第87話 正義君
正義君…
それは幼少時代、俺に付けられたあだ名だ。
当時の俺は、ヒーローモノの特撮などの影響から、今以上に正義の味方という存在に執着していた。
思い出すと恥ずかしい事ばかりだが、あの頃があったからこそ、今の俺が在ると言っても過言では無いだろう。
「懐かしいですね。当然、覚えていますよ。あの頃は若かった…」
「はは…、今でも十分若いじゃないか」
それもそうなのだが、中身は六十近いおっさんなのである。
実際は十年やそこらでも、あそこまで幼い時期の体験ともなると感慨深いものなのだ。
「しかし、その名前を知っているという事は、悟さんも昔の自分の事を?」
「…も、という事は、朝日から何か聞いてるのかな?」
「以前、面識があった事だけは聞いています。ただ、残念ながら自分は彼女の事を覚えていませんでしたが」
俺がそう言うと、悟さんは「そうか…」と呟いて俯いてしまう。
俺が覚えていなかった事が、そんなに残念だったのだろうか?
そのまま暫し言葉を待っていると、悟さんは沈痛な面持ちでゆっくりと語りだした。
「…君が覚えていないのも無理はないよ。その責任は、全て私にあるのだから」
◇
幼少時代の俺は、特撮やアニメに完全にハマりきっていた。
それは、言動や行動全てに影響を及ぼしていたと言っていい。
最初は単純に、『テレビ』という魔力を一切用いない映像媒体に心惹かれたに過ぎなかったのだが、俺の興味はすぐに放映されている番組へと移行した。
その仕組み云々よりも、番組の内容や多様性に興味を惹かれたからである。
当然と言えば当然の話だ。
何故ならば、あの頃の俺には言語知識も、この世界の常識も、何も無い状態だったからである。
それを吸収するには、『テレビ』は非常に優れた教材であった。
俺はアレで、如何に視覚情報が重要であるかを再認識させられた。
(…あの頃の母さんは、俺の事を凄い目で見ていたなぁ)
今以上に魔力の少なかった当時は、印象操作程度の魔術すら満足に扱えなかった。
お陰で何度か病院に連れていかれたりもしたが、アレはアレで良い経験になったと思う。
…まあ、それはともかくとして、俺は番組の中でも、所謂『子供向け番組』に執心していた。
理由は簡単だ。
『子供向け番組』というのは、子供向けというだけはあり、知識の無い俺にも比較的理解し易い内容だったからである。
特に特撮やアニメは、前世の世界観と似ている内容も多くあった為、すんなりと頭に入れる事が出来た。
結果として、俺は幼少時代をかなり電波な存在として過ごす事になったのだが…
……………………
……………
……
「ひーちゃん、何かあったら絶対僕を呼んでね。すぐ飛んでいくから」
「??? りょー君は飛べるの?」
「飛べるよ! アンパンボーイだっていつも飛んでくるでしょ!」
飛行魔術は制御が難しいが、子供の体であれば魔力自体の消費は少なくて済む。
今はまだ短距離跳躍程度しか出来ないが、それ以上
「??? りょー君はアンパンボーイなの?」
「違うよ。でも、アンパンボーイと同じ、正義の味方だよ」
「せーぎ?」
「うん、正義の味方」
「…よくわからないけど、寂しくなったらりょー君を呼ぶね?」
…そうでは無いのだが、まあ別にいいか。
もっとも、そんな思いをさせる気は微塵も無いがな。
当時の俺は、一重以外にもこの話を吹聴して回った。
一重に近付く者に対する牽制の意味合いが強かったのだが、結果的に俺には『正義君』というあだ名が付く事になった。
この時点で大人しくしていれば良いものを、当時の俺は逆に調子に乗ってしまい、度々『正義』の行動を取り始める。
具体的には、悪い事の取り締まりや喧嘩の仲裁などである。
…しかし、子供とは理屈ではなく感情で動く生物である。
そんな俺の行動に対し、反発する者も少なくはなかった。
結果として俺の事を嫌う者も増え始め、その時になってようやく俺は自重する事を覚えた。
だがしかし、それでも退けない場面というのは存在する。
それが、あの少年との出会いであった。
「正義君! 隣の組で喧嘩だって!」
「む…」
正義の活動を自重し始めた俺は、その報告に思わず顔をしかめる。
この少年は普段の俺の行動から良かれと思い報告に来てくれたのであろうが、余計な事をしてくれたと思った。
何故ならば、知らなければ行動に移す理由がないからである。
最近の俺は、努めてそういった情報を耳に入れないようにする事で行動範囲を狭めていたというのに、これでは動かざるを得ない。
「あれ? 行かないの?」
「…行くよ。俺は正義の味方だからね」
良く考えれば、正義の味方は喧嘩の仲裁などしない。
なのに、なんで俺はそんな事ばかりしていたのか…
正直、謎である。
俺は心の中でため息を吐きつつも、隣の教室に足を運ぶ。
どうせ喧嘩の内容など、本当に子供じみたものでしかないのがほとんどだ。
今回も適当に止めて終わりだろう。
…そう思っていた。
「おい! アンパンボーイの癖に弱いぞ! パンチしてみろよ!」
「うぅ、ひぐっ…」
「うわー! 泣き出した! アンパンボーイなのに泣きだしたぞ!」
アンパンボーイと呼ばれた少年は、うずくまったまま泣き続けていた。
…喧嘩と聞いていたが、これはもう完全にイジメである。
「…ねぇ、なんであの子達は喧嘩してるの?」
俺は傍観者の一人を捕まえて事情を聞く。
「えっと、よくわからないけど、あの子が何か注意したの。そしたら、注意された子が怒りだして…」
…成程。要は逆ギレである。
俺も何度も体験してきたからわかるが、子供に理屈は通じないのだ。
悪い事は駄目だと注意しても、相手が同じ子供だとほとんど言う事を聞かないのだ。
だからある意味、この状況は必然とも言えた。
「…わかった。ありがとう」
俺は礼を言い、気合を入れてから前へ踏み出す。
自重しているとはいえ、この状況は中々に不愉快だ。
また敵を作ることになるかもしれないが、あんな奴らは敵で構わない。
それに、聞き捨てならない事も言っていたしな…
「おい! いい加減にしろ!」
…結局、この件でまたしても『正義君』の呼び名が広まる事になった。
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