02 偶然の出会い
まずカルロスが行ったのは街の住人への『枝』の取り付けだった。
大雑把に見て、成人している男性を中心に片っ端から『枝』を付けていく。なるべく偏らない様に街中を歩いて自分の眼でも調査を進める。
ここまで来たら魔法の負担を考慮する必要はない。兎に角早く。一刻も早くクレアの居所を絞り込む必要がある。移動には慎重を期したのでカルロスがロズルカからフィンデルまで山越えをしてきたという事は露見していない筈だ。
イーサが喋っていたら無意味だが……カルロスはそこは信じる事にした。イーサも裏切りたくて裏切った訳ではない。今回の会話は誰かに聞かれていた訳でもない。白を切ることは難しくないはずだ。
だが何れは見つかる。その前にクレアを発見し、奪還する。
「……次でひとまず良しとするか」
夕暮れ時に街中の酒場を回って『枝』の魔法をかけていたカルロスは若干の気だるさを覚えながら最後の一軒に足を向ける。ここに撒いたらついでに食事をして宿に戻ろうと思いながら歩く。昼間の聞き込みでここが一番料理が美味いと評判の店だった。その分値段も高いらしいが、その分期待できる。料理がと言うよりも利用客層がだ。
クレアがいるとしたら魔導機士(マギキャバリィ)関係の場所だろう。魔導機士の仕事は今や花形だ。高給取りである事も珍しくは無い。そうなれば必然使用する店のランクも上がってくる。
ただ問題はただ監禁軟禁されているだけで、護衛も最小限かつ外部との接触を避けているとなるとこの方法では見つけられない。明日から妖しそうな場所を自力で調べる事になる。
だがまずは飯だと思いながら酒場の扉を潜る。適当に空いているカウンター席に座った。
「注文は」
「適当に摘まめる物とお勧めの酒」
「あいよ」
「……先払い?」
「うちは後払いだ。言っておくが食い逃げ何て考えるなよ? ここから門番へ直通で連絡できるからな」
「しないしない」
冗談だ、と笑いながら店員が注文を厨房に告げていく。失礼な話だと思う。憮然とした表情をしていると隣の男が笑い出した。
「はっはは。今の冗談は俺も言われたぜ」
「そうなのか?」
「ああ。あんた、この街の住人か?」
「……いや、行商でな」
適当にでっち上げた話をすると男は納得した様に頷いた。
「やっぱりな。俺も外からの人間だ」
「あーつまりあれか。外部の人間には片っ端から言ってるって?」
「そういう事だ。ほれ、見てみな。あいつには言ってないだろう?」
指差した背後を見てみると確かに何も言わずに注文を取っていた。
「何で判断してんだろうな……」
「まあ常連は顔で分かるんだろうがそれ以外は……肌だろうな」
「肌?」
「ほれ、俺とあんた、それからその辺の奴らの色を比べて見な」
「色って……ああ、なるほど」
言われてみれば一目瞭然だ。カルロスとこの男の肌は陽に焼けている。だがこの店にいる男たちの肌は一様に白い。ただ顔だけはやや黒い。
「こっちの方は気温も低いし、太陽の日差しも弱い。外に出るには着込む必要がある。そうなると日焼けする機会なんてほとんどないだろうな」
「なるほどなあ」
今度北側で潜伏するときはそこも偽装しようとカルロスは思う。
「行商って事は何か売りに来たのか?」
「いや、逆だ。仕入だよ。この辺りの魔法道具は評判が良いんでね」
「ああ。確かにそうだな。うちの地元でもアルバトロスのフィンデル製は良いって評判だぜ」
今の言葉でこの男がアルバトロスの外から来た人間だという事が分かる。或いは元ログニス人なのかもしれない。そうなると、クレアの情報を持っている可能性は低いだろう。正直カルロスとしては別の人の会話を聞きたいのだがここで切り上げるの不自然だ。
東から来た人間ならばここ数カ月の情勢を聞けるかもしれないという打算もあってカルロスは会話を続けることにした。
「そう言うそっちは何をしに来たんだ?」
「俺は、まあ武者修行みたいなもんだ。こいつが自慢何でな」
軽く叩いて示したのは股の間に挟み込んだ一本の剣だ。
「武者修行か……ここに誰か強い人でもいるのか?」
「いや。だがこの辺りは寒いせいか大型化した魔獣が多いからな。そう言う奴らを森に入って相手にしているのさ」
その言葉に軽く頷きながらカルロスは近隣の森の中に隠してきたエフェメロプテラを心配する。簡単には見つからない様に偽装はしてあるが、発見されたらフィンデルの警戒度は上がるだろう。魔導機士が森の中に入る事は滅多になく、入った場合も進行できる場所は限られているので安心してたが、こうして人が森に入っていくとなると少々心配だった。
ましてこの男、腕が立ちそうである。一人で森の奥へと踏み入って行きそうだ。
「そう言えば、名前を聞いてなかったな。これも何かの縁だ。教えてくれないか?」
さてそう問われて困ってしまったのがカルロスだ。カルロス・アルニカは名乗れない。カールもやめておいた方が無難だ。カリーナは論外。困った挙句に浮かんだのが――。
「ら、ラズルだ。よろしく頼む」
よりによってあのデブの名前だった。
「ラズルか。俺はグランツだ。よろしく頼む」
そう言って差し出された手を握り締める。予想に反せず、厚い皮に覆われた戦う男の手だった。手を握ってグランツは不思議そうな顔をする。
「どうしたんだ?」
「いや……ラズル、ラズル……どこかで会った事は無いか」
「初対面だと思うけどな」
或いは、適当に作った顔が偶々この男の知人に似ているという可能性はある。まあ流石にそんな偶然まで気にしてはいられないが。
「すまんな。変な事を聞いて。何だろうな。顔か声か名前か……或いは雰囲気かもな。どこかで感じたことがあるなと思ってよ」
「そういう事は良くあるもんさ。旅をしていれば特にな」
「そうかもな」
そう言っている間にカルロスの酒とつまみが運ばれてきた。そのつまみを見てカルロスは首を傾げる。
「……何だこれ。蛇を割いたのか?」
「いや。そりゃこの辺りで取れる魚だな」
「魚か。びっくりした」
「と言うか蛇を食った事があるのか」
色々と食べる事には貪欲なこの大陸の人間だ。魔獣すら食事に変わるのだから恐ろしい。それでも蛇は余り人気が無い。と言うよりも爬虫類系は避けられているというべきか。
余り食べるという発想の無い物が上げられてグランツは驚いたらしい。
「昔な」
そう言う程昔では無い。紅の鷹団と共に食事をした際に森の中で取って食べたのだ。味は……余り美味しい物では無かった。調理も適当だったのだから仕方ないが。
(ああ。そう言えばザリガニ料理結局食えなかったな……)
イーサに見つけられた時の酒場で食べる予定だったのがパーになったのだ。こっちにもあるのかと想いメニューを見てみるが流石に見当たらなかった。
「ザリガニは無いのか……」
「おいおい。俺はラズルが今まで何を食ってきたのか気になるぜ」
「何なら話してやろうか?」
「お、良いねえ。普段味気ない食事ばかりでな……全く。戒律だの何だの。そんなもんねえのに俺たちにまで押しつけやがって」
後半は何を言っているのかカルロスには聞き取れなかったが、まあどうやら故郷の食事に愚痴があるらしい。
「まあその前に乾杯と行こう」
「そうだな。この出会いに!」
「はいはい、新しい友人に」
そう言いながら二人は木のグラスを突き合わせた。
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