話し合い

「…………」


 『魔法機構日本支部』に戻り、女子更衣室に入ったミチルは、長椅子に腰掛けた。その表情は、固かった。


「嗚呼……」


 ミチルは嘆き、頭を抱えた。


「……どしたの、ミッちゃん?」


 瓶入りのコーヒー牛乳片手に女子更衣室に入ってきた翔子が、不思議そうにミチルを見て言った。


「…………親に、スローレイダー隊に入ってるのがバレたんです」


 頭を抱えたまま、ミチルが答えた。


「えっ」

「……スローレイダー隊っていうか、『魔法機構』って入隊出来るの二十歳はたちからって、ニュースで大々的に報道しちゃったじゃないですか。だから……」

「あー……まさか、魔法少女ってことも……」

「バレました……」

「あちゃー……」


 翔子は空いている片手で顔を覆った。


「これから私とミリヤさんと両親とで話し合いするんですよ。もう最悪……」


 ミチルは泣きそうになって言った。


「あ、うん……。ど、ドンマイ?」


 翔子は努めて平静な調子で言った。


「あーあ……着替えよ」


 ミチルはそう言って、自分のロッカーの前に立った。

 翔子はそれを見て、自分のロッカーの前に立った。


「うーん……私からは言える事少ないけどさ、とりあえず、しっかり話し合って、ミッちゃんが置かれてる状況を理解してもらえばいいと思うよ、うん」


 翔子がロッカーの扉を開けながら言った。


「理解してもらえればいいんですけどね……」


 ミチルが溜め息混じりに言った。



 着替えを終えたミチルが話し合いのために使われる事になった応接室に向かうと、その前にミリヤがいた。


「あ、ミリヤさん」


 ミチルはミリヤに駆け寄った。


「お待たせしました」

「いいえ、私も待ち始めたばかりよ」


 そう言って、ミリヤは真剣な表情になった。


「ミチル隊員、これから話すのは、貴女のこれからを決める大事な内容です。貴女の両親と、しっかり折り合いをつけましょう」

「……はい!」


 ミリヤの言葉に、ミチルは首肯と返事で答えた。



 ミチルとミリヤが応接室に入ると、光夫みつお真来まきがソファーに並んで座っていた。光夫の表情は険しく、真来は無表情だった。

 光夫と真来は立ち上がり、ミリヤに会釈した。ミリヤは会釈を返し、ミチルもそれに釣られて会釈した。


「初めまして、ミチルの父の三橋みつはし光夫と言います」


 光夫はそう言いながら、スーツの内ポケットから名刺入れを取り出し、そこから名刺を取り出してミリヤに差し出した。


「あ、ありがとうございます。……初めまして、『魔法機構日本支部』Aチーム『スローレイダー隊』司令、ミリヤ・シャフトです」


 ミリヤは光夫の名刺を受け取り、制服から名刺入れを取り出して自分の名刺を光夫に差し出した。


「初めまして、ミチルの母の真来です」


 ミリヤと光夫の名刺交換が終わったのを見計らって、真来が言った。


「初めまして。……では早速、あなた方の娘さんが現在どのような立ち位置にいるのかをお話しします。どうぞお座りください」

「ああ、はい」「はい……」


 ミリヤに促されて光夫と真来がソファーに座った後に、ミチルとミリヤが座った。

 ソファーに座ってすぐに、ミリヤは、ミチルがスローレイダー隊に入った経緯、これまでの戦いを簡潔かつ正確に話した。


「……それじゃあ、今の今まで、子どもに化け物と戦わせていたのですか?」


 眉間に深い皺を刻んだ光夫が言った。


「はい」

「危険な目に遭わせた事も数回ではないと?」

「…………はい」


 ミリヤが短く答えるのを聞き届けて、光夫はミチルを見た。


「ミチル」

「……はい」

「何故何も言わなかった?」

「……守秘義務があったのもあるけど……、お父さんとお母さんを心配させたくなかったか――」

「ふざけるな!」


 光夫が突然声を荒らげて、ミチルがびくりと体を震わせた。


「守秘義務? 心配させたくなかったから? ……ふざけるなよ、こんな事、親に秘密にするなよ!」


 光夫が立ち上がり、ミチルに怒鳴り散らした。


「何なのそれ、今まで嘘ついてたんだ。何もないって」


 真来は冷たい表情のまま、機械的に言い放った。


「で、でも、私が戦わないと――」

「じゃあ聞くけど、あなたが戦う理由は何?」


 ミチルの言葉に覆い被さるように真来が言った。


「っ……、まだ、ないけど……」


 ミチルはそう言って言葉を濁した。


「……理由ないんだ? 特に理由ないのにやったんだ? 勉強とかやってた方がいいんじゃ――」


 真来が厳しい口調で言おうとして、


「違う!」


 ミチルが大声を上げて勢い良く立ち上がった。


「人の命がかかってる事なのに、勉強のが大切な訳ない!」

「何だその口の聞き方は!」


 ミチルに光夫が胸ぐらを掴んで怒鳴った。


「ま、まあまあまあ、落ち着いてください。ミチル隊員も落ち着いて、ね?」


 ミリヤがミチルと光夫の間に割って入った。


「……わかりました」「……すいません」


 ミチルと光夫が渋々といった様子でソファーに座り直した。


「……真来さんの言い分だと、ミチル隊員が理由を持てれば戦ってもいいとも聞こえますけど、それでいいのですか?」

「まさか」


 真来が冷たい表情のまま首を横に振った。


「じゃあミリヤさん、あなたに息子や娘がいたとして、子どもを戦場に送りますか?」

「…………」


 ミリヤは少し考えてから、


「どうしても必要な事なら、今回のようなビースト事件の解決を早めるためなら、頼むだけ頼んでみます。そこから先は、その子ども達の決断によります」


 真来の目を見据えて言った。


「……そんなの……」

「私には子どもがいませんから、この答えが正しいのかはわからないです。でも、たとえ戦う理由がないからといって、戦う事が出来る、戦おうとしている人間を、無理矢理抑え込むのは、間違ってると思います」


 ミリヤはそう言うと、横に座るミチルを見た。ミリヤを見たミチルは、驚いているようだった。


「ミチル隊員」

「……はい」

「今一度聞きます。貴女は何のために戦うのですか?」

「…………私は――」


 ミチルが答えようとしたその時、突如警報が鳴り響いた。


『緊急通報! 緊急通報! ビーストが出現しました! スローレイダー隊は、直ちに出動してください! 繰り返します! ビーストが出現しました! スローレイダー隊は、直ちに出動してください!』


 放送を聞いて、ミチルは即座に立ち上がり、応接室から出ようとして、立ち止まって両親を見た。


「……ごめん、話し合いはまた後で!」


 ミチルは一言謝ってから、応接室から出て、走り出した。

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