メイドカフェ 一
紆余曲折を経て、西野はアルバイトの面接に合格した。
ただし、職場は当初予定していた三階の居酒屋から外れて、地上階で営まれているメイドカフェである。ホールに出るのはメイドに扮した女性の役割であるから、当然、彼に課せられたお仕事はキッチンでの作業だ。
実は四階フロアにあるホストクラブにも興味を抱いていたフツメンだが、こちらについては当初の目的を優先したことで、その選択を自重していた。そうでなければ、面接の場はより大変なことになっていただろう。
一連のやり取りを受けては、ローズとガブリエラもまた、居酒屋の店員ではなくメイドとして働く運びとなった。同じ職場でのアルバイトというシチュエーションは、彼女たちにとっても、西野との距離を縮める絶好の機会である。
そして、後者については瞬く間に学内に広まった。
曰く、ローズちゃんとガブリエラちゃんがメイドカフェで働くらしい。
西野の存在はさておいて、二人のメイド姿に興味を持った生徒は多かった。取り分け男子生徒の間で顕著であった。おかげで自然と学内では噂が流れて、未だ営業を始めていない彼女たちの勤め先の所在までもが特定されていた。
そんなこんなで訪れたのが週末の土曜日。
同日から西野たちの勤めるメイドカフェの営業は始まった。
日中はカフェ、日が暮れてからはバーとして営業を行う、一般的なカフェ&バーのお店である。スターティングメンバーに抜擢された三人もまた、その日は昼のカフェ営業から現場に集まっていた。
採用されたアルバイトは全体で二十数名。大半は女性となり、男性は西野だけである。ただし、これと併せて男性社員が現場に入り、男手が必要な仕事はそちらで対応する、との話であった。通常営業では全体のうち七、八名が店に入ることになる。
「いらっしゃいませ、お席にご案内しますね!」「チェキは五百円からになります」「もしよかったら、こちらのドリンクも一緒にいかがですか?」「こちらのお席にどうぞー」「ご来店、ありがとうございます!」
ホールからは接客にあたるメイドの声が伝わってくる。
その可愛らしい声を耳にしながら、西野はキッチンで一生懸命、お皿やグラスを洗っていた。彼が立つ場所からでは、ホールの様子を確認することはできない。目に入るのは搬入から間もないピカピカのシンクと、その正面に設けられた壁だけだ。
「またのご来店をお待ちしております!」「来店ごとにポイントがもらえるんですよー。頑張って貯めてくださいね」「日曜日もやってますので、またどうぞ」「このメニュー、とってもオススメですよ」「いらっしゃいませー!」
お店は随分と盛況のようで、客足はひっきりなしである。
おかげで彼の下に運ばれてくる洗い物も止めどない。キッチンに立ってから二、三時間ほど、西野は同所で皿やグラスを洗い続けていた。長らく温水に触れていたことで、指先は風呂にでも浸かったように、ふにゃふにゃとふやけ始めている。
その間に他のスタッフから与えられた言葉は、これもお願いします、これも洗っておいて、これ急ぎでお願い、といった程度が精々だ。ホールの楽しげな雰囲気とは一変して、ただただ食器を洗うばかりの時間を過ごしていた。
「……よし、次はこの大皿を片付けるか」
だが、本人はこれといって悲観してはいない。異性と交流する機会は、休憩時間やバイト上がりなど、幾らでもあるだろうと考えて、前向きに取り組んでいる。洗浄を終えたお皿やグラスは、ツルツルのピカピカだ。
そうした西野から少し距離をおいて、同じくキッチンに立つメイド姿のスタッフの間では、ボソボソと言葉が交わされている。何故かフロアに一人だけいる男性のアルバイト、その存在は彼女たちの話題の種として十分なものだった。
「どうして一人だけ男の子のバイトがいるんだろう?」「他にもいるんじゃない? 今日は来てないだけで」「チラシには女の子しか採用しないって書いてなかったっけ?」「え? あそこにいる調理のオジサンは?」「あれは社員さんでしょ?」
ドリンクやら何やらを作りながら、ヒソヒソとやっている。
当然のようにチラリチラリと向けられる視線。
これがまたフツメン的には、悪い気がしない環境であった。異性から注目を受けているという状況が、続くコミュニケーションを彼に予感させる。食器を洗いながら、その脳裏では彼女たちとのトークの検討に余念がない。
それからしばらくして、念願の休憩時間が訪れた。
フライパンを振るう社員から、西野君、休憩に入っていいよ、とのお達し。
これに頷いた彼は胸を高鳴らせながら、キッチンを離れてバックヤードへと向かった。同所には事務スペースの他に、セパレータに区切られて、ちょっとしたテーブルセットが設けられている。スタッフが休憩や食事を取るためのスペースだ。
部屋の外から室内の様子を窺うと、そこには二名ほど、メイド姿のままくつろぐスタッフの姿が見受けられた。机に突っ伏して、疲れましたねーだとか、お客さん多いですねーだとか、言葉を交わす様子が見て取れる。
そこでふと閃いた彼は、一度キッチンに引き返した。そして、冷蔵庫からアイスティーを調達。お盆の上にグラスを幾つか並べて、再びバックヤードに向かった。飲み物をプレゼントして、距離を縮めようという作戦だ。
意気揚々と休憩スペースに足を踏み入れる。
するとどうしたことか、彼がアイスティーを用意している間に、テーブルセットを囲うスタッフは姿を変えていた。つい先程確認した黒目黒髪のメイドたちが、いつの間にやら国際色豊かな色合いに変化しているではないか。
「あら、西野君もこれから休憩かしら?」
「……ああ」
「そレは奇遇ですね」
ローズとガブリエラである。
おかげで切ない西野だ。
彼女たちが相手では出会いもへったくれもないフツメンである。これでは学校の休み時間と大差ない、とは彼の胸中に浮かんだ寸感だ。しかし、まさか素直に伝える訳にもいかず、自らもまた空いた椅子に腰を落ち着けた。
「そレはもしかして、私たちの為に用意してくレたのですか?」
お盆にのったグラスを眺めてガブちゃんが問うた。
ご丁寧にミルクやレモンまで添えられている。
「まあ、そんなところだ」
西野は観念した様子で、盆に乗ったグラスを二人に対して差し出した。本来届けたかった相手は、既にホールでお客さんの相手をしている。こうなってしまっては仕方がない。次の機会にまた挑戦しようと意識を改めた。
「大方先程まで休憩していた子たちに出そうとしたのでしょう」
「…………」
フツメンの幼稚な企みは、ローズにバレバレであった。
彼女の視線が、休憩スペースの隅に設けられたディスプレイに向けられる。そこには監視カメラで撮影された店内の様子が映し出されており、ホールやキッチンで問題が起こった場合、すぐにスタッフが駆けつけられるようになっていた。
ローズの言葉通り、西野がグラスを届けたかった相手の姿も見受けられる。
「……喉が乾いていないなら、決して無理にとは言わないが」
「軽い冗談なのだから、怖い顔をしないで欲しいわね」
西野が手づから用意したお茶を前にして、狂喜乱舞のローズだった。
そんな彼女にガブリエラからは突っ込みが一つ。
「お姉様はいつも一言多いのです。黙ってもラったラどうですか?」
「…………」
まさかガブちゃんにまでバレていたとは思わない西野である。
お盆の上からグラスが捌けていく。
残る一つを手に取り、彼はゴクリと小さく喉を鳴らした。
◇ ◆ ◇
西野がローズやガブリエラ以外の異性と交流する機会は、就業後に訪れた。
未成年である彼らの就業時間は、労働基準法に従い午後十時までとなる。お店の制服から私服に着替えた彼は、店先で入れ替わりとなる夜間要員と出会った。そのうちの一人が店の裏口で過ぎ去り際、フツメンに声を掛けてきたのである。
「あ、君も採用されてたんだ?」
西野たちより先に面接の順番を待っていた女性である。
そのうちの一人だった。
「あぁ、面接のときの……」
「五十嵐よ」
「こっちは西野という。どうぞよろしく頼みたい」
「たしか他に二人、可愛い子たちと一緒だったよね?」
「あの二人なら更衣室で着替えている」
パッと見たところ二十歳前後と思われる。夜の営業に就くということから、十八歳を過ぎているのは間違いないだろう。ジーンズに長袖のシャツ、その上に大きめのミリタリージャケットを羽織っている。
髪は茶色く染められたマッシュカット。ローズやガブリエラと同様、メイドカフェにメイドとして採用されたという背景が示すとおり、可愛らしい顔立ちをしている。これがさっぱりとした服装と相まって、西野の意識を引いていた。
「そっちはこれからメイドになるのか?」
「君、見かけに因らず割とグイグイくる物言いなんだね」
「……すまない」
「まあ、別にいいけどさ」
バイト先の同僚という関係も手伝い、テンションが上がってしまった西野である。おかげで出会い頭にダメ出しを受ける羽目となった。何気ない会話の端々にも、自然とシニカルを織り交ぜてしまう。
それでもここ最近は、委員長を筆頭として指摘が上がること度々。そうした影響も手伝い、本人にも申し訳ないという意識が生まれつつある。すまなそうな表情となり、声のトーンを落してみせた。
するとそんな彼に対して、彼女はここぞとばかりに語ってみせる。
「ほら、私ってサバサバ系だから、そういうの気にしないし?」
「サバサバ系?」
「男同士みたいな会話の方が気楽なんだよね」
「なるほど」
西野に声を掛けた彼女は、自称サバサバ系女子だった。
働き先としてメイドカフェを選択している時点で、ツッコミどころ満載の人物である。しかし、その手の話題に疎いフツメンには、そういう物の考え方もあるのだろう、程度の意識しか生まれることはなかった。
「あの二人に用があるなら呼んでくるが……」
「別に用ってほどでもないよ。ただちょっと気になっただけで」
「そうか?」
「ここの系列は給料がいいから、短い時間でも稼ぎやすいんだよね。メイドカフェっていうのは少し悩んだけど、ドリンクバックもあるみたいだし、試しに働くくらいなら問題ないかなってさ。あ、知ってた? チェキは断ることはできるらしいよ」
「チェキ?」
「メイドと一緒に写真を撮るサービス、知らない? これが目当てで足を運ぶお客さんも多いらしいよ。私的にはそこまでしてお金が欲しいとは思わないけどね。後でどんな風に利用されるか分からないのって怖いじゃん?」
「なるほど、初めて知った」
「マジ? よくそれでメイドカフェで働く気になったね」
「元々は居酒屋を希望していたんだが、色々と事情があったんだ」
「ふぅん?」
言動を指摘されたことで、一歩身を引いてみせた西野。
そんな彼に対して、自称サバサバ系は言葉を続ける。
「そういう意味だと、君の知り合いと同じ時間帯には、できれば入りたくないかな。お客さんの取り合いになったら、余程頑張らないと勝てないじゃない? そういった意味でも、夜からのシフトにして正解だったかな」
「メイドカフェと一言で言っても、色々とあるんだな」
「そりゃそうだよ、この手の店の人間関係は完全に女性社会だからね。君が何を考えてバイトを始めたのかは知らないけど、こういった場所で下手に女の子たちにちょっかいを出すと、碌なことにはならないよ?」
「…………」
「まあ、私はそういうのに絡むつもりもないんだけどね。派閥とか面倒臭いし、そういうことに労力を割くよりも、仕事を頑張る方が建設的じゃない? ああいう女の子っぽいのって、なんか苦手なんだよね」
まさか初対面の相手からまで、己の疚しい部分に指摘を受けるとは想定しなかった西野だ。おかげで言葉を返そうにも、上手い台詞が出てこない。やっぱり居酒屋にしておいた方が良かったのでは、とは自ずと脳裏に浮かんだ感慨である。
一方で彼女は彼に対して、つらつらと言葉を続けてみせる。
「っていうか、君とあの子たちってどういう関係なの?」
「同じ学校に通っている学友だ」
「バイト先まで一緒なんて、随分と仲がいいんだね?」
「いいや、そうでもない」
「…………」
こんな愛想の欠片もない冴えない顔の少年が、何故あんな可愛らしい女の子二人と一緒なのだろう。そう言外に訴えて止まない表情だった。彼女の脳裏では、色々と想像が広がっている。
肌や髪の色が伝わらないほど遠い親戚だとか、小さい頃から一緒に育った幼馴染だとか、はたまたお金持ちの家の御曹司と、その家に仕えている家の娘だとか。考え出すとキリがない西野と彼女たちの関係である。
そうこうしていると、問題の二人が彼らの前に姿を現した。
「あら? もしかして待っていてくれたのかしら?」
「結果的にそうなっただけだ」
勝手口の正面で立ち話をする西野の下へ、ローズとガブリエラが歩み寄ってきた。店内で眺めたメイド姿とは一変して各々私服だ。これといって目立った装いではないが、共に上から下まで高級ブランドからの選択である。
自ずと彼女たちの視線は、西野と話をしていた人物に向かう。
「そちらは?」
「前に面接で一緒した方だ。覚えてないか?」
「一応、はじめましてかな? これからよろしくね」
西野からの紹介を受けて、自称サバサバ系は二人に挨拶をしてみせた。
見たところ彼女の方が年上ということも手伝い、気軽な雰囲気での声掛けである。ただし、その意識は二人の身に付けた衣服を眺めて、戦々恐々としている。フツメンはまるで気にしていないが、一介の学生が普段着にするには過ぎた代物だ。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
「よロしくおねがいします」
ローズはニコリと余所行きも笑みを浮かべて、学内でクラスメイトに接するのと同じように挨拶を返した。ガブちゃんも平常運転である。表情こそ少し硬く映るものの、小さく会釈と共に応じてみせる。
ただし、そうした彼女たちの脳裏では、目の前の相手が西野に対して、どのような立ち位置にあるのか、細かな観察を怠らない。取り分けローズの脳内では、容赦のない想定と対応が検討され始めている。
フツメンが同所に女を漁りに来たと理解しているが所以の警戒である。
「西野君、それじゃあ帰りましょう?」
「ああ……」
当初は一人でさっさと帰ろうと考えていた西野である。
その背に追いつかれた形で、二人と一緒に帰宅する運びとなった
◇ ◆ ◇
翌日の日曜日、西野は昼からメイドカフェに働きに出ていた。
昨日は碌に異性と交流する機会を得られなかったフツメンである。今日こそは休憩時間を有効活用してやるぞと意気込んでの挑戦だ。せめて一人くらい、連絡先を交換するところまでいきたい、などと些か高いハードルを意識している。
「…………」
ただ、現場での業務内容は本日も変わらず皿洗いである。
黙々とシンクで食器を洗い続けている。
一方でローズとガブリエラは、ホールに立っての配膳と営業だ。本日もお店は開店直後から繁盛している。彼女たちの名前を呼ぶ声が店内ではひっきりなしだ。姿こそ見えずとも、その活躍は西野にもなんとなく窺い知れた。
そうして仕事に励むこと数時間、ようやく迎えた休憩時間。
西野はお盆にドリンクを載せて、意気揚々とバックヤードに向かった。スタッフの管理を行っている社員へ、事前に休憩時間を打診の上、ローズやガブリエラと被らないようにと、策を仕込んでいたフツメンである。
しかし、そうして訪れた休憩スペースにメイドの姿はなかった。
代わりに同所へ設けられたテーブルセットに腰掛けていたのは、ガラの悪そうな二人組の男である。また、その傍らには西野たちの面接を担当した、同店のオーナーだという茶髪の男性が、やたらと畏まった様子で立っている。
「なかなか綺麗どころが集まってるじゃねぇか、なぁ? 店長さんよ」
「お、おかげさまで繁盛させて頂いております」
ガラの悪いそうな二人組については、西野も見覚えがあった。いつぞや文化祭の準備期間、買い出しに出掛けた竹内君と松浦さんを誘拐したヤクザだ。当時、事務所で遭遇した親分と思しき男性と、彼から子鉄と呼ばれていた子分の二人組である。
「おい、テメェ、なに勝手に見てんだ?」
お盆を両手に持って、部屋に一歩を踏み入れた西野。
その存在に気付いた子鉄が声を上げた。
自然と居合わせた親分や店のオーナーの意識も彼に向かう。
「なっ……」
顕著な反応を見せたのは親分だ。
フツメンの顔を目の当たりにして、驚愕から瞳を見開いた。腰掛けていた椅子がガタリと大きな音を立てて鳴る。どうやら彼のことを覚えているようであった。身体の強張る様子が傍目にも顕著に窺えた。
一方で親分のお付きと思しき子鉄は、西野の顔を既に忘れているようだ。会話の場に予期せず現れた従業員を素直に脅してみせる。過去、事務所で遭遇した際には、あっという間に倒されたことも影響しているのだろう。
それもこれもフツメンの顔が普通過ぎるのがよくない。
覚えにくく忘れやすい顔立ちをしている。
「あぁ、君、なかなか気が利くじゃないか」
お盆を手にした西野を眺めて、オーナーが声を上げた。
どうやらフツメンの下心を勘違いした様子だ。
「こちらの方にはミルクと砂糖を多めにお入れして」
「…………」
おかげでどうしたものか。
オーナーとヤクザ者の関係に思考を巡らせる。以前にはクラスメイトが拉致被害にあっている。それは彼にとって看過できない事実だ。既に決着した問題とはいえ、その主犯が身の回りをうろついているというのは面白くない。
そもそもどうしてこの男たちが、こちらのメイドカフェを訪れているのかと疑問も一入だ。もしも良からぬことを企んでいるのであれば、改めて処理する必要があるだろうと、西野の脳裏では今後の対応が巡り始める。
そうこうしている間にも親分に変化があった。
椅子から腰を上げると共に、大きく頭を下げてお辞儀だ。
「お、お世話になっておりますっ!」
ピンと指先の伸ばされた腕は身体の横へ。腰は頭頂部を相手に晒すよう九十度に折られており、つま先まで綺麗に揃えられている。大股開きで椅子に腰掛けていたそれまでの姿とは、酷く対象的な振る舞いであった。
おかげで居合わせた子鉄とオーナーは唖然である。
何がどうしたと言わんばかり。
黒いシャツに真っ白なスーツ姿という、典型的なヤクザ然とした恰好をしている親分だ。顔も当然のように厳つい。そのようなおっかない人物が、飲食店の制服に身を包んだ冴えない顔の少年に頭を下げる姿は違和感も甚だしい。
「兄貴、な、なんで頭を下げてっ……」
「馬鹿野郎っ! テメェも頭を下げろっ!」
「いっ……」
親分の拳骨が子鉄の頭を殴打した。
ガツンといい音が響く。
子分に語って聞かせる声色には、多分に怯えが感じられた。その原因は件の拉致騒動を解決する為に、西野が頼った相手にある。親分の親分のそのまた親分に当たる人間に声を掛けて、トップダウン的に解決した経緯があった。
こちらの親分の立場からすれば、雲の上の人物となる。
それを思い起こしての反応であるとは、何となく西野も察しがついた。
おかげで焦り始めた彼である。
その脳裏に浮かんだのは、以前目の前のヤクザたちと絡んだ際に、松浦さんや竹内君から告げられた文句。曰く、俺たちヤクザとか怖いから、云々。一方的に告げられて、距離を置かれてしまった出来事は、フツメンも記憶に新しい。
それをまさか、バイト先で再現する訳にはいかなかった。
クリスマスを来月に控えて、何が何でも恋人をゲットしたいフツメンだ。せっかく手に入れたバイト先という絶好のロケーション、邪魔されては堪らないとばかり、その意識は目の前の相手を排除するように動く。
慌てて休憩スペースを見渡した西野は、他にスタッフの姿がないことを確認する。そして、オーナー以外には誰の姿もないと判断して、親分に声を掛けた。その口調は本人が意識するところ、いわゆる余所行きのもの。
「……ちょっと来い」
「へ、へいっ!」
親分は素直に応じて頷いた。
出会った当初の威勢はまるで感じられない。
「おい、子鉄っ! 行くぞっ!」
彼は頭を抱えて悶絶する子鉄の首根っこを掴むと、盆を手にしたまま踵を返した西野を追い掛けて、その背に粛々と続いた。部屋を出た面々はそのまま店の勝手口に向かい、足音は段々と遠退いていく。
「…………」
後に残されたオーナーは、その様子を呆然と眺めるばかりだった。
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