30話「自分が出来る事」

「これで!」


 ネクロマンサーらしき人物を射程に捉えたセフィアさんがクロスボウで狙撃、放たれた矢がネクロマンサーの肩部に直撃をした。

 突然の奇襲を受けたネクロマンサーは、傷口を抑えながら矢が飛んで来た方向を確認した所で膝から崩れ落ちる。


「それじゃ、僕は!」


 続いてエリクさんが『ファイア・ボルト』を、異変を探知し振り向いたジャイアント・ゾンビの腕部目掛けて唱えた。

 魔法を受けたジャイアント・ゾンビは一瞬仰け反ると虚ろな視線を向けながら術者を探し出した。


「プロテクションは掛けてたみたいだけど、毒までは防げてなさそうね」


 セフィアさんが、崩れ落ちたネクロマンサーに向かってそう呟いた。

 毒がどれ位の強さなのか分からないが解毒魔法である『アンチ・ドーテ』を使えなさそうなネクロマンサーにとっては致命傷になると思う。

 ネクロマンサーが持つ毒耐性が高ければ話は変わるが、顔をゆがめ苦しそうな様子を見る限りセフィアさんが使用した毒の方が上回っていると思う。

 

「その様ですね……えっ?」


 再度走りながら詠唱をし、対象との距離を詰めた所でエリクさんが急にその詠唱を解いてしまった。


「エリク君?」


 ジャイアント・ゾンビの腕を目掛け矢を放ったセフィアさんが驚きながら尋ねた。


「いや、その……」


 セフィアさんの問い掛けに対してエリクさんが視線を大きく外した。

 その様子が気になった俺はネクロマンサーに視線を送った。

 ……黒い衣装に黒い帽子に黒い額縁眼鏡を掛けている。

 確かこの女性は……。

 俺が記憶を辿っていると、主の身を案じる為黒い猫が飛び出して来た。

 シュバルツ・サーヴァラーで見かけたウィザードだ。

 しかし邪教徒集団なら兎も角、普通のウィザードが集まるパーティギルドにネクロマンス法を使える人間が居るんだ?

 こうなってしまうと、さっき俺が考えた様に明確な人類の敵と言う訳には行かなくなってしまう。

 つまり、目の前で命を落とす事があるとすれば、それで助ける事が出来る事を放棄してしまえばある意味自分がその人の命を奪った事と同義になってしまう。

 それに、エリクさんはあの魔術師に興味を示したっけ、だから戦闘中にも関わらず集中を乱してしまったんだ。

 どうする?『アンチ・ドーテ』は俺も使う事が出来るけど、プリーストが使う訳じゃないから強力な毒に対しては間違いなく無力だ。

 いや、それ以前にこの場に限っては敵なんだからそんな発想自体良く無いのかもしれない。

 こういう時、俺は何をするのが正しいんだろうか?

 俺は隣で『ファイア・ボール』をジャイアント・ゾンビ目掛けて放つルッカさんをチラっと見た。

 

「分かったわ、エリク君、けど今はあのデカブツを何とかする事を考えなさい!」

「え……あ、は、はい」

「今回の依頼はあのデカブツをどうにかする事でネクロマンサーについて触れらていないわ」

「そ、その、すみません」


 セフィアさんの表情が少しだけ崩れていた。

 やっぱり、明確な敵で無い人間を狙撃した事を気にしているのかもしれない。

 でも、アンデッドモンスターが出現した際、その根っこになるネクロマンサーを倒す事は定石中の定石だから仕方無い。

 でなければまた後日、彼等の魔法力が回復してしまえば同じ様にアンデッドモンスターが発生してしまうから。

 

「さっ、行くよ!」


 セフィアさんの声が少しだけ曇っている。

 何となく、あのネクロマンサーが助からないと言う事を探知出来るし、きっとエリクさんも同じく探知していると思う。

 

「……はい」

 

 エリクさんの声が少しばかり涙で濁っている様に聞こえた。

 こういう時、俺はどうするべきなんだろう?

 多分助からない人間に対して治療を施すのか……大した事の無い攻撃力で敵を攻撃するのか。

 いや、今の俺にそれを決める権限は無いのだけども。

 

「……ボウヤはネクロマンサーの救護して! これが解毒剤よ!」

 

 そう言うとセフィアさんは緑色の薬が入った小瓶を俺に手渡した。

 ダメかもしれないけどやるしかない、そんな言葉も乗せられている気がした。

 セフィアさんが道を示してくれたのだから俺はそれに従うしかないだろう。

 いや、それがどれだけ有難い事なのか分かっているつもりだ。

 俺は地面に崩れ様としているウィザードに向かって走った。

 自分の肉体に毒が回りつつも俺に対する睨みつけ、自分の身を守ろうとジャイアント・ゾンビに呼吸を乱しながらも命令を下した。

 ゆっくりと反転をするジャイアント・ゾンビに対し、セフィアさん、エリクさん、ルッカさんの遠距離攻撃が容赦無く刺さりそれを阻止。

 

「こ、これを……」


 俺は解毒剤の入った小瓶を彼女に差し出す。

 

「みゃーーーーーお!」


 その直後、彼女を守っているみー太君が物凄い声を上げて俺に襲い掛かって来た。

 俺はその襲撃を間一髪交わしながら、解毒剤を落とす事だけは阻止した。

 どうして受け取ろうとしない!

 いや、待て、冷静に考えれば自分に毒を与えた人間の仲間が持って来た薬なんてトドメを刺す為の毒薬と考えるのが普通じゃないか!

 ご主人様を守ろうと、みー太君が必死に俺を威嚇している。

 彼に何度襲撃されても問題は無い、いやそれはどうでも良い。

 どうしたらこの薬を彼女が飲んでくれるか?


「くっ、ごめん!」


 いや、何を謝ってるんだ!

 じゃない、間違いなく効果は無いけどこうするしか無いんだ!

 俺は効果が表れないと予想しつつも『アンチ・ドーテ』の詠唱を始めた。

 彼女もウィザードである以上、詠唱を始めればその魔法の属性、効果が何となく分かるかもしれない!

 俺の詠唱を見た、みー太君が威嚇の姿勢を少しだけ崩した。

 そのタイミングで『アンチ・ドーテ』が発動した。

 彼女が負った傷口付近に緑色の淡く優しい光が包み込む。

 ほんの少しだけ彼女の苦痛に満ちた顔が緩むも、すぐ元に戻ってしまう!

 こんな時本業のプリーストが居れば! アリアさんならどうにか出来るんじゃないか?

 自分の治療魔法技術が低過ぎる事が悔しくて仕方が無い。

 ベテラン冒険者のセフィアさんが作成する毒を解毒する事なんて新人が出来なくても当たり前かもしれないけど!


「おま……」


 セリカさんがが必死に声を振り絞った。

 

「こ、これなら!」

 

 俺は『ヒーリング』を彼女に施した。

 体内を巡っている毒を中和出来なくても、失った体力を回復すればどうにかなるかもしれない!

 いや、違う! この解毒剤をどうやったら飲んでもらえるかだよ!

 ああ、もう、訳が分からなくなって来たけど、兎に角彼女にヒーリングを唱える事しか浮かばなかったんだ!


「ハァ……ハァ……お前は、一体……私に何がしたい……」


 良かった! ヒーリングの効果があったみたいだ!


「た、助けたいんです!」


 俺は、もう一度ヒーリングを唱えながら答えた。

 

「人を……殺そうとして……グッ」

「えっと、その! これは解毒剤ですから!」

「ふざけんな……」


 セリカさんが力無く呟くと俺が手にしている小瓶を掠め取るとそれを口にした。

 その間も俺は彼女が失った体力を取り戻そうとヒーリングを掛け続けた。


「みゃーお?」


 みー太君が心配そうにご主人様に擦り寄った。

 

「こんちくしょーがーーー!」


 解毒剤の効果があらわれたのだろうか、突然セリカさんが立ち上がると俺に対して痛烈な平手打ちを放った。


「うっ……」


 突然の出来事に対し、俺は体勢を維持する事に失敗し軽く飛ばされてしまった。

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