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「雨宮さんが寮からいなくなると寂しくなるね」
おばちゃんが俺に話し掛けた。
俺はトレイを持ったまま、彼女に近付く。
「雨宮さん、ご一緒してもいいですか?」
「どうぞ」
「失礼します」
彼女は黙々と食事を続けている。俺は何から話せばいいのか、焦っている。ずっと話がしたいと思っていたのに、食堂ということもあり、言葉を発することに躊躇している。
「……来てくれたんですね」
彼女が俺に視線を向けた。
「勘違いしないで。久しぶりにおばちゃんの料理が食べたくなったの。もう食べれなくなるからね」
「……引っ越しはいつですか?」
「店休日に引っ越すつもりだったけど、父が明日引っ越し業者を手配してくれたから、引っ越しは両親に任せることにしたのよ」
「明日……?」
「父は平日仕事だから。日曜日にしたの。二十七歳にもなって、親の世話になるなんて笑っちゃうよね」
「いえ、ご両親が健在で羨ましいです。両親が生きていた頃は、反抗ばかりしていたから……」
「日向さん……。食堂のおばちゃんは東京のお母さんよ。私ね、仕事でへこんだ時も、体調が悪い時も、おばちゃんの温かい料理に何度も救われたわ」
彼女は口元を緩ませ微笑んだ。
「ここが日向さんにとって、温かい場所になるといいね」
「明日から、もう実家に?」
「うん。明日ここから出社し、実家に帰宅するわ。だから今夜が最後。あ―美味しかった。ご馳走さまでした」
彼女は合掌し、立ち上がる。俺は思わず彼女の腕を掴んだ。
「もう少しだけ……一緒にいてくれませんか。俺が食事している間だけでいいから」
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