4. 女神になった日

「はぁーっ!? なんだこれぇーっ!?」


 甲高い悲鳴が辺りに響いたが、今はそんなの気にしてる場合じゃねぇ。

 なんでっ? なんで、こんなところにサクヤ姫がっ?


 サクヤ姫――木村サクヤは、人気絶頂のグラビアアイドルだ。

 年は確か18歳。

 幼さの残る清楚な顔と、肉感的な身体ボディとのアンバランスさが実にけしからんと、世の野郎どもから女神のように崇拝されるのみならず、女性からも、私服のセンスやこびのない明け透けな物言いが支持されている。


 ちなみにオレは、単に顔が好みってだけであって、断じて巨乳好きなわけでは――。


「オマエの嗜好シュミなぞどーでもいいが、初めてにしちゃあ、中々上手く化けられたじゃねーか。耳も尻尾も出てないぞ」


 男の声で、オレは我に返った。


「だが、TPOくらい考えろ。ここは、プールでもビーチでもない。神聖なにわだ」


 男がパチンと指を鳴らすと、オレを取り巻く空気が変わる。


「うん、それでいい。中二というには、さすがにとうが立ってる気もするが、まあなんとかなるだろ」

「は?」


 何いってんだ、コイツ。

 疑問の眼差しを向けると、男はまた指を鳴らす。

 すると、持っていた鏡が、いきなり小刻みに震え始めた。


「うわぁっ!」


 思わず手を離すと、丸い鏡は見る間に大きく形を変え、立派な姿見となる。


「なんだよ、これっ? 魔法?」

「そんなんいいから、鏡を見てみろ」


 いわれるまま鏡を覗くと、白いブラウスにグレンチェックのベストとプリーツスカートという、見慣れた中学の制服を着たサクヤ姫がいた。

 ネクタイもリボンもなく、事務員みたいでダサいとか思ってたけど、可愛い子が着れば、それなりによく見えるもんだな。

 って、あれっ?

 オレが鏡にかじりつくと、サクヤ姫との距離も縮まる。

 口を開けば口を開け、舌を出せば舌を出す。

 にわかには信じ難いが、もしかしなくても、これ、オレなのかっ!?


「そう。それが、変化の術だ。とりあえずオマエはその姿で――」


 おおっ。

 鏡ではなく、自分の身体をよく見れば、ちゃんと同じ制服を着ている。

 スカートって、なんかスゲー、スースーすんな。


「……って、話を聞けーっ!」


 怒声と同時に鏡が消え失せ、オレは慌てて彼を見た。

 立ち上がった彼を、人の目で見直せば、驚くような巨漢ではなく、せいぜい180くらいだろう。

 やはりキレイな顔立ちだが、今は少し不機嫌そうだ。


「いいか。オマエはその姿で、中学に通え。はずは俺が整えておく。今日はこのやしろで休み、明日から登校するんだ」


 社という言葉で、初めて、ここが神社の境内だと気付く。

 目の前には小さなせき石灯籠いしどうろうがあり、その後ろにひょろっとした背の高い木が二本植えられている。

 右手には、それより太い木が一本、反対には、鳥居と社殿、石灯籠があるが、全体的にこぢんまりとしていて、建物自体はキレイなのにどこか寂れた印象だ。

 だが、清らかな空気が流れていて、雰囲気は悪くない。


「ここは、稲荷いなりしゃだ。中学からも程近く丁度いいから、当分はここを仮の住まいとするといい」


 男は社殿の前に移動し、懐から取り出した鍵で格子戸を開けた。

 横から覗くと、手前に賽銭箱、奥に小さな社があり、また別の扉も見える。

 外から見たより、意外と広そうだ。


「ああ、そうそう。いい忘れていたが、桜田頼正が死んでからすでに五年ほど経っている。中学も世の中も、大分変わってると思うぞ」

「はっ、五年? じゃあ、オレの同級生は――」

「大半は、大学生か専門学生か、社会人だろうな」

「それ、オレが中学へ通う意味あんのか?」

「ある。あそこは、すべての因果の始まりだ。それと、これを」


 また懐から、何か小さな紺色のものを取り出すと、こちらへポイと投げ付けてきた。

 あそこは、某ポケットのように、四次元空間ワームホールとでも繋がってんのか、とか思いつつ受け取ると、それは見覚えのあるモノだった。


「生徒手帳?」


 中を開けば真っ先に、妙にかしこまった顔した男子中学生の写真が目に付く。

 お世辞にもイケメンとはいえねぇ、どこにでもいそうな平凡な顔立ち。

 だがオレは、これが誰だか知っている。

 桜田頼正。

 かつてのオレだ。


「桜田頼正の意識を呼び戻す際に使った。これは、頼正の形見であり、オマエが頼正であるという証にもなる。これからは、オマエが持ってろ。それと狐は夜行性だから、昼間は少し眠いかもしれん。慣れるまで無理しないように。間違っても、尻尾を出すような真似すんなよ。やばいと思ったら、俺を呼べ」

「そういや、あんたのこと、なんて呼べばいいんだ?」


 名前は、まだ聞いてなかった。


「名か? そうだなぁ」


 ただ自分の名をいうだけなのに、男はなぜか考え込むような素振りをみせる。


「キク……白菊しらぎく。この狩衣かりぎぬかさねの色目だ。これからの季節に、ぴったりだろう」


 そして、古風な着物の胸元に手を当て、得意げに笑う。


「だから、俺のことも、白菊のきみとでも呼んでくれたまえ」


 どこか取って付けたような物言いに、本当にコイツを信じていいのか、オレはちょっぴり不安になった。

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