05 閲覧制限書架

 司書に案内されて魔導機士関連技術が収められた書棚へと案内される。他の魔法道具にも関わる技術を含めれば更に各書棚へと広がっていくらしい。とは言え、蔵書の大半は歴史書だ。各国の歴史、領地ごとの歴史。そこに最近執筆された大衆小説。実際の所、技術書と言うのは全体の一割程度でしかない。

 

 と言うのも、こうして己の魔法の知識を広めるというのはここ百年程度の話なのだ。それ以前となると逆に己の持つ知識は秘匿し、後継者にのみ引き継ぐという形が多かった。契機となった百年前。とある国で反乱が起きた。それは魔法使いを始めとする知識人を称する者達の反乱だったのだが、あっさりと鎮圧。関係者とその一族は軒並み処刑台へと送られた。

 

 大変だったのはその後だ。知識人を称するだけあって、反乱に加担した者は皆文官として非常に優秀だった。魔法使いの大半が処刑された事で戦力がガタ落ち。オマケに連座で一族まで処刑したため、後継者もいない。そのせいで少なくない技術が断絶された。

 結局国力を落としたその国は他国に併合され、併合した国はその愚を犯すまいと知識の拡散を義務付けたのである。それに同調したログニス王国を始めとする他国によって、世界的に皆で学び、皆で修めるという精神が広がったとされている。

 

 尚、アルニカ家の死霊術はその流行に真っ向から逆らって完全に一子相伝の秘術だ。広く広めるような物では無いという意見にはカルロスも賛成である。

 

 さて置き。ここにあるのはここ百年程の本なのだが、一通りの目次を見てカルロスは己の求めている情報がなさそうな事を悟る。

 

(基本的に機体部分の話でコアユニットについては触れられていないんだよな……)


 仮に記述されていたとしても数行程度。やはり閲覧制限書架の方を見るしかないだろうと再び司書に案内してもらう。

 

「扱いには気を付けてください。また、閲覧制限書架の本はこちらの専用閲覧室以外への持ち込みは出来ません。一般閲覧室へ持ち込もうとすると警報が鳴りますのでご注意ください。こちらの棚はアルニカ様専用の物となりますので、退出時にはそちらに資料を置いて頂いて構いません。入場にはこちらの許可証が必要になります。許可証無しで閲覧制限エリアに近づくと警報が鳴りますのでご注意を。一般書架に資料を取りに行く際に許可証を忘れて、という事例が多々ありますので必ず携行するようにして下さい」


 そう注意事項を残して三冊の本を残していく。崩壊した魔法文明時代の書物。その写本。その内容にざっと目を通してカルロスは呻いた。専用閲覧室は使用する人間が少ないのか。全部で三つしか席が無い。当然の様に使っているのはカルロスだけだった。その為遠慮なく呟く。


「一冊は御伽噺。もう一冊は暗号化されていて、もう一冊がその手引書かよ」


 実質二冊だけの資料だ。暗号化されている書物の方は一先ず置いておく。

 

「人龍大戦の時の話か……」


 古い言葉で書かれているため、少々読み解くのに苦労させられたが、一般書架から持って来た辞書を片手に何とか読み終える。

 だがそこに書かれていたのはカルロスが過去に何度か聞いたことのある逸話と同じ物だった。

 

 ただ、ここで重要なのはこの本が閲覧制限である事だ。出鱈目な内容ならば制限する必要はない。そして、初めて見た記述が一つ。

 

「清らかな乙女を生贄に捧げられた神は人に龍に抗するための自身の分霊たる魔導機士を与えた、か」


 この記述が真実ならばそもそも古代魔法文明でさえ魔導機士を作った訳ではないという事になる。流石にそれは有り得ないだろうとカルロスは鼻で笑った。

 

「多分生贄って所がポイントなんだろうな……」


 カルロスの予測ではそこだけが真実だ。神にささげた云々は、恐らく当時はそう言って誤魔化したのだろうという推測。人を材料にしているという罪悪感を誤魔化すために。

 その推測が正しければ、コアユニットの製造には人が必要という事になってしまう。それは余り想像したくない。人を魔獣から守る為に魔導機士を作ろうとしているのに、カルロスとしては本末転倒だった。

 

「……まあ推測だな」


 仮に人を使っているのだとしてもコアユニットの全てに使っている訳ではないだろう。中型魔導炉の制御、操縦系。そのどちらかの改善のヒントが見つかればそれでいい。コアユニットの再現が最終的な目的ではないのだから。

 

「さて……暗号文の方はっと」


 何が書いてあるのかさっぱりだった。手引書には現状試されて、正しく解読できなかった暗号方式が記されている。解読できた物では無く、出来なかった物だ。それだけで一冊の本となっている。

 それを見てカルロスは頭が痛くなった。

 

「全然解読出来てねえじゃねえか」


 今後解読する者は、これ以外の方式を試す様に、等と書かれても何の役にも立たない。カルロスは暗号解読の専門家ではないのだ。

 流石にこれは思い付きではどうにもならないとカルロスは投げ出した。

 

「エバンナの書か……」


 タイトルだけ頭に留めておく。

 結局、制限書架の三冊――内二冊は余り役に立つ物では無かった。最後の一冊である御伽噺は今後の調べ物の指針にはなるだろう。

 特に、生贄の下り。本当なのか確かめる必要があった。

 

「人を使うとしたら……心臓、脳辺りか……? 後は骨に血辺りかな」


 人体で魔法の触媒となる箇所が自然に出てくるあたり、嫌ってはいても死霊術の薫陶はカルロスの中で生きていた。その自覚は無い。

 

「とはいえ、骨と血、心臓に関しては魔獣素材と違いは殆どないし……やっぱ脳か?」


 己の知識――恐らくはこの図書館にも存在しないアルニカ家の秘伝を確認しながらカルロスは考え込む。

 清らかな乙女と言う記述があったので処女と言うのを連想したが、少なくとも死霊術では処女性が関係する事柄は無かった。そうなるとやはり、魔獣とは大きく違う箇所と言えば脳になる。

 

「確かに知能の高い生物の脳は魔法使用時の位階を上乗せできるが……」


 少なくとも死霊術の使用方法では一度使ったら脳は朽ちて灰になる。あくまで使い捨てのブーストだった。

 仮にそれを恒久化できれば魔法増幅装置とでも言うべきものが作れるのだが、現状では不可能だ。古代魔法文明はそれを可能にした、と言う仮説も成り立つ。

 

 事実魔導機士には現状使える者のいない位階の魔法を各機体が持っている。その実現に人間の脳を使っている――。

 

「いや、流石に防腐処理にも限度があるな」


 長い物ならば百年以上。それだけの期間死体――どう言いつくろっても死体だ――を保持する方法はアルニカ家にも無い。様々な手法を合わせて最長で五年だ。ホルマリン漬けにしてしまえばそうした問題とは無縁だが、そうなった死体を魔法の触媒にすることは出来ない。取り出せば別だが。

 

 そしてエフェメロプテラを魔獣の死骸を利用して作っておきながらこんなことを言うのは矛盾しているようだが――

 

「っていうか死体入りとかエグイ……」


 と言う感想を死霊術師であるカルロスですら思うのだ。その方法で完全な魔導機士を作れると言われても他者が受け入れるかどうか。

 

「後は他に使える箇所は――」


 考え込んだところでふっと閃きがあった。それは未だアルニカ家でも成功していない秘奥。理論は組み立てられているが実現されていない物。

 

「……魂?」


 そんな事を考えながら書架の間を歩いていたら、角から歩いてきた少女とぶつかった。

 

「きゃっ」

「っと」


 カルロスの方は少しバランスを崩しただけだが、ぶつかった少女の方は姿勢を崩して尻餅をついてしまっていた。

 

「すまない。良く前を見ていなかった」


 そう言いながらカルロスは少女に手を差し伸べる。少女も遠慮することなく、カルロスの手を取った。

 

「いえ、こちらこそ……」


 そう言いながら少女は二度三度とカルロスの手を握った。その仕草の意味が分からずカルロスは曖昧な表情を作る。するとはっとしたように少女が顔を上げた。

 

「もしかしてアルニカ先輩ですか?」

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