02 傭兵

 爆発。

 

 それはまさしく感情の爆発と言って良い物だった。怒声が薄暗い洞窟の中に響く。

 

「何やってんだい、このすっとこどっこい!」

「んなこと言ってもよお、姐御。こんなもん俺たち弄ったこともねえよ」

「言い訳は聞きたくないね! 大体だからってあたいが見ても分かるくらいに更に壊す奴があるかい!」


 その洞窟は生活感のある空間だった。仮宿ではあろうが、毛布と食料。そして灯りとなる魔法道具が中央に置かれている。

 

 一人の女性――ギリギリまだ少女と呼べる年齢の女が自分よりも頭一つは大きい男達を怒鳴りつけていた。

 異様な光景だった。男どもは揃いも揃って野盗の様な――と言うよりも野盗その物の恰好をしている。それを少女が怒鳴りつけ、姐御と呼ばれているのだ。

 

 彼女の名はマリンカ。褐色の肌に碧空の様に青い髪を持つ女性だった。襤褸切れ寸前の衣類は不健全な程に肌を晒しているが、健康的な色気を振りまいていた。

 

「適当に弄ってたらこうなっちまったんだよ!」

「分からないなら分からないなりに慎重に弄れば良かっただろ! 何でこんなになるまで続けちまったんだい!」


 彼らが今揉めている原因は洞窟の外。そこに鎮座している巨大な人型だった。

 魔導機士。それはそう呼ばれている物だった。素人目にもあちこちに多大な損傷を刻まれており動かせないであろう事が分かる。それが三機。それぞれが損傷している箇所が違うため組み合わせれば一機分には成りそうだった。

 

 近年、アルバトロス帝国が量産に成功したが未だに貴重な物である事には変わりない。それがこんなところにある。大破した魔導機士が戦闘後にそのまま放置された物だろう。

 

 森の奥深くの為回収できなかったのか。或いは全滅したのか。その辺りの事情はマリンカにとってはどうでもいい。重要なのはそれが商売のタネになるかどうかだ。

 

「いいかいあんたら! こんなチャンスは滅多にないんだよ! 帝国の奴らが忌々しい魔導機士をあちこちに配置してくれたおかげで仕事の一つも出来やしない! だけどあたしらにも魔導機士があれば何とかなる!」

「つっても姐御……あいつらがこれを放置しているってのは直せる奴がいないって見込んでいるからじゃねえのかな……」

「そこは根性みせな!」


 また姐御が無茶を言い出したよ……と周囲の男らが溜息を吐こうとしたタイミングで。

 

「……いや、根性で何とかされたら俺らの立場が無い」


 つい、言わずにはいられなかったと言った口調が会話に割り込んできた。その場にいた全員の視線が鋭くなる。各々が側に立てかけてあった自身の武器を手に取った。

 

「何者だい。出てきな」


 と、言われて出てくる奴はいないだろうと思いながらの言葉だった。しかしマリンカの予想に反して声の主はあっさりと姿を見せた。

 

「こっちに抵抗の意思は無いよ。いきなり切りかかるのだけは止めてくれ」

「それはあんたの態度次第だね」


 警戒を切らさずに、姿を見せた男を観察する。鮮やかな金髪の青年だった。旅慣れているのか。擦り切れた旅装に鞄を一つ下げた姿。

 

「帝国の犬かい」

「まあ仮にそうだったとしてもうんとは言わな――」

「お喋りは嫌いだよ」


 無駄口を叩きかけた彼の首元に曲刀が添えられた。腕を動かせば頸動脈を傷付けられて大概の人間は死ぬことになるだろう。

 

「むしろ帝国に飯の種を奪われている側だ。あんたらは紅の鷹団、であってるか?」

「どこで聞いたんだい」

「色んなところで噂話を。赤いバンダナを付けている傭兵団がいるって」


 なるほど確かに。彼が言うとおりここにいる面々は赤いバンダナを身に着けていた。

 

「ふん、それで何の用だい。金目の物を奪いに来たんだったら残念だけどここには何もないよ」


 マリンカの言うとおりだった。何しろ、ここしばらく、仕事らしい仕事が無かった。アルバトロスとログニスの戦争が始まると聞いてこれは書き入れ時だとばかりに総数でログニスに入国したのは良いが、思いの他に早く決着が着いてしまい、おまけに主力は量産型魔導機士。

 ログニス側で参戦したとしても歩兵では大した役にも立てず、かといってアルバトロス側は傭兵を雇う必要など無かった。

 結果として残ったのは前回の活動地から移動するための費用の借用書と、腕の見せ場を無くして困り果てた一団だった。

 

 そんなドン詰まりの傭兵団を訪れた彼の目的はと言うと――。

 

「実は入団希望なんだ」

「はあ!?」


 マリンカが素っ頓狂な声をあげた。無理も無い話であった。

 マリンカの目から見てもこの青年は上流階級の人間に見えた。薄汚れた旅装をしていても育ちの良さは隠しきれない。

 

「確かにうちらは来る者拒まずだけど……ただ飯食らいを置く余裕は無いよ。何が出来るんだい」

「そうだな……一先ずは」


 ちらりと洞窟の外に彼は視線を向けた。そこにはあちこちが壊された魔導機士が三機転がっている。

 

「アイツを動かせるようには出来るかな」

「……アンタ何者だい?」


 再度の問い掛け。そこにはやや呆れが含まれている。急速に拡大したアルバトロスの軍では技師を多く雇っている。それはログニスの技術者すら厚遇するという見境の無さだ。こんな傭兵団に来なくとも幾らでも稼げる。彼は肩を竦めて答えた。

 

「ただの敗北者だよ」


 マリンカはしばし考え込んだ。もしも、本当に直せるというのならばそれは悪い話では無かった。

 

「良いだろう。それが本当なら使い道はある……それで?」

「それで、とは」

「名前くらい名乗ったらどうだい」

「ああ。名前ね……カール・スロルニカとでも呼んでくれ」


 彼はそう言って口元に笑みを浮かべた。明らかに偽名だった。オマケに姓付きである。通常平民に姓は無い。国から認められたような豪商か、貴族の特権とも言える。

 偽名だ。良い所の坊ちゃんだという囁き声が彼に届かない程度の声量で漏れ聞こえる。何だかんだで彼も常識知らずだった。

 

「そうかい。カール。じゃあ口先だけで無いという事を早速見せて貰おうかね」

「それは構わないんだが……出来れば先にここのトップに挨拶をしておきたいな」

「殊勝な心がけだね」


 マリンカはそう言って、腕を組んだ。薄着且つ豊満な胸という組み合わせは実に目に毒だった。

 

「いや、その。挨拶をしたいんだけど」

「だから早くすればいいじゃないかい」


 おや、と彼は首を傾げた。マリンカも怪訝そうな顔になる。奇妙なお見合いを解消したのは先ほど怒鳴りつけられていた男だった。

 

「姐御。こっちの兄さん代替わりした事を知らないんじゃ」

「ああ、そうか。ログニスの方だとまだ情報が回ってなかったのかもねえ」

「代替わり……? もしかすると」

「そう。あたいが現紅の鷹団頭目、マリンカさんだ。ちゃんと覚えな!」


 そう名乗ってマリンカは大きく胸を張った。揺れた。

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