38

 何も怖くない。

 怖くない……。


 恐怖心を封じ込め覚悟を決める。

 瞼を硬く閉じ、彼の動きに身を任せた。


 彼が洋服を手繰り上げ胸に触れる。ひんやりとした掌の感触に、ビクンと体が跳ねた。乱暴に触れられるほど、体は強ばっていく。


 ――『お前、人形みたいだな。全然つまんねぇよ』


 不意に小暮の声が、鼓膜に甦る。


 耳を塞ぎたくなる言葉。

 思い出したくない過去。


「……っ、虹原さん待って」


「どうして?雨宮が俺を拒むのは未経験だから仕方がないと思っていた。そんな雨宮を大切にしたいと思ったんだ。でも本当の姿は違ったんだよな」


「……どういう意味ですか」


「ある投稿サイトで画像を見たんだよ。初めは他人のそら似だと思った。でも女性のイニシャルはY。あれは雨宮だよな。ベッドの上で横たわっていたのは雨宮だろ。画像はぼかしてあったけど、俺にはわかるんだ」


 投稿サイトの画像……!?


 小暮が……

 あの写真を投稿したの……!?


 全身から血の気が引き、顔面蒼白となる。彼に唇を奪われても、彼に体を触れられても、頭の中は過去のトラウマに支配され暗黒に塗りつぶされた。


 ――涙が頬を伝った。

 その涙を見て、彼の動きが止まった。


「やっぱりあの写真は雨宮なんだね。あの写真に心当たりがあるんだね。君には失望したよ。俺達もう付き合えない。別れよう」


 彼は起き上がり、ベッドに横たわる私を蔑むように見下ろした。


「コンビニに行ってくる。悪いけどその間に帰ってくれないか」


 立ち去る彼の足音を聞きながら、ベッドに蹲り声を殺して泣いた。


 私は人を愛する資格なんてない。

 人に愛される資格なんてない。


 その画像が本当に私なのか、その事実を確かめる勇気もない。


 でも私が……

 未経験でないことは、事実だ。


 男性と性的な経験がありながら、彼に本当のことが言えなかったことに、変わりはない。

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