要所

時は再び現代へと戻る。



ある日の夜、グラウンドで真木に雨あられのノックを浴びせる隅田の姿があった。


隅田はまだ若い真木に、あの頃の自分を重ね合わせていた。我武者羅に、無鉄砲に、出口の見えないトンネルを無我夢中で駆け抜けてきた。


「俺は加奈子に胸を張れるほどの選手になれただろうか」


その答えは未だに出ていない。


だが、これまで守備練習を怠らず、レギュラーを守り続けてこられた事は、少なくとも自分にできる事をやった結果だ。



その事だけは隅田の中で小さな自信になっていた。




真木にとっても、あの隅田の一軍デビューが五連続エラーである事など信じられなかったが、それは事実だった。


と、同時に隅田が恋人の死を乗り越え、これまで一人で、一軍でプレーし続けてきたことも森国から教わった。


人は背負うものがあれば強くなれる。


妻、子供、両親。


きっと隅田にとってその恋人は、存在こそこの世になくとも、永遠に支え合う運命だったのだろう。



真木は隅田から言われた通り、試合後の守備練習を始めた。どんなに試合がハードだった日でも、休まずに続けていく。


今の真木には、背負うものはない。両親も故郷で自営業を営みながら、のんびりと商売をしている。だが、いずれ背負うものが出来た時、その人たちに胸を張れるようにしておきたい。


真木も自然とそう考えるようになっていた。



ーーーーー




開幕がとうとう近づき、森国の構想の中でもようやくスタメンが固まった。


だが、どうしても不安はつきまとう。



一時的にはこれで形になるかもしれない。



ただ長いシーズンを戦っていく中で、チーム内の変化がまだ読みきれない。



プルルルル。



シンプルな着信音が鳴る。


ディスプレイを見た瞬間に、森国の思考回路の一部がフラッシュし、ある考えを思いつかせた。



「…!」



森国はその時の閃きに対する驚きから息が詰まった。


まだ、開幕に向けて準備するべき部分があったのだ。



「よう、久しぶりだな」


森国は懐かしそうな声で電話の向こう側に呼びかけた。



「ご無沙汰しています。お元気そうで」



「ああ、ぼちぼちやってるよ。それにしてもどうしたんだ?田中から電話が来るなんて珍しいな」



「そうですか?いや、今年から監督されるって聞いたんで、ちょっとエールでも送ろうかと電話しただけですよ。今でも大切な先輩ですし」



田中と呼ばれた人物は笑い声を混ぜながらそう告げた。



「そうだったか。わざわざすまんな。ありがとう。そして、田中のおかげで大切なことに気づけた。うっかり見逃すところだったんだが、助かったよ」



田中は「大切なこと?」と質問する。



「ああ、肝心要の部分がすっぽり抜け落ちていた。そこで田中、お前に頼みたいことが一つあるんだが…」



そこから森国は田中に向けてある提案をしたのだった。

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