第十五話 強化

隠密獣

 舞と心咲みさきは、駅構内の女物の服を取り扱っている服屋で服を物色していた。


「あ、これ! これ、舞ちゃんに似合うよ!」


 心咲がそう言って手に取ったのは、フリルがたっぷり付けられた水色のシャツだった。


「あー、ごめん、フリルは趣味じゃないんだ」


 舞は苦笑しながら言った。


「うーん……。あ! じゃあこれは? これカワイイと思うんだけどなあ!」


 心咲はそう言って、淡い桃色のチュニックを手に取った。


「いや……、ピンクは好みじゃないんだ」


 舞は難色を示した。


「もー、じゃあ何がいいわけ?」


 心咲は軽く頬を膨らませて言った。


「んー……」


 舞は少し考えて、


「これかな?」


 白いTシャツを手に取った。Tシャツの前側には、独特な書体で『東京氷河期』と書かれていた。


「えー!? 何でそんな変なの選ぶの!?」


 今度は心咲が難色を示した。


「え? 変?」


 舞はTシャツの背中側から前側の文字を覗き込んで言った。


「うん、すっごく変」


 心咲が嫌そうな顔のまま頷いた。


「というか、昨日の埋め合わせでショッピングに来てるんだから、舞ちゃんに拒否権はないんだよ!?」


 心咲は、昨日、という部分を協調して言った。


「うっ……」


 舞はそっと目を逸らした。


「ご飯の後に一緒にお風呂入るはずだったのに、家を飛び出してから四時間も帰ってこないし」


 心咲はじっとりとした視線を舞に送った。


「し、仕方ないでしょ? だって、出たの郊外の山の中だったし……」


 舞は小声で答えた。


「だからって許せませんー! 今日はある程度私の言う事聞いてもらうからね!」


 心咲は舞に人指し指を突きつけて言った。


「はーい……」


 舞は、がっくりと肩を落とした。



 駅前の広場は、老若男女、沢山の人間でごった返していた。

 木の周りを囲むように設置されたベンチに座り、木陰で休む老人や老婆、スケートボードで遊ぶ青年、子ども連れの女性、全員が、猛暑の中にいた。


あぢー……」


 その一人である十台後半の少年は、猛暑に喘ぎながら歩いていた。


「何でこんな暑いんだよ畜生……」


 誰にでもなく文句を言いながら歩いていた、その時だった。


 ドッ。


 少年のすぐ近くで、聞きなれない音が聞こえた。

 直後、すぐ近くを歩いていた女性が、少年を見て悲鳴を上げた。


「?」


 少年は首を傾げ、ふと左胸に違和感を感じた。

 少年が自分の左胸を見ると、


「…………は?」


 左胸に、指二本分程の穴が開いていた。

 ずるり、と何かが抜けるような感触が、少年の全身を駆け巡った。


「え……?」


 何も理解出来ないまま、全身の力が抜けていく感覚と共に、少年の視界は、暗くなっていった。



「――!」


 ビーストの感応波を感じ取って、舞は、目を見開いた。


「……勘弁してよ……」


 そう言った舞の顔は青ざめていた。


「舞ちゃん? どうしたの? お腹痛いの?」


 心咲が心配そうに言った。


「いや、もっと悪い知らせ……」

「何?」

「ビーストが出た」

「えっ!?」

「しかも外の広場に」

「ええっ!?」


 驚く心咲を見て、舞は心咲に向き直った。


「いい? 絶対に駅構内から出たら駄目だよ。……そうだな、すぐ終わらせるから、終わったらスマホで連絡入れるから、どっかトイレにでも隠れてて。絶対に、外に出ないでね」


 舞は、真剣な表情で言った。


「う、うん……」


 心咲は、不安そうに頷いた。


「お願いね」


 舞は心咲の頭を優しく撫でると、振り返って、駅の外に出るべく歩き始めた。少し歩いてから、走り出した。



 舞が到着した時には、駅の入り口周辺は、パニックに陥っていた。

 四方八方に逃げ惑う人々を、駅員が避難誘導しようと試みていたが、状況は芳しくなかった。

 舞は器用に人混みをすり抜けるように走り、駅員の制止を振り切り、駅の外に飛び出した。


「変身!」


 駅の外に飛び出し、舞は『エボルペンダント』を人差し指と親指で挟んではっきりと言った。同時に走り出す。

 『エボルペンダント』から紅い光が溢れ、舞の全身を桃色と白のオーラが包み込み、同時に衝撃波が発生した。衝撃波は、駅のガラスに細かい罅割れを刻んだ。


――Intellect and Wild!――


 奇妙な低い音声が流れ、舞を包んでいたオーラが消滅した。

 オーラの中から現れた舞は、紅い髪に真っ赤に光輝く瞳を持ち、やや丈の短い長袖のワンピースを着て、剃刀を彷彿とさせる刃が付いた装甲のような黒い長手袋を身に付け、黒い長ズボンを履き、剃刀を彷彿とさせる刃が付いた黒いブーツを履いていた。

 変身した舞は広場の中央まで走ると、立ち止まって周囲を見渡した。

 見えるのは、数体の死体と、そこから流れた鮮血で彩られた広場。

 聞こえるのは、駅構内からの悲鳴や怒号、車が走る音、それから自分の呼吸音。感応波こそ感じられるが、ビーストの気配そのものは感じられなかった。


「どこに……?」


 舞がそう言いかけた時だった。


「っ!!」


 舞は慌てて振り返り、斜め上の空間に向けて左腕を振った。

 舞の左腕が何もなかったはずの空間を通り過ぎようとして、突然火花が散った。


 舞が振り返った先にあったのは、時計台だった。

 舞が時計台を睨むと、その上に、滲み出すように何かが現れた。

 現れたのは、全身パステルカラーの緑色の、カメレオンのような異形の怪人だった。


「あー……。納得。カメレオンビーストか。厄介な……」 


 舞がそう言った直後、怪人――カメレオンビーストは周囲に溶け込むようにして消えた。


「まずい……」


 舞はそう言って、周囲を何度も見渡した。カメレオンビーストは影も形もなく、気配は全く感じ取れなかった。


「っ!」


 唐突に小さな風切り音を聞き取り、舞は右にステップを踏んだ。続けて左に転がる。


「これ、まずいな……。っと!」


 舞はそう言って、慌ててしゃがんだ。しゃがんだ姿勢のまま、指を揃えた右手を左手首に付け、素早く前方に突きつけた。


――Particle feather!――


 同時に奇妙な低い音声が流れ、舞の手先から黄金色の光刃が放たれる。

 光刃が飛翔し、広場のステージに切り裂いたような痕を作った。


「やっぱ駄目か……! どうする……!?」


 舞は思案しながら、右斜め前に転がった。

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