24 継承

 俄かには信じがたい話だった。とは言えそんな嘘を吐く意味と言うのは余りない。カルロスは知らず内に乾いていた唇を舐めながら問いただす。

 

「記憶を継承している、だって?」

「と言っても完全ではないのです。私の受け継いだ物は継承の回数が多過ぎて、本当に僅かな記憶しか残っていないというのがその証かと」

「不完全な継承……下手したら文章で引き継ぐ方が効率がいいんじゃないかしら」

「ああ、その通りだろう。私ともう一人以外の神剣使いは初代の使命感だけを引き継いでいる様な状態だ」

「そのもう一人は十数年に一度しかオルクスに帰ってこない自由人というのが困り物ですけど」


 ネリンが溜息を吐く。先ほど欠けている一について言葉を濁していたのはそれかと一応の納得をする。そして自分は例外だというグランツにカルロスは片眉を上げる。


「あんたは?」

「グランツ様は神剣使いの中で唯一死の洗礼を受けていないお方。つまりは初代様よ」


 ネリンの言葉にカルロスは今度こそ絶句した。

 

「あんた何歳だよ!?」

「今の龍皇が生まれるより大分前に五百を数えたが……正確な所は覚えていないな。五千は超えていないと思うが」


 若作りと言う次元では無い。まさかと思いながら恐る恐る問いかける。

 

「人間、だよな?」

「数千年生きれる存在を人間と数えていいのか悩むところだが……生まれた時は確実に人間だ」

「それだったら人間だよ」


 それを人間でないと認めてしまったら、カルロスは自分も仲間達も人間ではないと認める事になる。そんな想いの含まれた言葉にグランツは口元に笑みを浮かべた。

 

「死霊術師らしい死生観だ」

「知ってたのか」

「知っているともさ。レグルスではないが、私もお前たちを調べていた」


 処理をする前にレグルスに先を越されたがな、と言うグランツにカルロスは冷や汗を流す。もしかしたら、あの場に居たのが神権機だったかもしれないという事だ。そうなったら絶対に今は無かった。跡形も無く消し飛ばされていた未来しか見えない。

 

「だが、どうやってそんな事を……」

「お前はもう知っているはずだぞ。カルロス・アルニカ」


 その言葉にカルロスは目を見開く。まさか、と言うつぶやきが意図せず口から漏れる。

 

「死霊術、だっていうのか」

「そうだ。融法解法創法を主軸として成立させる魂への干渉術。当時は魂魄法と呼ばれていたが……」


 ふと懐かしそうにグランツは視線を細める。在りし日の光景を思い描いているかのようだった。

 

「既に気付いていると思うが、魔導機士の根幹であるブラッドネスエーテライト。その加工には死霊術が必要だ。それは神権機であっても変わらない」


 ブラッドネスエーテライト? とクレアが首を傾げていた。その辺りは説明してなかったかとカルロスは後で締め上げられることを覚悟した。

 

「言い換えれば死霊術とは神のみに許されていた魂の操作と言う領域に足を踏み込ませていた技法だ。必然我々にも関わってくる……私の場合は朽ちぬ肉体だ。神剣使いとは神権機のコアユニットであり、起動器でもある。私たちがいない限り神権機は絶対に動かない」


 その関係性は、今のカルロスとエフェメロプテラの関係に良く似ている。もしや、と言う考えがカルロスの中に生まれた。死霊術――つまりは融法創法解法を極めれば神権機を生み出す事も叶うのではないかと。

 そしてグランツの言葉に納得した様にクレアが言葉を漏らす。

 

「なるほど。だからあの皇子は神権機の破壊に拘っていたのね」

「初めて聞く話だな。奴と何を話した」

「レグルスは神を殺すと言っていたわ」


 クレアがアルバトロスで聞いたレグルスの理想を聞いたグランツとネリンは揃って表情を歪める。

 

「何と言う無茶苦茶な……」

「でも理論上は可能と言うのが恐ろしい話ですわね」


 むしろカルロス達はその反応に驚いた。自分たちを殺すという計画に対してそこまでの拒否感が無い様に見える。

 

「良いのかよそれで」

「我々が犠牲となって邪神を確実に眠らせる事が出来るのならば悪くは無い」

「そうですわね。確実に、ならですけど」


 あっさりと己の死を容認する二人にカルロスは嫌悪感を覚える。或いは、次に記憶を引き継げるが故の考え方なのか。似たような存在であるカルロスからしても理解が出来ない。もっと単純に、自分自身の存続よりも邪神と言う存在を許容できない想いの方が強いのかもしれない。

 

「しかし神殺しの為に大陸を制覇するか……となると奴は止まらんな。面倒な」

「ええ、困ったことになりましたわね」


 一転して二人とも渋面を浮かべる事にカルロスもクレアも揃って首を捻る。

 

「いや、神権機の能力を考えると特に困ることも無いと思うんだが」

「正直、眉唾だと思っていたのだけれどもあれだけの能力があるなら、アルバトロスとだって武力で負けはしないと思うのだけれども」

「それは出来ない。我々は原則として人を殺せない」

「そうなんですわよね……」


 あっさりと明かされた神剣使いの縛りにますますカルロスは分からないと言いたげな表情になる。

 

「どういう事か説明してくれ」

「……邪神が封印されているという事は聞いたか?」

「クレア経由だけど」

「構わん。その封印その物については?」

「いや、詳しくは……神権機がそれを担っているというのは聞いたが」

「その通りだ。そしてもう一つ。大陸の人間。その一人一人が邪神の封印として機能している。それ故に数が減ると封印が緩むのだ」


 頭痛を堪えるようにこめかみに指を添わせるグランツは大きく溜息を吐いた。

 

「今回の様に邪神絡みならばある程度自由は利くが……」

「困ったことに今アルバトロスを止めるにはレグルスを排除するしかない。でもそうしたら今度は」

「その後釜を狙ってアルバトロスでまた内乱が起きるでしょうね。今度は王党派と他国も巻き込んだ泥沼の」

「出来ればその事態は避けたいのですよね……大勢死ぬでしょうし」


 アルバトロスが現在の状況になった時点で神剣使いは自発的な介入を封じられてしまったのだという。何と言う面倒な縛りだろうかとカルロスは初めて神権機を不便だと感じ、溜息を吐いた。

 予防的な武力行使さえも抵触するというのだから融通の利かない決まりにも程があった。

 

「誰だよそんな縛りいれたの」

「我らが神だ。諦めてくれ」


 もう取り消すことも出来ないとグランツは再度溜息を吐いた。

 

「そして大罪機はそんな我々を狙ってくる。全ては邪神の封印を破壊し、邪神をこの世に解き放つ為に」

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