28 連絡役

 オルクスに到着してから一週間。王党派の面々はその上陸期間を貴重な休息に当てていた。交代で休みを取り、ここまでの強行軍の疲れを取る。

 ハルスまでは後僅か。だがその僅かを油断なく行くためにここで万全を整える腹積もりだ。

 

 その休息も終わりを迎える。元々が物資補給のための寄港だ。それが済んでしまえば用事は無い。

 それ故に、カルロスはもう一度グランツの元を訪れていた。前回の様に神殿では無い。まだ人目のある通りの一角だ。

 

「来たか。返事を聞かせて貰おうか」

「……悪いが、断らせてもらう」


 その言葉を発するのにはカルロスとしても少々の覚悟が必要だった。二百年の拘束期間と言うのは今のカルロスには長すぎる。返答の場所を通りにしたのはいざという時に逃げられるようにだが、幸いにもそれは杞憂に終わった。

 

「そうか。ならば行くと良い」

「待ってくれ」


 用は済んだとばかりに踵を返すグランツをカルロスは思わず呼び止めてしまった。グランツがローブの裾を翻して振り返る。

 

「何だ? これでも書類仕事で忙しい身なんだ。他の連中は何もやらなくてな」

「そうなのか。いや、それはどうでもいいんだが。俺を見逃すのか……?」


 カルロスとしては大罪機であるエフェメロプテラを見逃していたのは勧誘の為だと思っていた。それが破談となった以上、相手には躊躇う理由は無い……と思っていた。

 

「見逃すも何も……貴様の機体の様な微弱な大罪、我々には感じ取れない。あるかもわからない物の為に我々が一々足を運ぶことは無い。それだけの話だ」


 嘘だ、とカルロスは思った。帝都ではエフェメロプテラを大罪機だと認識していた。感じ取れないというのは明らかな嘘。何故そんな嘘を……と思った所でカルロスは思い至った。

 

「……感謝する」

「感謝される謂れも無いな……気が変わったのならば何時でも言うと良い。貴様の為に門戸は常に開いている」


 グランツはカルロスを黙認することにしたのだ。少なくともエフェメロプテラが現状を維持している限りは大罪機として追い回すような事をしないと。その宣言はカルロスにとっては何よりもありがたい物だった。二国から追い回されることを避けられた。結果としては最上とも言える。

 一礼して、カルロスは港へと駆け戻る。その背を見送ることも無く、グランツは青い空を見上げながら呟く。

 

「これで一つ、貸しを返したぞ。ラスティ・アルニカ……ふん、あといくつ残っていたか」


 面白くなさそうにグランツは鼻を鳴らす。だがその表情はどこか晴れ晴れとしていた。

 

「クレア・ウィンバーニが存命中は奴も離れないだろう……彼女を押さえようとすれば反発するのは目に見えている」


 グランツはレグルスの所業を見てきた訳では無いが、そのくらいの事は少し話せば予想が着いた。ならば答えは簡単だ。

 

「人間の寿命は精々七十年。その位待つのはどうという事は無い」


 決して短いとは言えない時間だが――グランツにとっては長いとも言えるほどでは無かった。既に何千年と待ったのだ。今更その程度は大した時間では無い。

 

「それに、保険もかけておいたしな」


 人の悪い笑みを浮かべてグランツは神殿に戻る。当面はあの大神官の悔しがる表情を肴に楽しむことにしようと思いながら。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「無事終わったのね」

「ああ」


 桟橋で迎えに来ていたクレアと頷き合う。その後ろにはぞろぞろと第三十二分隊の面々が続く。カルロスも単身で向かった訳では無い。周囲に彼らを潜ませていたのだ。最もオルクスが本気になった時にそれがどこまで有効かと言うのは判断に迷うところだったが。

 

「意外とすんなり話が終わったよ」

「それはですね。グランツ様としては後輩様を気に入っているのですよ。ああ見えて人情話に弱いというか……結構情の篤い人なんですよ」

「そうは見えないな……」


 とそこでカルロスは今自分が誰と会話をしているのか疑問を覚えた。どう考えてもクレアでは無い。

 

「ネリン、さん? 何でここに……」

「何でって嫌ですわクレア様。私がここにいてはいけませんか? 悲しいです」

「いや、そう言う心情的な話じゃなく……」

「もちろん冗談ですわ。連絡係として私はここに来ました」

「連絡係?」

「ええ。オルクスと、ログニスの」


 それは非公式にではあるが、オルクス神権国が王党派を正式なログニス王国と認めたという事になる。その後ろ盾はハルスに於いて立場の不確かな王党派を強固に支えてくれるだろう。

 

「神剣使いが国許を離れていいのかよ……」

「大丈夫ですよ。神権機は置いて行くので私の不在はばれません。ぶっちゃけローブで顔を隠しているのって影武者をやりやすくするためですし……あ、これ秘密ですよ」

「聞きたくなかった」

「お二人の秘密を知っているだけではフェアじゃありませんからね。何事も平等に、です」

 

 そう冗談めかして笑うと、ネリンは表情を引き締めた。

 

「まあ連絡役と言うのは建前で、本当の理由はいくつかあります」


 一つ、とネリンは指を立てる。

 

「後輩様の機体……大罪機の監視。基本的には放置ですが、覚醒した場合は私が処理することになります」


 まあ予想していた事ではあった。覚醒とは即ち神権の破壊を目的に動くという事だ。自衛の意味でも神権機が動くのは必然と言えた。グランツも目溢しするとはいえ完全な放置はしなかった。

 

「二つ目はグランツ様の指示ですわね。お二人を影から手伝い、その目的を達成させる事」

「俺たちの手伝いって何でそんな事を」

「グランツ様からの伝言です。『さっさとそっちのやりたい事を終わらせてこちらに来てくれることを望む』以上です」

「自分勝手だなあの人……」


 他人の都合を考えないという点でレグルスに通じる物がある。いや、こちらは一応カルロスの意思を確認し、手伝いを寄越しているだけ百倍マシだが。

 

「三つ目は……」


 重々しい口調でネリンが言う。今までの二つでさえおっとりとした口調を崩さなかった彼女がここまでもったいぶる。余程の理由かと身構える。

 

「私もお休みが欲しかったのです」

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