手紙モチーフの短編

拝啓。ライトな君へ

拝啓

 春の風に桜舞う季節、いかがお過ごしでしょうか。

(笑)などと近況の挨拶など不要ですね。私たちは目と鼻の距離にいるのだから。


 何度かご一緒しましたよね。試合前にも軽く目で合図を送り合いました。

 同年代だとお見受けします。失礼ですが、社会的立場も同じようなものかと推察します。結婚20年目くらいかな? あはは。わかりますよ。当たらずとも遠からず。

 いいわけの理由を考えたりするの疲れますよね。子供が小さいときならそれなりに頑張って家族サービスも必要だけど、子供も成人して、ゴルフみたいな金のかかる趣味でもないのですから、好きにさせてもらいたいものです。あは。

 そもそも奥さんの方が、趣味が沢山あって、交友関係が広いのは御同様。なのに出がけに『どこに行くの?』はないですよね。自分はスケジュールいっぱいのくせに。


 おかげさまで娘には嫌われていません。ですが、やっぱり息子がいればなぁなんて時々思うときがあります。もし一緒にやれたならって。


 部活……苦しかったですよね。あの頃は本当にプロになってやるって思ってました(笑)あの事件覚えてます? あれ。私、リアルタイムで見たんですよ。球場で(笑)なんで同じ高校生なのにあんなに次元が違うんだって不思議な気持ちになりました。

 プロの球より速く感じました。正直、絶望でした。同じ年齢で、身長も変わらなくて、なんであんな速球が投げられるのか、不思議でしかたありませんでした。

 あぁ、こんな人がプロになるんだなぁと、逆に悲しくはありませんでした。

 だけど……やめましょうか(笑)私たちの年代では悲しい話ですもんね。



 さて……本題と言おうか、あなたがさきほどから強いアイコンタクトを送っていた問題に関しては、”同意” しかありません。

 どう考えても、どのように忖度しても、守備範囲広すぎですよね……センター。


 彼、25歳らしいですよ? フリーターだそうです。池上商店街の会長さんが声かけて、今回、チームに参加したそうです。日当、八千円らしいです。

 25歳なら動けますよね(笑)

 だけど右打者の時には私の5メートル以内。左打者の時にはあなたの5メートル以内。

 これって非常識ですよね。

 幸い今は想定確率から予想外のイレギュラーが発生して窮地には陥っていません。

 7回裏で4-2で有利です。

 ですが、ランナー2/3塁で左バッターの流し打ちで長打になって逆転なんて彼は考えもしないのでしょうか? ゆとり世代ですよね。あきらかにゆとり世代です。


 見せ場、になればいいのですが、私は四十肩でバックホームに直接投げることは出来ません。彼には思いやりとか、それこそ将来の展望はあるのでしょうか?


 確かに彼の捕球能力は高い。走力も50m6秒きるかも。さすがは池上商店街の会長さんがアルバイトに雇っただけのことはあります。


 ですが、試合後の打ち上げ参加費用を含め、今回7千円支払って参加した私たちと日給8千円をもらって参加した彼との間には大きな隔たりがあります。

 そこには、”遠慮” なる概念が存在して当然ではないでしょうか。


 また捕られました……

 あきらかにこれって、あきらかにこれって、私の守備範囲ですよね?

 あなたも苦々しい顔をしていらっしゃる。それが、心強い。


 彼が白い歯を見せて笑うのには殺意覚えます。

 なんだろう? 彼はまさかピンチを救ったとでも思っているのでしょうか?

 あなたが手を出すまでもないですよ。僕が処理しました。問題解決です(キリッ)

 とでも思っているのでしょうか? もはや良いことをしたと勘違いしてる???


 なんでしょう……人の心を汲む力は世代間を経て、失われたのでしょうか?

 同じ状況なら、私がまだ20代の若者なら、上司の目の前で転けます。

 上司の体力が落ちて届かないボールを捕球するよりも、わざと転けて ”すみません出しゃばりすぎました” っと頭をかきながら、はにかんで見せます。


 何ですか? あの白い歯!


 私なんかタバコを5年前にやめたのに黒ずみはまだ残っているのに!




 私、花粉症なんです。ついこの間まで頭がボーとして仕事でもミスを連発してなにげに落ち込んでいました。杉もそろそろ収まって、久しぶりだったんです。青い空、白い雲、白球、試合終わりの榎木屋のもつ焼きとビール楽しみだったんです。



 あはは。愚痴はやめましょう。そんなことをしてもなにも生まれませんよね。

 彼に悪気はない。フリーターで結婚もせずに20代を過ごして後で後悔するなよと、大人として余裕をもって、アドバイスするくらいでなければね(笑)

 私たちが、あきらめてあきらめてあきらめて、我慢して我慢して我慢して、やっと手に入れたこの平穏な生活の価値を、けっして嫌みではなく、自然に、彼に伝えるのが大人ってものだと私も思います。あは。


 もし彼の実家が大金持ちで、割りとフランクに人生を楽しで、30手前でモデルと結婚してなんの努力もなしに幸せな家庭を築き、娘に嫌われることもなく、嫁は旦那さまが一番で休日には会員制の寿司屋に腕を組みながらなんのこだわりもなく暖簾をくぐるなんて想像はしないでおきましょう。

 ……いえね、さっき彼の腕時計を見たんですよ。こんなの無意味ですよね。あはは。



 この手紙を伝書モグラにくくりつけ送ります。脳天気なセンターに気づかれないように。

 お返事はゆっくりで結構です。まだ、ワン アウト。しまっていきましょう!

 あなたのご意見が聞きたい。ただそれだけで、それほど面識がないにも関わらず、駄文をしたためましたことお詫び申し上げます。荒川河川敷市民球場、レフトにて。


                                   敬具











 




 

 

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