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 ふと視線を感じ、振り向くと日向と目が合った。


 少女でもないのに、妙に気恥ずかしくて、慌てて視線を戻す。


 山川の招待状をデスクの引き出しに収め、パソコンを起動させた。


「ハネムーンはヨーロッパにしました。イギリスや、フランスに行くんですよ」


「ヨーロッパ!?凄いね。私は行ったことないな」


「虹原さんは地味婚にしたかったみたいだけど、私が派手婚にしたいって押しきったんです。だって、一生に一度のハネムーンですからね」


 虹原も大変だな。

 でもそんな我が儘を言える山川が羨ましい。


 私なら自己主張せず、相手の言いなりになってしまうかも。


 派手な挙式披露宴や、海外にハネムーンに行かなくても、紙切れ一枚で入籍出来ると思ってしまう私は、すでに夢も希望もないのかも。


「雨宮さん、用度品でファイルの注文お願いしていいですか?」


「はい」


 日向から差し出された注文用紙。数枚の用紙の間に、黄色付箋。


 付箋には『俺は地味婚がいいな』と書かれていて、思わず声を上げそうになり、周囲を見渡す。


 こんなことするなんて……

 誰かに見られたらどうするの。


 そっと付箋を手の中に収める。


「雨宮さん、私が発注しましょうか?他にも各課の注文用紙が溜まっているので」


 山川に声を掛けられ、手の中に納めた付箋を誤魔化すために、意味もなくヘラヘラ笑っている自分がいる。


「どうかしました?雨宮さん、変ですよ」


「何でもないわ。用度品は私が発注するから、各課の注文用紙を全部下さい。山川さんは、人事異動の名札と業務印、名刺の発注、定期券の手配も宜しくね」


「はい。わかりました」

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