16 試験一日目

 ある日、ヤザンの森の立ち入りが禁止された。

 

 表向きには先日の迷宮騒動時の殲滅から漏れた魔獣の群れが確認されたため。これはあながちウソではない。

 実際に、森の深部にまだ十数体の中型魔獣の存在が確認されていた。

 

 通常であれば、数匹ずつ上手く釣り上げて討伐を行うのが常だが今回に限っては事情が違った。

 

 カルロスたち第三十二工房。その試作一号機が基本試験を終えて十全なバックアップのある環境でならば運用に耐えうると判断されたのだ。

 魔導機士が相手にするならば最低でも中型魔獣程の規模は欲しい。

 

 そうした事情。機密である新型の魔導機士の秘匿が重なった結果、可能な限り人目を避けての試験が実施される運びになったのだ。期間は三日。動作テストから中型魔獣を相手にした実戦テストが予定されていた。

 

「ケビン聞こえるか?」


 拡声の魔法道具で隣を歩行する魔導機士――旧来の魔導機士に対して新式と呼称されることになった――の試作一号機へと声を掛ける。

 同様の魔法道具で新式試作一号機から声が返ってくる。

 

「大丈夫だ。少々音が遠いが聞こえている」

「ならオッケーだ。集音の魔法道具を入れる余裕は無かったからな……」


 正直に言うと、かなり魔力消費はギリギリだった。格闘戦は行えるが、魔法戦は試作一号機では不可能だ。無論、自爆覚悟で魔導炉の出力を上げれば可能だが。

 そうした事情もあって、最低限外へ発する方を優先した。極論魔導機士の操縦者への指示は信号弾でもなんとかなる。と言うよりも、規模が大きくなればなるほど声での指示は減ってくる。そう考えると集音は必須では無かった。

 

 全く別の方式での対話手段をカルロスは考えていたが、すぐに思いつく物でも無かった。

 少なくとも今はこれでいいだろうと開き直った。他に幾らでも時間をかけるべき個所がある。

 

「とりあえず一通りの戦闘能力を調べたいから試験項目を用意したけど……大丈夫そうか?」

「大丈夫だ。こっちの準備は出来ている」

「よし。各班計測準備は良いか!?」


 カルロスは拡声の魔法道具を通じて声を張り上げる。各所から信号弾が打ち上げられた。一つ、二つ三つ……その数が七つを超えたところでカルロスは頷く。ヤザンの森の外縁各所へ散らばった計測班達からの了承の合図だ。

 

「各班準備完了。検査項目1から7を開始」

「了解。検査項目1から7を開始する」


 ケビンの声と同時。試作一号機が走り出した。同時にカルロスは青い信号弾を打ち上げた。試験開始の合図だ。

 今日の検査は主に試作一号機の全力走行時の速度と、加速性、減速性、跳躍力と言った足回りの検査だった。

 指定されたルートを如何に早く駆け抜けるか。また、きっちりと制止できるか。悪路への適性は。

 

 言ってしまえば行軍の為に必要な能力の調査だ。そうした動作をした時の機体への影響、操縦の難易度。そう言った物も含まれている。

 

 木々の隙間から試作一号機の疾走する姿が見える。

 

 エフェメロプテラと違い、極々平均的とも言える魔導機士の姿だった。身体のバランスもエフェメロプテラ程手足の長さが偏ってはいない。両者で共通点と言えるのは鋭い爪先位の物だ。後は全身甲冑をやや細身にしたようなシルエットをしている。

 当初、カルロスは湖に沈んだ乗機を偲んでエフェメロプテラと同じ形状にしようとしたのが各所からの反対で断念した。賛成していたのが引き攣った笑顔のアリッサだけだったというのが悲しさを増す。

 汚れ一つない純白の装甲が陽光を浴びて煌めく。外の日差しは大分強いが、操縦席の中はそれなりに快適なはずだった。

 

 オスカー商会から仕入れた冷風の魔法道具。それを後付で設置してある。中型魔導炉からの水銀循環式魔導伝達路の中からは外れているため、外付けのエーテライトによる稼働だ。試験中はずっと使っているため消費が激しい。

 オスカー商会からはこれに限らず多量の資材を買い付けている。先日発注に行った際コーネリアスはほくほく顔だった。相当の利益を上げているのだろう。

 

 日差しに肌を焼きながら指定ルートの各所では試作一号機が来るのを待つ。それぞれの計測班はこの日の為に借りてきた学院所有の時間計測の魔法道具と、転写の魔法道具が用意されている。

 特に転写の魔法道具は希少品だ。一瞬で眼前の光景を切り取ってその天板の上に表示する。どれも一抱えもある鏡の様な物体で、どう間違っても隠し撮りなどが出来るサイズで無いが、王侯貴族では偶にお見合い用の姿絵の代わりに使うらしい。余程己の容姿に自信があるのでなければ絵師に少々修正を施させるのが慣例だが。

 

 それらを使って今回は跳躍時の高度を測定しようとしていた。

 

 第一計測点までは比較的短距離だ。平坦な道を選んでおり、慣らしと言った感覚が強い。

 第二計測点までは天然の悪路だ。木の根やひび割れ、隆起など打って変わって落差が激しい。

 第三計測点で試作一号機が跳躍する。鉄の塊とは思えない程軽やかに踏切――そして鉄の塊らしく地響きを立てて着地する。その着地の位置もチェック対象だ。跳躍の正確性もきっちりとデータに纏めようとしていた。それを数度繰り返して移動して行く。滞空時間なども計測し、データを多くそろえる。

 

 計測班の待機地点間の移動時間と距離から大凡の速度も測れる。最も長い第三計測点と第四計測点の間は何もない直線。最高速度にまで加速した試作一号機が指定された地点で一気に機体を停止させる。完全に制動してから瞬時に再加速。砂煙にまかれながらも計測班は時間測定と転写をやり遂げた。

 

 第五計測点までは魔導科三人と錬金科三人が苦労して用意した地形だった。大量の水によって泥地と化した道である。それも魔導機士であっても足を取られるほどに水が染み込んでいる。その使用したエーテライトの量は皆気にしない様に頑張った。

 第六計測点は再度の悪路。そして第七計測点――最終ポイントまでは第一計測点までとほぼ同じ距離、地形の経路だ。

 最後の二つは悪状況を超えた後と前での比較テストだ。連続での跳躍、急制動、泥地の疾走と言った悪影響がどれだけ出るかを確認するのは整備性の上で重要だった。

 

 それらの全てを終えて、試作一号機が停止する。全ての工程を終えるのに大凡一時間程かかった。

 

「それじゃあ今日の整備担当は工房で分解検査だ。機体への負荷を徹底的に調べ上げるぞ!」

「私たちは検査結果をまとめるわよ」


 今日の騎士科の三人の内、ケビン以外は大量の検査結果のデータをまとめた用紙やらそれに使った魔法道具の運び役だった。三日間を交代しながら乗り回すのだ。

 

「午後からは搭乗者を変えての同じ内容の試験だから手際よく行こう! レコード更新するつもりでやるぞ!」


 カルロスが激を飛ばす。装甲を外して、駆動系の確認をしていく。

 

「親方。足首の魔法道具がちょっと歪んでます」

「動かせそうか?」

「ちょっと嫌な音しますね。万全を期すなら交換した方が良いかと……」

「そうだな……交換しよう。外した部品は後で調べるから分けておいてくれ」

「分かりました」


 一時間の疾走で魔導機士の各所には当然ながら負荷がかかっていた。その気になれば、カルロス一人でそう言った検査は行えるのだ。非常にシンプル。検査前と検査後の解法による解析結果を比較すればいい。それだけでどこにどれだけの負荷がかかったか一目瞭然だった。

 

 当初はカルロスもそうしようとしていたのだが、長老にやんわりと止められたのだ。曰く、今後新式の新たな開発を行う際に今回の検査内容はあらゆる場合での叩き台となる。その中に一人にしかできないような特異な作業を入れるのは止した方が良い。

 納得だった。何よりそれでは今ここにいる技師たちの訓練にならない。

 

「親方。骨格の音響検査完了だ。極度の劣化は見られない。午後の試験も問題なく行けそうだ」

「そうか……良かった。連続跳躍での着地で足を潰さないかひやひやしたけどな」

「クローネンの腕がいいな。見ていたけど上手く膝を曲げて着地の衝撃を和らげていた」

「搭乗者任せって事か」

「自動で着地姿勢を取ってくれたら良いんだけどね」


 そんな会話をしながらカルロスは試作一号機を見上げる。

 

「中々いい感じに仕上がってるじゃないか……俺も乗りたい」


 その為には何時ぞやの様に全身同調しないように訓練の必要があった。早く二号機も組み上げて練習したいなとカルロスはこの先に思いを馳せるのだった。

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