28 新たなる参戦者

 万物を塗り潰す漆黒の光がグラン・ラジアスの大剣から解き放たれた。その特性は機法時から更に発展した物だ。魔力だけでなく、あらゆる物質を単一の物質――通常の魔導炉では魔力に変換できない漆黒の不活性化エーテライトに変換する。それは魔導機士であっても、対龍魔法(ドラグニティ)であっても関係が無い。

 無二の大罪法(グラニティ)。その名に相応しくただ一つの存在以外を許さない。

 

 対するエフェメロプテラの大罪法は言わずと知れた反撃の極致。あらゆる対龍魔法(ドラグニティ)に自分の力を上乗せし、相手へ叩き返す究極のカウンター。だがそれは果たして大罪法にも通じるのか。

 エフェメロプテラの周囲に飛散する虹色の輝きは、グラン・ラジアスの大罪法を分解して生まれた物だ。今の所確かにその効果は発揮されている。だが跳ね返すには至らない。

 

「押し、切れない!」


 カルロスの苦悶の声が漏れる。相手の魔法に綻びが無い。まず最初の段階として、相手の機体からの対龍魔法――今回は大罪法を分析し、止めないといけない。分析は出来た。しかし完全に異界の法則であり、理解が出来ない。同じ大罪機、大罪法にも関わらず明確な優劣が付けられている。

 

 当然だ。大罪法とて魔法。扱う者、即ちグラン・ラジアスとエフェメロプテラの大罪機としての格が違う。レグルスの言った通り、カルロスが己で受け入れきれていない。本来ならばエフェメロプテラは古式以上の機体性能を手に入れている筈だった。それが新式に毛の生えた程度に留まっている原因は彼の中にある。

 

 黄金の日緋色金が黒く濁っていく。エフェメロプテラの『|大罪・模倣(グラン・テルミナス)』がグラン・ラジアスの『|大罪・無二(グラン・ラジアス)』に食い破られていく。遂に圧に耐えかねてエフェメロプテラの日緋色金の盾が砕け散った。『|大罪・無二(グラン・ラジアス)』の極光がエフェメロプテラを襲う。

 

「魔眼投射!」


 エフェメロプテラの左顔面の仮面が開く。そこに仕込まれている魔眼は結晶化の魔眼。視界に入り込んだ魔法を結晶化――即ちエーテライトに変換するという類を見ない程に強力な物だ。極論、この眼を持っていたバジリスクの特殊個体を飼い馴らす事が出来れば、その戦場に置いて魔法は無力化されるだろう。

 

 突然変異であろうこの眼を持った個体はカルロスも一頭しか見つけられなかった。その両眼、つまりは二個しかないカルロスの切札の中でも替えの利かない貴重な物だ。

 そんな自然発生した魔法の極致とも言うべき物も大罪法を前にしては分が悪い。それでも面目躍如というべきか。『|大罪・無二(グラン・ラジアス)』の大半をエーテライトへと落とし込むことに成功した。だというのに、まだその威力には余裕がある。

 

「くそっ!」


 砕かれた左腕を下ろし、代わりに右腕を盾にする。それで防げるとは思わなかった。何かを盾にしなければという一心の行動。

 

 そしてエフェメロプテラが黒い光に飲み込まれた。

 

「……これで終わりか」


 レグルスは溜息を吐く。担い手の性質か。期待していた性能には届いていなかった。だがそれはこれから改善が見れる部分だ。操縦者を説得するなり、挿げ替えるなりで。

 大罪法に習熟したレグルスにとって、塗り潰す対象は自在だ。今回に付いていえば、エフェメロプテラの胴体部以外は全て黒いエーテライトへと変えるつもりだった。

 対抗手段を奪った上で二人を確保する。そんなレグルスの目論みだが――『|大罪・無二(グラン・ラジアス)』の光が消え去った光景を見たことで白紙となった。

 

「馬鹿な……! 何故だ!」


 そこにエフェメロプテラは居た。相応のダメージを負ってはいる。直撃を防いだ左腕は日緋色金の鉤爪は粉々となっていた。両足の装甲もエーテライトに変換されたのか多くが消失している。

 

 その中で、右腕だけが無傷だった。包み込んでいる地竜の革に綻びの一つも見えない。有り得ない事だった。

 

「何なんだ、その右腕は!」


 明らかに異質。エフェメロプテラの右腕だけが別の法則で動いているかのようだった。

 そんなレグルスの叫びを無視してカルロスは考える。確実に勝てない。機体性能の差。それは数字にすれば1.5倍程度だろうか。だがその二倍にも満たない差は絶望的だ。

 

 この状況を打破する方法。それは――ある。だが不完全なままのそれを振るえば自滅するかもしれない。それ故にそれは厳重に封印されてきた。エフェメロプテラの右腕。そこに秘された機能を開帳するべきか否か。

 

 その逡巡は乱入者によって遮られた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 時は僅かに遡り、外城壁前。

 そこでは大型魔獣と量産型エフェメロプテラによる決死のヴィンラードの引き留めが行われていた。こいつをフリーにしてはリビングデッドの魔獣群は壊滅してしまう。

 第一親衛隊が自由に動けないお蔭でどうにか崩壊を免れていた。それでも第二親衛隊がそれをカバーする勢いで魔獣を殲滅しているので現状でもギリギリだ。

 

「ハーセン! カルロスからの連絡は!」

「ま、まだです!」


 魔導科と錬金科の四人による地道な魔導機士の無力化にも限界がある。そう長く続けられる物では無い。魔法道具を湯水のように使って実現している戦法だ。元より数に限りがあった。

 騎士科三人による量産型エフェメロプテラの戦闘も同様だ。既に戦闘開始から二時間近くが経過している。初期型の中型魔導炉を積んでいるこの三機のエーテライト変換効率は低い。本家エフェメロプテラほどではないが長時間の戦闘には耐えられない機体なのだ。

 

「まずいな……そろそろ覚悟を決めるべきかもしれないな」


 七人の指揮を取っていたケビンはそう呟く。予想外にカルロスが手古摺っている。帝城側で動いている巨大な影――重機動魔導城塞(ギガンテスフォートレス)の姿は一目でわかる想定外だ。あんな物が控えているとは思わなかった。

 全員で帝都の中に突入してカルロスの離脱を援護すべきかと思案する。だがそこで帝城側に変化が生じた。重機動魔導城塞から放たれた極大の魔法。そしてそれがそのまま引っ繰り返されたように放たれた同種の魔法によって重機動魔導城塞が崩れ落ちる光景。

 

 それはケビン達を後押しし、逆にアルバトロス兵に動揺を誘った。ヘズンでさえそちらに気を取られ、僅かな動きの乱れを見せたのだ。他の一般部隊はより顕著だった。魔獣の群れが一気に押し返す。

 

「よし、今が好機だ! 我々も中に――」


 ケビンが第三十二分隊の突入を指示しようとしたタイミングで|それ(・・)は来た。

 

 魔導機士だ。闇夜の中でも光り輝く装甲。白を基調に金の縁取り。歪みも傷も無い完璧な表面は稀代の芸術家が生み出した彫刻の様。喧騒に満ちた戦場の中に置いて、その周囲だけは静謐な空気に包まれていた。まるで神像が命を吹き込まれて歩いているかの様。

 魔獣の群れの中を歩いている以上、当然周囲の魔獣はそれに襲い掛かる。だがそれは無手で魔獣を取り押さえ、的確に核だけを摘出していた。核を失ったリビングデッドは実体を維持できず、灰となって霧散する。

 悠々と歩く姿に合わせて背中に纏ったマントが揺れる。腰に下げた長剣は魔導機士としては珍しい事に鞘に包まれている。

 

 新手とケビン達は身構えた。状況的にアルバトロスの増援にしか見えない物だった。だがその推測は当のアルバトロス側によって破られる。

 

「ば、馬鹿な……」


 ヘズンの声が震えている。ガラン達の言葉にも動じず、己でもその家族でも理想に捧げると言い切った男が動じていた。

 

「何故、何故貴様がここにいる。グランツ・ウィブルカーン!」


 その叫びに応える様に。その純白の機体――ヴィラルド・ウィブルカーンは大仰にマントを翻して口上を挙げる。

 

「神権守護騎士団第三席、グランツ・ウィブルカーン参上!」


 神権機の参戦。それによって帝都の戦いは、カルロスの運命は大きく変わる事になる。

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