31 内通者

 その日帰宅したカルロスは自室で日記を付けていた。

 

 と言うよりも研究日誌か。これまでに行ってきた試験、実験のデータが簡易的にまとめられている。自分用の覚書の様な物だった。


「基本機能はこれで完成……っと」


 ペンを置く。羊皮紙だと延々とスクロールが増えていくが、植物紙ならば閉じ紐を解いて束ね直すことで一冊に纏められる。無論限度はあるが、羊皮紙程嵩張らず、時系列を整理しやすいというのはカルロスにとってありがたい事だった。

 

「大分厚くなったな」


 己の日誌を見てカルロスは口元に笑みを浮かべる。それはそのまま自分が積み重ねてきた研究の歴史とも言うべき物だ。

 

「最初の方は爆発の事しか書いてないな」


 こうしたら爆発した。こうしたら爆発力が上がった。といった具合だ。正直、良く律儀にここまで日誌を残した物だとカルロスは自分に感心する。

 

「……この辺りか。クレアと組み始めたのは」


 若干紙面が賑やかになっている。当初は良くぶつかった物だと苦笑した。お互いにプライドが高かった。相手の意見よりも自分の意見の方が正しいと思っていた。

 そんな関係が変わったのは何時からだったか。特別な何かがあった訳では無かったと思う。極々自然に息が合うようになったというべきか。

 

「……ああ、いや」


 少なくとも自分は違うな、とカルロスは首を振る。幼いころの片思い相手だと気付いたのがきっかけだった。

 

 カルロスがまだ幼かった日。イーサが領地の魔獣を退治した直後辺りだっただろうか。何の催しか忘れたが、珍しく領地から出て王都のパーティーに参加した。その時に、無邪気に魔導機士を作ると言い放って――散々馬鹿にされたのだ。出来るはずがないと。

 

 悔しくて。悔しくて会場を飛び出して外で泣いていたら同い年くらいの少女に声を掛けられた。何故泣いているのかと。

 何と言ったかはよく覚えていない。文字通りみっともない泣き言を言ったのだろう。が、向こうが言ってきた事なら良く覚えている。

 

「無理何てことは無いよ! 頑張れば絶対に叶うよ!」


 その時のカルロスにとって。その言葉は福音だった。皆から馬鹿にされて、無理だと決めつけられていたような夢。それを肯定してくれる人がいた。

 その後カルロスは当時知っていた魔導機士について語った。明らかに少女にする話題では無かったが相手は楽しそうに聞いてくれた。

 その時間は彼女の従者らしき人物が来るまで続いて、別れる時にはカルロスも笑顔になっていた。

 記憶に残っていたのは鮮やかな赤い髪。

 

 その時からカルロスは一度話しただけの少女に惚れていたのだろう。我ながら単純だと苦笑が漏れる。

 

 それに気付いた辺りから自分は軟化したと思う。それを受けてクレアも態度が軟化したのだろうとカルロスは結論付けた。

 

「……寝るか」


 何だがこれ以上考えていると恥ずかしい思い出を次々と思い出しそうだったカルロスは寝る事にした。部屋の明かりを消す。明日も何時も通りに工房で作業だ。……学院の単位が大丈夫なのか少し不安になってくる。国の方で配慮するとは聞いていたが本当に大丈夫なのだろうか。

 

 そんな事を考えていたらあっさりと眠りに落ちた。

 

 翌日の朝、あくびをしながら工房へ向かうと、入口の所で不審人物――もとい、学院の職員を見かけた。


「ああ、アルニカさん丁度良かった。こちらお手紙です」

「手紙?」

「ええ。御実家から」

「それは態々どうもありがとうございます」


 一度、アリッサの事などを書いた手紙を出したのだった。とカルロスは思い出す。だが返信先を間違えたのだろう。カルロスの下宿先では無く学院の方に送ってしまったらしい。最近余り学院に顔を出していない事を知っていた職員はわざわざ届けに来たのだった。

 受け取った手紙を懐にしまいカルロスは職員にもう一度礼を言って工房の中に入った。


「遅いわよ、カス」

「時刻通りなんですけど……」


 とは言え、全員そろっている。一番最後になってしまったかと僅かな申し訳なさ。そこでふと気が付いた。

 

「アリッサは?」

「あの小娘はまだ来てないわ」


 そう言い捨てながらも僅かに心配そうな表情を作る辺りクレアも悪人には成れない。また花でも買ってきているのだろうかとカルロスは余り深刻に考えなかった。

 そんな一幕がありながらも修復作業は進む。一号機の整備が開始され、夕方になった辺りでクレアがふと気が付いたように言った。

 

「そう言えばカス。その懐に入れいている物は何?」

「ああ。そうだった」


 すっかり忘れていたと、実家からの手紙を懐から取り出し封を切る。中には二枚の便箋が入っていた。

 

 内容は概ね、家に戻って家業を継いで欲しいという言葉が長々と綴られている。これでも大分言葉はやわらかくなったのだ。以前は命令形だった。

 その辺りは読み飛ばして二枚目。一枚目はある意味で時候の挨拶の様な物だ。ここからが本題。アリッサの件を報告した事に対するレスポンスだろう。その内容を読み進めて――。

 

「え」


 カルロスは呆然としたような声を出す。書いてある内容が理解できなかった。首を傾げたクレアに聞かせるつもりで声に出して読む。

 

「アリッサは、カルマの村に今もいる……?」


 手紙には同名の人物を勘違いしたのではないかと締めくくられていた。

 

 そんなはずはない。確かにカルマの村にいた村長の娘の――本当にそうだったか?

 あの時、図書館であった時に自分を先輩と呼ぶような相手と言うのでカルマの村にいるアリッサを想像した。だが、有り得ない。アリッサの髪の色は金髪――茶髪ではない。

 何故、こんな簡単な事に気付かなかったのか。何故そう思ってしまったのか。

 

 それは、転んでしまった彼女に、手を差し出して。握られた時に――。

 |直接接触した時に(・・・・・・・・)。

 

 カルロスとクレアの視線がアリッサの置いた花瓶の方を向く。それを活けていた少女はやはり、カルロスの記憶にあるカルマの村のアリッサとは似ても似つかない。

 態々普段はしない花を活けたアリッサ。

 そして今ここに姿の無いアリッサ。

 

「カルロス!」


 クレアが腰に下げた魔導炉から魔力を精製して、カルロスに触れた。それと同時にカルロスは叫ぶ。

 

「その花瓶を破壊しろ!」


 だが、その言葉に反応出来る物はいない。突然だったこともある。だがそれ以上にアリッサは工房の一員として馴染んでいた。

 馴染みすぎていた。

 

 本来ならば身元の不確かな者は一切入れるべきでないこの極秘の計画に対しても。

 

 そんな彼女が置いた物を破壊しろと言われて咄嗟に動ける者はいない。その瞬間、見計らっていた様なタイミングで花瓶から爆発的な水蒸気が飛び出る。瞬く間に工房中に広がったそれを吸い込んだ人間は次々と膝を着いて地面に転がって行った。

 

 そうして立っている者が誰もいなくなった工房に、軽い足音が木霊する。

 

 その声の主はこう言った。

 

「ごめんなさい、先輩。これが私のお仕事なんです」

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