異変

大阪スラッガーズとの初戦の日。試合前の練習で、相沢は一人、グラウンドを黙々とランニングしながら、ここまでの戦いぶりを分析していた。


打線は元々、長距離砲がフランケルしか居ないのが弱みだった。真木も打率は3割台と好調を維持していたが、他のメンバーは、小技が得意な選手が多いものの、パワーでは他のチームにどうしても見劣りする。栃谷もここまで体重をハードトレーニングによって絞って来たがまだ太いという感覚は拭い去れず、どうしても得点力に乏しくなってしまった。

そして、チームにとって大きな見当違いだったのは、坂之上が九州ホークス戦で打たれたことだ。その試合は、昨年までの坂之上と比べれば明らかにボールのキレがなくなっていた。変化球も思うように決まらず、カウントを悪くして打たれる、その悪循環。依然として、チームは坂之上に頼っている部分は必然的に多かったため、負けた時の悲壮感も一層に大きくなってしまう。



目の前の芝を見つめながら走っていた相沢に、走る歩調を合わせて声をかけて来たのはその坂之上だった。


「何か、考え事か?」


相沢は慌てて「ちょっとチームの事を…」とだけ答える。

「そうか、本当ならホークス戦で俺が勝てていれば、もう少し楽になったかもしれないんだが…何せ思うように腕が振れなくてな」

坂之上の表情は優れない。


「これまでにもこんな事ってあったんですか?」


相沢の疑問に坂之上は淡々と答える。

「ちょくちょくはあったが、ここまで思うように投げられなかったのは正直初めてだ。多分、歳のせいだろう」

ここで一緒にランニングしていた坂之上が不意にバランスを崩した。


相沢が慌てて坂之上の体を支える。


「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか?」


「あ、ああ、すまない、ちょっと足がもつれてな」


この時、相沢はただならぬ不安を抱いた。



「坂之上さん」


相沢は坂之上の身体を引き上げながら呼びかける。


「坂之上さん、今すぐに病院に行ってください」


突然の言葉に驚いた坂之上は「何故?」と首をひねる。


それにも構わず、相沢は「お願いします」とだけ言って、坂之上に対し、頭を下げた。周囲のチームメートたちは何が起こったのかと、二人の方に注目している。


坂之上もその状況に慌てたのか「分かった、分かったよ」と言って、そのままベンチの方へと向かっていった。


相沢は「何もなければ良いけど」と坂之上の背中を最後まで見つめていた。

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