25 奪還

 漸く再会したクレアとカルロスだったが、それを喜び祝う余裕は無い。今現在、袋小路に追い詰められているというのには違いないのだから。

 

「カルロス・アルニカ……まさか本当にここまで来るとは呆れた執念です」

「あんたがレグルス・アルバトロス……じゃ、無さそうだな」


 流石に性別が違う。そうなるとこの相手は誰か。そんな疑問に答えたのは背後のクレアだった。

 

「その人はあのクソッタレ第二皇子の腹心よ。カグヤって呼ばれてる」

「しばらく会わない内に口悪くなってないか?」


 その仕打ちを考えればカルロスもクソッタレ以外に形容できないので余り強くは言えないが。

 

「クレア・ウィンバーニの言うとおり、私の名はカグヤ。レグルス殿下よりアルバトロス帝国総括を拝命しております」


 優雅に一礼するが、そこには隙が無い。そもそも、カルロスの生身での戦闘力は無駄に向上している腕力を除いて大したことが無い。心技体で言えば体は圧勝であるが、技が未熟に過ぎるのだ。だから、彼は己が最も秀でている技を活かす状況を作る。

 その為には時間が必要だった。

 

「では、カルロス・アルニカ。我々の元に下りなさい。クレア・ウィンバーニと共に厚遇を約束しましょう」

「そのセリフは四年程遅いな」


 どういう神経をしているのかとカルロスは思う。あんな真似をしておいて、何故下ると思われているのか。それが理解できない。無意識に、融法でカグヤの意識を探ってしまった。

 

 ――地獄があった。

 人が死んでいた。青年も老人も幼子も。その区別も無くただ骸を晒していた。何よりも恐ろしいのは、その全てが互いに争って傷を負った結果だという事。

 土地が死んでいた。そこには魔力も何もない。完全な虚無。到底人が住める環境ではない。人の生存が許可されていない領域。そして全てが燃えていた。

 世界が死んでいた。神の恩寵は無い。九つの恩寵から切り離され、原初の姿を晒した世界は人間を拒絶していた。

 その中心には――禍神(まがつかみ)がいた。

 

「何だ、今のは」


 カルロスは額を抑えて顔を顰める。到底現実とは思えない光景だった。狂人の妄想。そう思えれば気が楽になる。だがカルロスの融法による同調は、それがカグヤにとっての紛れもない事実であるという事を理解していた。


「……? ああ。なるほど。貴方は融法に長けているのでしたね。私の中を覗きましたか。ならば話が早い。我々はそれを回避するために動いている。協力しなさい」

「知らないな! お前らがどんな悪逆をしようと、善行を積もうと俺には関係ない!」


 やり返したいという気持ちはある。だがそれ以上に関わり合いに成りたくないのだ。それがカルロスの偽らざる本音だった。

 

「いいえ。そういう訳には行きません。是が非でもここで確保させて頂きます」

「そいつは無理だな!」


 同調率が落ちているため手古摺ったが、既に逃走の準備は整っている。城の壁を崩しながらエフェメロプテラが姿を現した。カルロスをワイヤーテイルで、クレアを左の鉤爪の先で摘まむ。

 

「ちょっとカルロス。これどうするつも――」


 ワイヤーテイルでカルロスは操縦席に背中から押し込まれた。そしてクレアは、何時ぞやのカルロスの様に口から操縦席へ直通だ。

 

「ひゃああああああ!?」

「……クレア、痩せた?」


 自分の膝の上に落ちてきたクレアに対するカルロスの最初の感想がそれだった。他に言う事はないのかとクレアは言いたいが、悲鳴を上げた後の混乱した頭は良い文句が出てこない。何か言い返さないと、という意識だけで口を開いて。

 

「むしろ、ここしばらくでちょっと増えました……」


 などと言う必要のない事を暴露する羽目になった。ようやく落ち着きを取り戻したクレアにカルロスは後ろを指差す。

 

「サブシートがあるからそっちに座ってくれ。揺れるぞ」

「ええ……これ、あの時のままなのね」


 急ごしらえで取り付けたサブシート。それは四年前と変わっていなかった。エフェメロプテラの外観は変わったが、操縦席周りは変わっていない。

 その事にクレアは懐かしさを覚える。一瞬で時間が巻き戻ったかのようだった。

 

 だが、それは錯覚だ。

 

「このまま離脱する!」


 カルロスの操縦技能一つとってもそうだ。操縦に関しては素人のクレアから見ても強くなっている。地竜と戦っていた時の様な危うさはどこにもない。戦闘者としての姿。

 

 ――嗚呼。本当に。一体どれだけの戦場を潜り抜けて、この人はここに来てしまったのだろう。

 クレアはそれが悲しい。ただの学生だったカルロスが、ここまでたどり着くための道は尋常では無かったはずだ。そんな苦難を彼に背負わせてしまった。

 

 クレアが後悔とも悲哀ともつかぬ感情に囚われている間にも、カルロスはエフェメロプテラを駆って帝城を離脱しようとする。最大目標のクレアは確保した。長居は無用だ。

 だがそれを良しとしない存在がいる。

 

「折角来たのにもう帰るのか、後輩!」

「この気配……!」


 急接近する感覚は、帝都に突入する前から感じていた物の小さい方だ。漆黒の魔導機士が大剣を振り下ろしてくる。鉤爪で受け止めようとしたカルロスだったが、その勢いを見て行動を変えた。大きく跳躍しての回避。地面に叩きつけられた大剣が大きな溝を刻んだのを見て自分の判断が正しかった事を確信する。あのまま受けていたら腕ごと両断されていただろう。

 

「もてなしもせずに客人を返したとあってはアルバトロス帝室の名折れだ。是非とも歓待を受けて貰いたい物だね」


 間違いなく古式。それも生半可な代物ではない。今までに遭遇したどんな機体よりも危険を感じるそれの正体。


「皇帝機……グラン・ラジアス……」


 背後でクレアが呟いた。その言葉でカルロスも相手が誰なのか悟る。

 

「って事は、乗っているのは……」

「如何にも! アルバトロス帝国第二皇子、レグルス・アルバトロスだ! そう言う君はカルロス・アルニカだな? 会いたかったぞ!」

「こっちは会いたくも無かったけどな!」


 常よりも興奮しているレグルスに吊られてか、カルロスも語調が荒くなる。平静でいられるはずがない。四年前の事件。その絵図面を書いた男が目の前にいる。

 

「さて、少しばかり話をしたいところだが……聞く姿勢にはなってもらえない様だ」


 カルロスの中で迷いが生じた。今エフェメロプテラのエーテライト残量は重機動魔導城塞撃破後に補給をしたのでほぼ満タンだ。機体の損傷も無視できる程度の物しかない。本来ならば十重二十重の警備に囲まれている第二皇子が目の前に単独でいる。こんな好機は二度とあるか分からない。

 逃げるか。ここで復讐を果たすか。

 

「仕方ない。機体から引き摺りだして話を聞かせるとしよう」

「っ! 舐めるな!」


 その言葉が引き金となった。安い挑発だという事は分かっている。それでもカルロスはこの好機を無駄にはしないと決めた。


「待って、カルロス。あの機体は!」

「では改めて名乗るとしようか。無二の大罪、グラン・ラジアスとレグルス・アルバトロス参る!」


 大罪機。カルロスがその事を理解した時には既に引き返せないところに踏み込んでしまっていた。

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