02 本物の魔道機士

 カルロスの昔話を肴に大いに打ち解けたクレアとイーサは和やかな表情を交わす。

 

「いや、ウィンバーニさんがこれほど話しやすい人だとは思わなかった」

「そうですね。正直に言えばパーティーでお会いしても余りお話はしていなかったですから。覚えておらず申し訳ございません」


 クレアは先ほど初めましてと言ったが、実際には王都で開催されていたパーティーで幾度か顔を合わせていたらしい。単にクレアの方が記憶に留めていなかっただけとの事だった。

 

「いや、それも仕方がないでしょう。貴族なんて物は決まり文句しか言いませんから。何度も何度も同じことを言われていれば、誰が誰だか分からなくなるのも無理はない。それに俺はここしばらく殆ど顔を出していませんから」

「あら。そうなんですか? それはまたどうしてなんでしょう」


 それはクレアからすれば何気ない問いかけだったのだろう。だがその問いを投げかけられた時にカルロスとイーサの空気が僅かに硬質化した。そしてすぐに霧散する。

 

「あーその、姉さんはパーティーとかが嫌いなんだ。ドレスが似合わないからって」

「そう、なの?」


 クレアの視線はカルロスの顔に向いている。それ以上カルロスも詳しく説明する気は無かった。クレアに隔意がある訳ではないが、言い触らす様な類の話題でもない。

 そう思っていたのだが、イーサがあっさり口にした。

 

「妻は背中に酷い火傷の痕が残っていまして。ドレスを着るとそれが見えてしまうので余程の事が無いと出席しないのですよ」

「あ……申し訳ございません」

「いえ、お気になさらず。パートナー不在では余り動けませんからね。それに俺としてもあんな退屈な時間より可愛い妻と共に過ごせる時間が増える方が好ましい」


 好奇心から聞いてはいけないことを聞いてしまったとクレアは頭を下げる。それに対してイーサは笑みを崩さず、謝罪を受け入れ更には惚気た。そしてカルロスに耳元で囁く。

 

「良いか。カルロス。あまり余計な隠し事をしないのが夫婦仲を円満にするコツだ」

「ちょ、義兄さん」


 自分の中の思いを見抜かれていた事にカルロスは赤面するが、それをさらっと流してイーサは話を当初の物に戻した。あしらい方が慣れている。

 

「それでは俺のガル・エレヴィオンをお見せしたいのですが……実は少々歩きまして」


 そう言いながらイーサは二人を促して倉庫の外に出る。

 

「他の二人のは街にあるから近くていいんですけどね。俺だけ仲間外れで街の外に置かれているんですよ」

「街の外ですか」


 その言葉にクレアが難色を示す。無理も無い話だった。先日の迷宮騒ぎが終息してからまだ十日程度だ。溢れた中型魔獣の全ての駆逐が完了した訳ではない。

 少なからず存在するであろう脅威を思うと素直にうなずけない話だった。

 

「ああ、大丈夫ですよ。ウィンバーニさん。この辺りはうちの隊が駆逐済みの区画です。万が一出てきても俺がガル・エレヴィオンで駆逐しますのでご安心を」

 

 魔導機士。古代魔法文明が作り上げた対龍人型兵器。今となっては対大型魔獣にその用途を移しつつあるが、その圧倒的な武力は人間とは比べ物にならない。

 

 カルロスが作り上げたエフェメロプテラも分類的には魔導機士の一種となるが、古代魔法文明が作り上げた本物と比べると二段か三段は落ちる代物だ。つまるところ、エフェメロプテラよりも圧倒的に強い。

 

 ガル・エレヴィオン。先日遭遇したガル・フューザリオンの兄弟機だという知識はカルロスにもあった。過去に解法で解析したというのはまさにこの機体である。そして、カルロスが己の道を決める切っ掛けとなった領地での魔力だまりからの魔獣発生。その窮地を救ってくれた機体もこれだ。

 

 ある程度街から離れ、木が丁度いい目隠しになる辺りでイーサが足を止めた。そこには天幕と膝を着いた一機の魔導機士が存在していた。エルロンドにある魔導機士の格納設備は二機分しかない。現在三機の魔導機士がエルロンドには駐在しており、席が足りないガル・エレヴィオンはこうして街の外に置かれているのだった。

 

「さて、今更二人に講義する必要も無いかと思うが、この剣が俺のガル・エレヴィオンの起動器だ」


 そう言いながらイーサはダマスカス鋼製の長剣を二人に見せる。

 本物の魔導機士は、起動器と呼ばれる武具や装飾品の形を取った魔法道具が無いと動かすことも出来ない。カルロスにもその理屈はサッパリわからない。

 

「こいつが無いとガル・エレヴィオンは動かせない」

「……そう言えばカスは起動器の解析をした事があるのかしら」


 猫を被るのを止めたクレアが何時も通りにカルロスを呼ぶとイーサはぎょっとした顔をする。カルロスは逆に落ち着いた気分になった。

 

「したことはあるんだけど、何度見てもただの剣なんだよな、これ」

「おい、義弟よ。そんな事してたのか」

「ばれてしまったかー」

「全然悪びれてないな、おい」


 棒読みのカルロスにイーサは呆れた様な溜息を吐く。

 

「まあ実際の所、うちの魔導機士の工房長からしても魔導機士のコアユニットはよく分からんらしい。何故この剣が起動キーになるかって事もな」


 肩を竦めたイーサは召喚器であるダマスカス鋼の剣を目の前に掲げる。

 

「ガル・エレヴィオン。目覚めてくれ」


 その呼びかけと同時。先ほどまで何事も無く静寂を保っていたガル・エレヴィオンに光が灯る。。

 純白の装甲。そこに走る赤い装飾。先日見たガル・フューザリオンと似通いながらも全く違う色彩であるその機体を見てカルロスとクレアは感嘆の息を漏らす。

 

「もうこれは一種の芸術品だね」

「いつ見ても良い……」


 その二人の様子を見て笑っていたイーサは少し表情を引き締める。

 

「それじゃあ、二人には自由に調べて貰って構わないんだが……壊すような事はしないでくれよ?」


 その頼みがどういう意味なのか。よく考えると失礼な事だったが、今までお預けされていた二人は我慢できず、すぐさまガル・エレヴィオンに取りついた。

 

「クレアはまず魔導炉を頼む」

「分かったわ。イーサさん。腹部の装甲開けて貰って良いですか?」

「ん? ああ。分かった。二人とも王都の魔導機士工房とか行けばすごい楽しめそうだな……」


 何気ない呟きに二人は目を輝かせて食いついた。


「行けるの!?」

「行けるんですか!?」

「お、おう……機会があったら見学を申請しておくよ……」


 やったーと二人でハイタッチを交わす。滅多にしない仕草だが、よほど嬉しかったのだろう。

 

 クレアが魔導炉に取りついたタイミングでカルロスも操縦席に潜り込む。以前はここまで来ることが出来ず、外側の解析しか行えなかった。だが今回は自由に見ても良いというお墨付きだ。はやる気持ちを抑えきれず、カルロスは正式な魔導機士の操縦系であるコントロールスフィアに触れる。そして解法を走らせる。

 

 だが、上手く行かない。

 

「何だ、これ……?」


 解法による解析結果は基本的にカルロスの知識に依存する。そこにカルロスには理解の及ばない理論が使われていた場合全く理解できないこともある。だが何時もの様に解析しても理解できない訳ではない。

 そもそも、解析が通っていない。そんな印象が与えられた。

 

「何かミスったかな」


 今までに感じたことの無い手応えに困惑し、そして瞬間怖気が走った。

 

 何者かが自分を解析しようとしていると。

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