第10話:偽者のアイドル
5月28日午後2時、都内各地の公園でデモ活動が起きた。
表面上は政治的な部分を確認する事は出来ないのだが、メンバーの服装に違和感がある事に気付く人物もいる。
【あのデモ活動は、どう考えても警察が来る前に封殺されるな】
【特定芸能事務所のアイドルとは違うデモ活動に見えるが、実際は違うのだろう】
【デモ活動だけで逮捕される事はないとはいえ、さすがにやり過ぎだ】
これらのデモ活動のニュースが報道される度に、つぶやきサイト等ではやり過ぎという声が上がる。
しかし、その一方でこの活動自体が何かの囮と考える勢力もあった。
【何処かのニュースサイトにあった、別のアイドルに対する抗議デモと見せかけ、本来は……】
【その路線は使い古されている。全てのコンテンツに対し、反対を唱えて更地にする可能性もある】
【どちらにしても、その更地をアイドル投資家連中が独占すれば、同じ事の繰り返しなのに】
【超有名アイドルを町おこしに使おうとして、逆に批判を浴びる事態になったという話もある】
【結局、平穏に暮らしたいと考える人間にとって、特定コンテンツで町おこしと言う発想自体がデモの対象になっているかもしれない】
【アイドルグループの講義がおとりとして、本命は何だ? 特定コンテンツの排除だとしたら、フジョシ勢や夢小説勢も動き出すだろう】
【マスコミが別のデモを取り上げているという事は、本命が別にあるのは間違いない。アイドル関係のデモは数分も取り上げていない】
つぶやきを見ながらテレビを実況していた勢力が何かの異変に気付く。
アイドル関係の報道が数分程度で簡単に済まされている事だった。これではまとめサイトを見た方が情報を得られるだろう。
それ以外のニュースや国際情勢に時間を割いているように見えるのは、単純に視聴率的な意味ではなく、芸能事務所からの圧力と考える人物もいた。
同日午後2時15分、ニュース等よりも速報を伝えたのはまとめサイトの方だった。
何と、デモ活動をバウンティハンターが次々と鎮圧しているというのだ。
しかし、ニュースで大きく取り上げないのには別の理由もあるように見えた。
【バウンティハンターが現れたのか?】
【テレビの速報テロップも出ていないから油断していた】
【その映像は、何処で配信されている?】
【予想外の所で配信されているようだ。現在、サーバーが混雑している】
【サーバー? どういう事だ】
つぶやきでも今回の一件に関しては衝撃を受けている。突如としてデモ活動を鎮圧するバウンティハンター……何が目的なのか。
【どうやら、ARゲームのサーバーで中継されているらしい。そうなると、ゲームとして進行しているという事か?】
【ジャンルは何だ?】
【FPS、TPS辺りに見える。しかし、サーバーもパンクしていて詳細は確認できない。動画投稿サイトに投稿されるのを待つしかないか?】
ARサーバーを使用して中継と言うよりは、ゲーム配信と言う形になっているようだ。
しかし、ARゲームでデモ活動が行われているのか、それともイベントなのかは定かではない。
同日午後2時20分、既に全体の90%が鎮圧されている中、草加駅近辺に姿を見せたのは私服姿の加賀ミヅキだった。
「遂に動き出したか……ゴッドオブアイドル」
彼女もゴッドオブアイドルに関しては、ネット上の捻じ曲げられた噂以外も知っている。しかし、真相に辿り着こうとして消される寸前になったハッカーは無数にいるのだ。
それ程にゴッドオブアイドルの情報は匿名性を持っており、それを口にする事はつぶやきサイト内でも禁止されている……というのは表向き。
本来はマスコミが超有名アイドルグループメンバーと契約が出来なくなるという事で、さまざまな手段を使って口封じをしているのが真相のようだ。
しかし、そうした記述も偽物――炎上を誘う為の釣り記事である可能性も否定できないのだが。
ゴッドオブアイドルの情報が今まで表に出てこなかったのは、この為かもしれない。
本物の情報を拡散した場合、その損害は国家予算にも匹敵する――と言われているが、信じられないと言うのが大半の意見だろう。
「しかし、他のアカシックレコードでは違う名称で存在し、その正体はマスコミや投資家ファンの作りだしたマッチポンプと聞く」
加賀が冷静に分析している内に騒動は鎮圧され、ようやくニュースでも報道された。
【やっぱり、あのアイドルの仕業か】
【超有名アイドル商法に便乗すれば、タダで宣伝できると考えたのだろう】
【超有名アイドルによるディストピア、この次元でも実現させようと言うのか?】
ニュースでは中堅所のアイドルファンが暴走し、デモ活動を起こしたと報道されている。
しかし、現場に置かれた横断幕などは不自然なほどに新しく、どう考えてもすり替えられているのが明らかだ。
「別のバウンティハンターと言うより、このデモを鎮圧したのは超有名アイドルファンが演じているバウンティハンターか」
加賀はタブレット端末をチェック、近辺で別のARゲームによるマッチングが行われていたのを確認する。
どうやら、デモ活動を一種のクエストとして指定、バウンティハンターに討伐を依頼させたのが真相だろう。しかし、このような回りくどい作戦を展開したのは何故か?
一番有力なのは、ARゲームに悪い噂を流し、それを利用して買収を行い、超有名アイドル関係のコンテンツを独占配信、更には全世界規模、全次元規模の配信を行うのだろうか。
それこそ、超有名アイドルのディストピアであり、過去の世界線でも繰り返されて来た歴史でもある。
「これは、まさか……?」
タブレット端末を確認した加賀が見た物、それは偽物のバウンティハンターを撃破していく山口飛龍の姿だった。
その装備はミュージックオブスパーダで使用されている物――に見える。
しかし、こちらも何者かのなりすまし、CG加工と言う路線も否定できない。それを考えた加賀は、現場となっている谷塚近辺へと向かった。
5月28日午後2時30分、例のトリック動画に関してネタバレが公開された。
偽物のバウンティハンターを撃破していく山口飛龍の姿、それは大方の予想通りの結果だったのである。
【つぶやきサイトでも問題になっているなりすましか】
【ARゲームでプレイヤー名の重複は問題視されないが、ここまで完コピすると――】
【スーツデザインの重複はレンタル系や市販品でない限りは指摘される可能性が高い】
【一体、どのようなトリックを使ったのか】
つぶやきサイト上でも話題になっていたのだが、これは予想外のトリックだった。
単純にスーツを用意した訳ではなく、意外な方法を使った物だったのである。
そのトリックは、まとめサイトに以下の様に書かれていた。
【1:ARガジェット及びARスーツを用意する】
【2:ARガジェットに特殊なアプリをインストールする】
アプリに関しては違法なものではなく、他のARゲームでは一般的に使用されている物だった。
【3:特殊アプリA(以下、アプリAと記述)を用意。その後にミュージックオブスパーダのアプリ(以下、スパーダアプリ)を起動する】
【4:スパーダアプリ起動後、電子マネー支払いを選択】
【5:電子マネーの支払いを確認後、スパーダアプリに割り込みする形でアプリAも起動する】
【6:アプリAでARギアを実体化、これをスパーダアプリは本来のARギアと誤認】
要領としてはアプリAで実体化したARギアをスパーダでも読みこめたという事。
この数分後に運営側が神対応をした事で、重複したアプリの起動に関しては警告が出るようになった。
この神対応によって、事件は思わぬ方向へと発展した……。
同日午後2時40分、ある公園では山口飛龍のARガジェットを装着したプレイヤーがアイドルグループのデモ参加者を撃破していた。
そして、その公園に駆けつけたのは大和杏である。彼女としてはARガジェットに風評被害が出る事を懸念していた。
「この数時間前には超有名アイドルファンと夢小説勢が衝突しているという話もあるが……」
大和は若干呆れつつも、まずは周囲の雑魚を相手にしていく。使用するのは、当然アガートラーム――。
《エラー。そのガジェットは使用できません》
一部ゲームでは対応していないとはいえ、アガートラームが使用できないという状態になった。
「カタログノートが強すぎて使用拒否という事が事前に公式ホームページに書かれた例はあったが、まさか……」
アガートラームが使用できない以上、ここは通常のガジェットで対応するしかない。
大和は背中のバックパックから別のARガジェットで使用する端末を取り出す。
《ガジェット認証しました。スーツを転送します》
こちらの方は使用出来るらしく、ガジェットは無事に認証された。
そして、大和に暗黒騎士を思わせるようなアーマーが装着されていく――その様子は、まさにバウンティハンターに類似しているようにも見える。
「アクセスッ!!」
大和の一言と共に黒い刃のガンブレードが転送され、右手でそれを受け取った。
それと同時に何かが起こったように見えたが、それを確認する手段はない。
同日午後2時42分、周辺住民の通報で警察が駆けつける展開となり、気絶していたデモ参加者が一斉に逮捕、あるいは補導される流れとなった。
デモ参加者は男性アイドルグループのイベントが県内で展開される件について『炎上案件だ!』と抗議していたらしい。
しかし、それを別の組織に悪用されるとは誰が予想したのだろうか。
「これだけの事が出来るのは、どう考えてもゴッドオブアイドルしかいない」
大和は現場から即座に立ち去った事で警察に捕まる事はなかった。
しかし、そのような事をしなくてもバウンティハンター等であれば、超法規的処置として捕まる事はないのだが。
同日午後2時57分、ワイドショーのニューステロップには速報が表示されていた。
《まとめサイトと協力して特定コンテンツに対し、圧力をかけたとして芸能事務所が強制捜査》
この展開は大和にとっても想定外であり、他の勢力等にとっても寝耳に水だった。
【あのニュースって、どう考えても伝説のアイドルだよな?】
【ソレは間違いない。そうでなければ、速報は出さないだろう】
【遂に超有名アイドルもオワコンか?】
【あのアイドルって、つぶやきサイトで名前を出してはいけないはず……】
【これも時代の流れか】
他にもさまざまな衝撃がつぶやきサイト上で流れる。
それ程、今回の速報に対する影響は想像を超えていると言えるだろう。
同日午後2時58分、某芸能事務所内のある部屋にも強制捜査が入った。
「これは、どういう事だ!?」
「我々は無関係だ! 一連の事件はまとめサイト側の独断で――」
「今までの日本経済を支えたのは我々のアイドルグループだ。それを仇で返すと言うのか?」
ある部屋とはゴッドオブアイドルの中枢とも言える部屋だった。
実は、ゴッドオブアイドルとは存在しない架空のアイドルであり、いわゆるひとつのバーチャルアイドルだ。
しかし、ただのバーチャルアイドルではない。3次元映像で極限までに美化したアイドルであり、恋愛問題等のリスクも最小限に抑えた究極のアイドルとして作られた物である。
「その技術自体、既にARゲームの技術を盗用した物。特許を取り、自分達だけで独占しようと考えたのが全ての間違いだった」
機動隊の一人と思われる人物が、ゴッドオブアイドルのスタッフ達の目の前に姿を見せる。その正体は、彼らもよく知る人物だった。
青い髪の色にメガネ、白衣という男性はゴッドオブアイドルのスタッフとして途中から参加していた人物――。
「貴様! 我々が50年以上も前から存在する伝説を……わずか1日で消滅させようと言うのか」
ある人物が拳銃を白衣の男性に向けるのだが、モデルガンの為に撃ったとしても致命傷にはならない。逆にけん制として使用するにしても、タイミングが悪かった。
「ゴッドオブアイドル、確かに歴史は50年以上と長いのは認めますが……それはあなた達が生み出した物ではない!」
白衣の男性が指を鳴らすと、次の瞬間に機動隊と思われた人物達はARガジェットを展開、様々な形状の武器に変化する。
その武器は蛇腹剣、ガンランス、パイルバンカー、ロケットパンチ等と言ったロマン武器の数々。これらで、どう対抗しようと言うのか?
「所詮、過去の亡霊を再利用し、無限の富を得ようとした。賢者の石はフィクションの世界でしかないのに、それを現実に持ち込もうとした罪は……許せるものではない!」
再び指を鳴らした白衣の男性、彼は左手にスタングレネードを呼び出し、それをスタッフ達に向けて投げつけた。
「最初から、ゴッドオブアイドルを潰す為に派遣されたのか? まとめサイトの――」
何かを言おうとしたスタッフだったが、スタングレネードの発した大音量の音でかき消され、それが彼の耳に伝わる事はなかった。
同日午後3時30分、芸能事務所の強制捜査は終了し、彼らは撤収していった。その後に『本物の』警察が駆けつけるのだが、スタッフ達が気絶している惨状を見て驚いている。
「既にアキバガーディアンが必要な情報を回収した後か」
「ですが、ゴッドオブアイドルのスタッフは気絶しているようです。捕まえるのであれば、今しかないでしょう」
彼らの言う事も一あるので、警官隊のリーダーはスタッフの逮捕を指示、現行犯として扱われる事になった。
同日午後3時40分、ニュースのテロップで再び速報が流れる。
『速報です。ゴッドオブアイドルの企画をしていた芸能事務所が強制捜査を受け、そのスタッフが現行犯として逮捕されたようです――』
このニュースを見て、つぶやきサイトでも阿鼻叫喚が展開されると思ったが、それは少数+それを無駄に拡散しようと言う炎上サイト勢だけ。
【何かおかしいと思ったら、バーチャルアイドルだったのか】
【恋愛禁止の3次元アイドルよりも、ある意味でタチ悪い】
【これがコンテンツ業界のする事か】
そして、ゴッドオブアイドルは英雄から邪悪へと一気に転落した。
【今、明かされる衝撃の真実! 50年の間、騙されているファンを見ていて――】
何処かのテンプレを使ったようなコラ画像も出回り、ゴッドオブアイドルの時代は思わぬ形で終焉を迎えた。
「始まりがあれば終わりも来る。しかし、彼らは終わりを恐れて賢者の石を生み出そうとした結果が――」
白衣の男性、彼の正体はアキバガーディアンのメビウス提督……と呼ばれていた人物だった。彼の本名は、不明のままが良いのかもしれない。
「超有名アイドルの問題も、強引ではあるものの解決に向かうだろう。しかし、音楽ゲームのイースポーツ化……これも賢者の石に類似する案件の可能性がある」
彼の目的は不明だが、コンテンツ業界に賢者の石を求めようとする人物を消していく事――という可能性も否定できない。
5月28日午後2時30分、ネット上で拡散された山口飛龍のトリック映像、その真相はまとめサイトに掲載された。
しかし、これを暴いた人物までは名前が書かれておらず、詳細は一切不明だった。
これに関しては秘密裏に情報が……という噂もあり、下手に真相を探って偽サイトに引っ掛かるのを恐れて検索しなかった説もある。
「誰も検索しなかったのか。こちらで犯人を割り出そうとも考えたが……」
つぶやきサイト上でなりすましが現れているという話を聞き、山口は情報を収集していた。その時に発見したのが、今回のトリック映像の種明かしである。
「ARゲームは一部でガジェットを共通化しているとスタッフに聞いた事があったが、こういった事件も起きるのか」
山口は、過去にスタッフから『ARガジェット自体は携帯ゲーム機であり、一部はソフトが別扱いになっている』と言う趣旨の話を聞いていたのだ。
「どちらにしても、今はスパーダをプレイできない。タイミングを見極めての――?」
唐突に山口のARガジェットにメールが届いた。差出人はミュージックオブスパーダ運営だが、内容に関しては彼が疑うような物だった。
《複数アカウントを使用したプレイヤーに関して》
件名を見て驚くのは無理もない。それに加え、自分には複数アカウントと言われても身に覚えがない為、ミス配信と言う可能性を疑う。
しかし、メールを読み進めてみると特定プレイヤーだけではなく全員に対して送られている物であり、このメールを受け取ったからと言ってアカウントをはく奪する訳でもなかった。
《今回、我々の想定していた自体が実際に怒りました。複数アカウントをお持ちの方は、お手数ですがアカウントの統一をお願いします》
全ては、この一文に集約されていた。
つまり、今回の一件は想定されていた物なのである――まるで、事前に予告されていたかのように。
ARガジェットは複数所持を特殊ケース以外では禁止しているらしいが、それに伴うのが複数アカウントの可能性だった。
【複数アカウントは別のソーシャルゲームでも全くないという話ではないが……ARゲームでもあると言うのか】
【ARゲームの場合はガジェットの複数所持が許容されている。その一方で、ゲームのアカウントはNGと言う事か】
【結局、1人につき1アカウントと言う事にしないと歴史は繰り返される】
【1人1アカウントを法整備されたら、それこそアウトじゃないのか?】
【この分野でこうした事例があったので、全ての分野で仕様統一……これが超有名アイドル側の狙いか?】
【結局は政府側の人間が逮捕されている以上、真相は後々に判明するな】
つぶやき上では様々な事が言及されているが、今の山口にとって有益な情報はない。
同日午後3時30分、某芸能事務所に警察が到着した頃、別の動きを展開している人物がいた。その人物は奏歌市内で他のARゲームを物色している所だったが……。
「遂に、こちらを狙い始めた……と言う事ね」
ARガジェットを装着し、周囲のハンターを警戒しているのは大淀はるかだった。何故、彼女がハンターに狙われているのかは……想像に難くない。
「お前がゴッドオブアイドルの情報を売り渡し、我々の金づるを台無しにしたのか?」
「ゴッドオブアイドルは、俺たちの様なグッズ転売で超有名アイドルのCDを買い、CDチャートの独占をする為にも重要な存在だ」
「その計画を潰したお前を生かす訳には――」
大淀を狙っていたハンターの正体、それは超有名アイドルの投資家ファンなのだが……ここまでくると、もはやフーリガンと言う表現よりも吐き気を催す邪悪と言っても過言ではない。
「どうやら、こちらも本気を出さなければいけないようね」
大淀はパイルバンカー型のガジェットを構え、戦闘態勢に入るのだが……突如としてエラーメッセージが表示され、ガジェットが起動する事はなかった。
《ガジェットエラー》
ガジェットにエラーが発生したのは、大淀だけではなく周囲のアイドル投資家も同じ。一体、何があったというのだろうか?
『そこまでだ! 我々はアキバガーディアン……無駄な抵抗は止めてもらおうか』
突如として現れたARガジェットのロボット、それはアキバガーディアンに優先配備されている物である。
しかし、アキバガーディアンが来たタイミングには大淀の姿はなく、アイドル投資家だけになっていた。
「かろうじて別ガジェットを起動した結果、何とか逃げられたみたいだけど」
動けなかった大淀は別のガジェットを使う事で、何とかその場から逃げる事が出来た。
しかし、パイルバンカー型のガジェットが動かなかった理由は何なのか?
同日午後3時40分、テレビのテロップで速報が流れる。
《ゴッドオブアイドルの企画をしていた芸能事務所が強制捜査。スタッフを現行犯逮捕》
このテロップを電機店で確認した大淀は、何かを確信していたようでもあった。まるで、一つの時代が終わったような……。
「これで確信できた。この世界を変える為には、コンテンツ業界そのものを改革する必要性がある事を」
その後、大淀は別のアンテナショップへと向かいガジェットの調整を行ったと言う。
同日午後4時、あるつぶやきが話題となっていた。
《私は、超有名アイドルコンテンツによる全産業の掌握及び支配……率直に言えば、超有名アイドルによるディストピアから解放する為に戦う!》
このつぶやきに関してはまとめサイト等で拡散されたが、最初は唐突過ぎて事情が呑み込めないネット住民が多かった。
【ディストピアと言われてもピンとこない。犯罪も5%未満、事故も報告されていないような状況で?】
【バブルが崩壊したような時代ならば、まだ分かるかもしれないが……今の経済状況で何を?】
表向きは経済も不況ではなく、犯罪も警察を含めて様々な組織が動く事で未然に阻止され、むしろ平和に感じる人が多い。
【数年前、超有名アイドル商法を廃止しようという動きがあった際にもディストピアと言う単語が出てきたな】
【まさか、あの人物も同じことを繰り返す気か?】
こうした意見が出るのは、以前の事件を知っている少数だけ。大多数は平和を破壊しようと言うこの意見に関して反対する者が多い。
「アカシックレコード……。おそらく、彼女が実行しようとしているのはディストピア解放を唱えた、アレか」
ファストフード店で焼きそばパンを食べながら、大和杏が一連のつぶやきを眺めている。
「どちらにしても、ゴッドオブアイドルの元凶が逮捕された今、こうした意見が出るのも無理はない。流血のシナリオを展開すれば、それこそアカシックレコードの技術が大量破壊兵器と同義にされる」
県内の玩具屋でつぶやきを眺めていた南雲蒼龍も、今回の事態は一定の部分に関して言えば『想定』していた。
同日午後4時30分、今回の文章を流した人物が大淀である事を特定できたのはごく一部の勢力だった。実際、この宣言をしたアカウントが凍結をされており、誰がつぶやいたのか分からなくなっていたからである。
「凍結したのはARゲームの運営か、あるいは別のどこかが悪用を恐れた可能性もある」
「――ゴッドオブアイドル、結局は歴史を繰り返すという事か」
竹ノ塚駅前で誰かを待っていた加賀ミヅキは、他のメンバーと違う考えをしていた。そして、この文章を書いたのが多世度である事を見破ったのも彼女である。
「加賀ミヅキ――」
加賀の前に現れた人物、それはサングラスを持ってくるのを忘れていたビスマルク。今回、加賀が会う約束をしていた人物でもある。
「ビスマルク、貴女に警告をしておくわ」
加賀はビスマルクに何かのデータを転送し、ビスマルクも転送完了を確認して画像をチェックする。
そして、それを見たビスマルクは驚きの表情で端末から加賀の方へ視線を向けた。
「バウンティハンターをしている以上、いずれはこの勢力と戦う事になる。彼らも、超有名アイドルと方法は違っても目的は類似している――」
ビスマルクの端末に表示されていた人物、それは南雲蒼龍だったのである。
これは、一体どういう事なのか……ビスマルクには現段階で把握できずにいた。
5月29日、早朝の情報番組ではゴッドオブアイドルの一件に関してのニュースが報道されていたのだが、それらが真実かどうかは分からない。
ゴッドオブアイドル自体、2.5次元と言う概念を持ち込んだアイドルであり、過去には事例が何度かあったアイドルでもある。
しかし、ゴッドオブアイドルのように成功した事例は非常に少なく、その原因として3次元アイドルファンがさまざまな妨害工作を行ったという話もあった。
それらが実際に報道されているかと言われると、芸能事務所側からの情報規制を求める声があった……ともつぶやきサイトでは言われているが、偽情報の可能性もあって報道するテレビ局は皆無。
「やはり、この路線になるか」
自宅でテレビを見ていた大和は、何処も同じようなニュースばかりだったので、別のテレビ局の通販番組を見ていた。
『今回ご紹介するのは、最新型の楽曲作成ソフト――』
テレビで紹介している商品、それはその昔に流行したバーチャルアイドルの楽曲作成ソフトと似ているが……。
『このソフトは、楽曲だけでなく、振り付け等の設定も可能で、自分で作成した楽曲を動画投稿サイトへ投稿するのもスムーズに――』
その後も商品の説明は続くが、トーストを食べながらだったので詳しくは聞いていない。
「そう言えば、アカシックレコードで音楽ゲームの楽曲を自作し、それをネット上で公開できるというシステムもあったような……」
今からアカシックレコードを立ち上げるのもアレだったのか、即座に確認する事はなく、ノートパソコンを立ち上げて大和は情報収集を始めた。
同日午前10時、ミュージックオブスパーダの運営事務所に到着した南雲は、早速指示を出した。
「6月1日からミュージックオブスパーダを対象としたランキング戦を行う!」
南雲の言うランキング戦、それは彼の掲げる『音楽ゲームのイースポーツ化』と類似しているように見えるが、今回のイベントでは賞金は出ない。
これに関しては、奏歌市側が難色を示した事が理由の一つである。小学生もプレイできるようなゲームで賞金を出すとなると、トラブルが発生する可能性もあったからだ。
「賞金制度は……一部で調整する必要性もあるか」
南雲が手にしているタブレット端末、そこには18歳以上を対象にしたランキング戦で賞金を設定するというルールの記載があった。
「音楽ゲームの常識、それを打ち砕くのがミュージックオブスパーダでもある!」
南雲はホームページに書かれていたキャッチコピーを読み返し、改めて自分の考えを何とかして伝えようと画策していた。
同日午前11時、大淀は誰かに狙われる事もなく、ミュージックオブスパーダのエリアに姿を見せた。
「私は……どうすれば、良かったのか」
あの文章を出した事に後悔はないが、超有名アイドル商法の繰り返しを行おうと言う勢力をどうするべきか……悩んでいるようにも見える。
それでも、悩みを抱えたままでプレイすれば大きな事故につながる。
それはARゲーム全般で言われていることであり、常識でもあった事――自分が行った事は、ガイドライン違反だったのか?
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