125

 ……それは知っている。


 日向のご両親が経営していた居酒屋『日和』でもらった焼き鳥の味は、今も覚えている。


「ご両親は今はどちらでお店を?」


 暫く沈黙が流れた。

 聞いてはいけないことだったのかな。


 以前お店のあった場所は、高層ビルになっている。そのビルの中に、日向のご両親の店舗はなかった。


「両親はもう亡くなりました。だからもうあの焼き鳥を食べることは出来ません」


「亡くなった……。ごめんなさい、私無神経なことを聞いてしまって……」


「いえ、俺の親はお人好しで、人を疑うことを知らない正直者でした。叔母の連帯保証人になり借金を背負わされ、そのせいで母は亡くなりました。不幸を絵に書いたような人生でしょう」


「……そんな」


「母を死に追いやった父が憎かった。でも……不思議ですね。憎しみは年月と共に薄れていく。今は……懐かしさしかありません」


 日向の両親が亡くなったことを知り、私は言葉に詰まる。


「俺、高校時代グレていたんですよ。教師や親に反発ばかりしていた」


「……想像つかないな」


 つい、口から出た言葉。


 本当は知っている。

 日向は尖っていて、不良高校生だった。


「荒れてた時に、ある女性と出逢いました。親が勝手に雇った家庭教師でした。俺は彼女に酷いことをした。でも両親が死んで、彼女の言葉の意味がやっと理解出来た」


 私……

 彼に何か言った?

 全然覚えてないよ。


「この世は学歴社会。弱者は潰される。だから俺は大学に進学した。父親と同じ生き方をしたくないと本気で思ったから」


 学歴社会……。

 私、彼に大学進学を勧めたかもしれない。


「俺はその女性をずっと捜していました。彼女は俺に『川と海では生態系が異なる。共に泳ぐことはない』って、俺を拒絶した。でも……合流したね、雨宮先生」


 日向の言葉に……

 雷に打たれたように、全身に衝撃が走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る