151


『母ちゃん!母ちゃん!』


 店の外でパトカーのサイレンがした。客の誰かが警察に通報した。


 奴らはサイレンの音に動揺し、床に唾を吐き捨て立ち去る。


『また取り立てに来るからな。これで終わると思うなよ』


『母ちゃん!母ちゃん!』


 店内には壊れた椅子やテーブルが無残な姿で散乱し、床には踏みつけられた料理や割れた皿……。


 血だらけの母親は……息も絶え絶えで……。


 それでも日向の体の上にしがみつき、日向を守り続けている。


『この子だけ……は……たすけて……』


 父親は母親の手を握り、名を叫び続けた。


 日向の母親はその時の怪我がもとで亡くなり、父親は自己破産し酒に溺れ、母親のあとを追うように自殺した。


 当時、日向はまだ十代だった。


 ◇◇


 日向は唇を噛み締めた。


「世の中の全てを恨みました。大人なんて信じられない。信じられるのは金だけ。俺は父の死後、大阪に住む母方の親戚に引き取られました。折れそうな心を支えてくれたのは、あの時出逢った家庭教師の言葉でした」


「……日向さん」


 ご両親の悲しい顛末を知り、涙が溢れた。


「勘違いしないで下さい。俺は同情して欲しくて、雨宮さんに全てを話したわけではありません」


 涙を拭う私に、日向はハンカチを差し出す。


「俺、学生の頃、両親に反抗ばかりし、尖っていたから。家庭教師だった雨宮さんに、卑劣なことをした。ずっとあなたに謝りたかった。……そして、今の自分を見て欲しかった」


「日向さん……。私、何も知らなくて……」


「雨宮さんへの気持ちが、再会とともに徐々に変化したのは確かです。俺、雨宮さんのことが好きです。彼にストーカーだと言われたら、その通りだよな。雨宮さんの気持ちを無視し、非常識なことをしたんだから。今から彼に詫びてきます」


 日向の言葉に、胸に熱いものが込み上げる。


「木崎さんのことは、もういいの。自分で話をします。私……彼に気持ちがないのに、軽はずみな行動をとるところでした」


「……雨宮さん」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る