしたと言えば艶っぽい出来事が連想されるはずなのに、今の二人からはそんな気配は一切ない。ラズルからすれば逆に不気味である。

 

(やはり余如きでウィンバーニ嬢を御するのは無理だったか)


 価値観が違い過ぎるとしか言いようがない。ラズルの護衛も心なしか呆れた目をしている。護衛代わりの第三十二分隊の面々は交代で仮眠を取っているのだろう。戦場でもないのにそんな強行軍を強いられている彼らにラズルは同情する。

 

「徹夜明けだが、大丈夫なのか?」

「平気平気」


 今のカルロスは睡眠の要らない身体だが、流石にそれを正直に話す訳には行かない。ラズルの事はそれなりに信用しているが、限定的とはいえ死者を蘇らせる事にどんな反応を示すかが全く読めない。下手をしたら排斥される可能性もある。簡単には明かせない。

 

「……私は仮眠を取らせてもらうわ」

「分かった。マークス、送ってやれ」


 ラズルが護衛代わりにテトラを付けようとするとクレアは非常に嫌そうな顔をした。

 

「要らないわ。むしろテトラが付いてきたら眠気が吹き飛びそうだもの」

「酷いなー」

「ああ、確かに」

「否定できる要素が無いな」

「二人とも酷いなー」


 一人で歩いて行くクレアの足取りはしっかりしているが、そこまで無防備にさせるわけには行かない。ハルスは未だ彼らの味方ではないのだから。

 ラズルの周囲を護衛で固めているのも同じ理由だ。ハルスがそんな短絡的な行動に出るとは思えないが、ただでさえ四つの王家が並立している特異な権力構造だ。どんなやり取りが行われて突如方針が転換されるか分からない。

 

 それでもまだ大分人数は減らしているのだ。カルロスが死霊術で使役した小動物の監視網を作り上げていなければ今の倍は人数が必要だっただろう。

 

「さて……問題は乗り手だが。紅の鷹団の誰かに頼むか?」

「うーん。まああいつらでもいい勝負はすると思うけど」

「けど?」

「エルヴァリオンの操縦感覚がアイゼントルーパーとは大分違うからその為の訓練は必要だと思う」

「そうなのか?」


 ラズルの疑問は同じ魔導機士だろう? と言う意味合いが言外に込められていた。話を聞いていた彼の護衛も似たり寄ったりの表情だ。

 

「もちろん基本は同じだけど差異はある。そうだな……短槍と長槍の違い位だな」

「なるほど。結構違うんだな」

「……あれ?」


 どうにも、基本的に自ら剣を取り前線に出る騎士たちと最低限の護身用の剣技を修めているだけのカルロスでは感覚が違う。その感覚の違いについては議論しても仕方がないので棚上げとした。

 

「取り敢えず同じように見えても違うって事が分かって貰えればいい」

「なるほどな。そうなると乗り手は」

「当然、俺だ」


 胸を張るとラズルが一つ頷いて尋ねてくる。

 

「それで本音は?」

「まず俺が改造したんだから俺が乗りたい」


 操縦系の魔法道具へ融法を使って干渉する侵食型制御。かつてはその切り替えが出来なかったが、今のカルロスならばそのオンオフは自在だ。胸を張って己の欲求を優先させるカルロスにラズルは溜息を一つ。

 

「段々お前の考え方が分かって来たぞ」

「そうか。それはありがたいな」

「お前が魔導機士馬鹿なのはよく分かった……まあお前の腕なら心配は要らないと思うがよろしく頼む」

「凄く馬鹿にされている気がするぞ。融法使わなくても分かるぞ」


 融法阻害の魔法道具はハルスから貸与された土地に広く展開している。少なくとも外縁部には隈なく張ってあるので融法を使って忍び込むことは難しい。他にもラズルの執務室や、格納庫の様な重要情報がある場所にも設置されている。カルロスがハルスに来て最初に終えた仕事だ。そのお蔭でカルロス自身も融法が使えなくなっているが防諜の方が大事である。

 そして、融法が封じられているカルロスでも分かるほどにはラズルの声には呆れが込められていた。

 

「一応褒めている。そのお蔭で我々は助かっているのだからな」

「それなら良いんだが」

「それじゃあ健闘を祈る。この後の細かい話はこいつから聞いてくれ」


 ラズルが軽く腕を振るのに合わせて一人の文官が前に出る。

 

「それでは本日の段取りを説明させていただきます」

「よろしく」

「現在我々はこちらの区画から出る事を禁じられています。その為、この近郊にある平原へ特例として移動許可が出ました。今回の模擬戦はそちらの平原で行われることになります」


 一応ログニスの今の扱いとしては一区画に押し込められたお客様だ。許可なく区画外に出る事は禁じられている。無論、抜け道はある。元々この国で活動していた紅の鷹団や、カルロスの眼となり耳となる小動物のリビングデッド軍団などで外の情報は得られていた。

 

「移動時にはハルスの魔導機士が護衛に付く様です」

「護衛、ね」

「まあ名目としてはそういう事です。恐らくはこの区画を監視してた機体が担うのではないかと」


 すぐ近辺には古式魔導機士を中核とした騎士団の駐屯所が存在する。他国の魔導機士が国内にいるのだからその警戒は至極当然の物だろう。最も、付けられている数からすると過小評価されている気がしないでもない。

 そのちぐはぐさはハルス側でも意思統一が成されていないのだろうかとカルロスは思う。

 

 現状のログニスの魔導機士はエフェメロプテラ、ガル・フューザリオン、ラーマリオン、エルヴァリオン、量産型エフェメロプテラの計七機だ。ラーマリオンは陸戦ではほぼ無力。量産型は残骸寸前と考えると実働は三機。とは言えそれに対して一機の監視など抑止力としては然程の役には立たない。

 

 その辺りの矛盾にはラズルも気付いている筈だが、交渉ではおくびも出さない。

 カルロスは自分が政治には向いていないとはっきり自覚しているのでその辺りはラズルに丸投げだ。だがここまで難しいかじ取りをしてきた組織の長だ。きっとうまくやるだろうという信頼感がある。

 

「移動は本日の日中、昼時を予定しています。御準備を」

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