開戦
「ごー主人さまっ。今日は一緒に頑張りましょうにゃん」
肉球を顔の横でふにふにとさせるメイドからは、これから闘いに行くという緊張感は感じられない。
改めてカナの機体を間近で見上げる。
主婦の乗る軽自動車のようなクリーム色をしているが、フォルムは直線的で、鋭利な刃物を思わせる。そして周りに付いているブリット型の筒の先端は、内部に凶悪な刃物を隠しているのだ。
コクピットに登り、座席に着く。
「これは……、どうやって操作するんだ?」
今までの機体とは違う。左右に突き出た筒には手を入れられる穴があり、中にグリップが見える。足にもペダルがあるようだ。サンダルのように足をかけられるようになっている。
ウミネコのコクピットを覗いた時の事を思い出す。
「ペダルに足をかけて、手は穴の中のグリップを握ってください。グリップを握ったまま前後左右にスライド、回転ができます。その辺は普通の操縦桿と同じです。ペダルがスロットルです。前後に動かせます。でも最初は慣れないと思うのでミーが操縦しますにゃん」
カナの操縦席も似たような物なんだろうかと後ろを見る。やはり大体同じだ。ただカナは肉球手袋をしたままだが……、本当に大丈夫なんだろうか。
後部座席はやや高い位置にあり、頭を上に反らせるようにすると二つの大きな膨らみが見えた。昨日の蒸しパンの感触を思い出す。
「グリップのボタンを押すとドリルが起動します。起動すれば、両手両足でマニピュレーターのように操作できます」
「マニ?」
「マジックハンドだと思ってくださいにゃん。当然ドリル操作時は機体操作できません。攻撃と飛行を完全に分業する機体なんですにゃん」
相手の機体が見える。パイロットは正直あまり見たい顔ではない。
機体を観察する。これも今までの物と違う。戦闘機というよりは生物的な。昔の怪獣映画の首が三つある怪獣を首一つにしたようだ。金の光沢を放ち、所々コードが露出し、飛びだしたパイプから呼吸するように煙を吐き出している。重くて動きは鈍そうだ。
はっきり言ってグロい……。あのコギャルのイメージとは真逆だ。それとも深層心理を現しているんだろうか。
傘のように広がった翼の下には、大きな筒が抱え込まれるようにぶら下がっている。
ガトリング砲ではない。もっと凶悪な。あれはミサイルランチャーだ。筒に開いている穴を数えると……、全部で八つ。
「あれも熱追尾かな?」
「どうでしょうね? 対地ミサイルみたいですけど。それはないはずなので、おそらく特殊兵装にゃん。飛んできてからのお楽しみにゃん」
「いや、楽しみじゃないよ。昨日の作戦で行こう。フレアの代わりにして目くらまし、そこからドリルアタックだ」
あれはウミネコだから避けられたんだ。あの巨体で同じ事が出来るとは思えない。赤外線追尾でなかった場合、抜けてくるかもしれないが、ドリルを四つガードのように固めれば抜けるのは至難だろう。
フラッグが降りる。
機体の操作は難しそうなので、カナに全て任せる事にする。僕は攻撃のタイミングを計るだけだ。一気に決める。
軽いドッグファイトの後、カナが背後をとらせる。向こうは鈍重とはいえこちらもエンジン一つ、無理はなかったと思うが……。
僕はドリルをスタンバイ。緊張の為か少し頭が痛む。
「ごー主人さま。カメラをバックモードに切り替えますにゃん」
この機体にHUDは無く、代わりに液晶モニターがある。それが車のナビみたいに後方を映し、バックミラーのように左右が反転させてある。
「操作も反転されてます。ごー主人さまはモニターに映ってる方が前だと思って操作してくださいにゃん」
それは親切な、これなら追尾タイプでなくても防げそうだ。
しかし、さっきから頭痛がする。結構ひどいな……。ブラックアウトの軽いやつか? そんなにアクロバットしてないはずだが。
「ねえ、さっきから頭が痛いんだけど。なんか分かる?」
「にゃん? 体調不良のはずないですよ。ここは現世じゃないですから、そこは公平に出来てるにゃん」
「でも……かなり痛いよ」
「マイクロウェーブみたいな音波攻撃ですかにゃ?」
だが操作に支障があるほどではない。背後の敵に集中する。
「ミサイル! 来るにゃ!」
グリップのボタンを押す。
ガコン! という音と共にカバーが外れ、力強いモノが起き上がる。
その内の一本を、ミサイルを掴むようにイメージして動かす。思った以上に簡単だ。ミサイルはアッサリ迎撃。
「三番、射出にゃ!」
爆発に紛れてドリルが後ろを向いて飛んで行く。これは当たるだろう。
「敵機、回避! ていうか、いないにゃ」
「なに? 読まれたのか?」
「多分ヒットアンドアウェーしたんじゃないですか? あれを見切れるわけないですにゃ」
くそっ。とにかく失敗か。今ので作戦はバレたか?
「後ろに付きます。本気出せばこんなもんにゃ。後方武器に気をつけてくださいにゃ」
当然だ。自分がやった戦法でやられる間抜けはしない。
ドリルで前方を固め、ガードしながら前進するように距離を詰めていく。
「射出してくれ」
「はいにゃ」
右手に相当するドリルが噴出力を上げ、前方に突進して行く。カナが操作しているが、これは攻撃とは見なされていないのだろう。応用戦術と言った所か。
さすがにこれは当たると思ったが、敵は無駄のない動きでこれもかわす。
「マジですかにゃ!?」
カナも驚いているようだ。
「もう一発!」
「はいにゃ」
ドリルが飛ぶ。だがこれもアッサリかわされる。
「い、今のは?」
確かに見た。相手は射出前に動いた。
どんな反射神経があっても機体性能が追いつかなければ避けられない。今のは確実に当たる距離だった。それが射出前に動いて避けた。偶然か?
……頭が痛む。
悩んでいると、相手はミサイルを前方に撃つ。
「なんだ?」
と思っているとミサイルは大きく円を描いて戻って来る。
「にゃ?」
カナが機体の軌道を変え、ミサイルから逃れた。
「カメラ追尾ミサイル?」
「それにしては当たらなかったですにゃ」
後ろに通り過ぎて行ったミサイルは更に円を描いて戻って来る。
「ま、また来た!」
「あれはリモートミサイルですにゃ」
「リモート? リモコンみたいに操っているって事?」
飛んでくるミサイルを叩き落とす事二回、ドリルを二つ失った。残り二つ、これ以上失っては……。
いつぞやのブーボーのように速度は遅い。しかし今度は迎撃できる装備は?
「ドリル以外に何かついてないの?」
「ないですにゃ」
リモコンなんてどうやって避けたらいいんだ? 親指を放して操作を機体制御に戻す。
「追尾と違って軌道が読みにくいにゃ。向こうが当てにくい分、こっちも避けにくいにゃ。引き付けてから避けるのが定石にゃ」
引き付けてからか……今っ?
「?」
また動く前に軌道が変わった? しかもこっちが逃げようとした方向に?
「危なかったにゃ。手が届く距離だったにゃ」
ミサイルは噴出させる炎を途切れさせ、そのまま真っ直ぐに飛んでいく。今のがミサイルの限界時間か。
「もう次が来てますにゃ」
え? と思う間もなく背後にミサイルを確認、スロットルを入れる。
右へ左へと追尾しているのかいないのか微妙な軌道で追ってくる。しばらくの間、自機とミサイルのドッグファイトがDNA構造図ような螺旋軌道を空に残す。
「このままじゃいつか当たるよ」
ミサイルは戦闘機より速い。それを軌道をコントロールしながらピッタリついてくるなんて……、まるでこっちの考えを読んでいるような。
頭が痛む。
「まさかとは思うんだけど……、こっちの心を読んでるなんて事は?」
「ミーは聞いた事無いにゃ。ごー主人さまの世界には、そんなのがあるのかにゃ?」
「いや、聞いた事はないけど」
「次来ますにゃ」
同じように逃げる。しかし明らかに精度が上がっている。相手も初めての機体のはず、慣れてきているんだ。
「これは……、無理だと思うにゃ」
「くっ!」
ミサイルを避けようと操縦桿を上げる。しかし力んだせいでグリップのボタンを押してしまい、ドリルが展開された。
しまった! と思ったがミサイルは着弾寸前で方向転換して逸れて行く。
操作を誤っていなければ、命中していた。
もう確実だろう。相手はこちらの考えを読んでいる。この頭痛は精神波のようなものか。
「間違いないよ。これは」
まだ生きているのは相手がミサイルの操作に慣れていないだけだ。精度の上がり方から言って次は無理だろう。
「どうする? どうすればいい?」
「ミーは頭痛しないにゃ。多分読まれてるのはごー主人さまだけにゃ」
カナが何やら後ろで動いている気配がする。
「ごー主人さまっ! 上見てっ!」
「?」
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