第61話 速水桐花との対峙



「はぁっ…、はぁっ…」



 俺は荒く息を吐きだしながら学校の門をくぐる。

 部活帰りの生徒達が横を通り過ぎて行くが、誰一人として俺の事を見ようとはしない。

 認識阻害の術が機能しているためだ。



(念のため、術をかけなおして正解だったな…)



 時間的には既に完全下校時間を回ろうとしている。

 そこまで気を使う必要も無いかとは思ったのだが、これだけ生徒が残っているのであれば念を押しておいて良かった。



(とはいえ、そのせいで俺の魔力は完全に尽きてしまったがな…)



 俺は短時間で学校に戻る為、身体強化、認識阻害といった複数の術を行使している。

 その前に人払いの術も使っている為、先ほどの認識阻害のかけ直しで丁度魔力を使いきってしまったのだ。

 全く、自分の魔力の少なさには悲しくなってくる…


 俺は部活棟から校舎へと入り込み、『正義部』の部室へと向かう。

 認識阻害は約三十分程効果が持続するため、仮に職員や用務員に見つかっても咎められることは無いだろう。

 階段を上り、部室へと近づく。



(気配が無い…。既に場所を変えたか?)



 気配を感じるという言葉は漫画などで良く使われる表現だが、あれは実際のところ第六感的なものが働いているわけでは無い。

 聴覚や嗅覚、触覚などから、総合的に存在を感知しているに過ぎないのである。

 今の俺は、身体強化の術により五感もある程度強化されている為、そういった感知能力も上がっているのだ。


 気配は無い。しかし俺は、それでも慎重に部室に近づき、ドアの脇で停止する。



(やはり、いないか…)



 ある程度は予想していたことだが、部室に静子の姿はなかった。

 速水さんに何かをされたのであれば部室内で倒れている可能性もあったのだが、流石に事を校内で起こすほど愚かではなかったらしい…


 しかし、少なくとも速水さんがここに来たのは間違いないようである。

 そうでなければ、静子がここを離れるとは思えないし、離れるとしても俺に連絡の一つくらい寄こす筈だからだ。

 一応下駄箱も確認するつもりだが、恐らくもう校舎にはいないだろう。

 そう予想しながらもここに戻ってきたのは、静子であれば何か手掛かりを残しているかもしれないと思ったからである。


 注意深く部室内を確認すると、机の上にノートPCが残されていることに気づく。

 静子は普段、ノートPCを持ち帰っている為、ここに残っていることはおかしい。

 つまり、これが静子の残した手掛かりということなのだろう。


 俺はノートPCを開き、軽く電源ボタンを押してみる。

 どうやらスリープ状態にしてあったらしく、すぐに画面が復帰した。



「…松蔭神社か」



 画面にはメモ帳が残されており、そこには神社の名前だけが書かれていた。

 この名前には聞き覚えがある。確か、変質者がでるとかお化けが出るとかで一時噂になっていた場所だ。

 正確な場所はわからないが、このまま検索をかければすぐに場所はわかる。



「松蔭神社…、駅とは逆方向なのか…、ん…?」



 ネットで検索をかけると、場所についてはすぐにわかった。全くもって便利な世の中である。

 そう思いつつ目で神社までの経路を追っていると、ホームページの隣のタブに、もう一つページが表示されている事に気づく。



(こんなもの、前は無かったはずだが…)



 気になった俺は、少し迷うもそのタブを確認することにする。そこには…



「………………これ、は」



 ざわざわとした悪寒が背に走る。

 黒を基調とした、一見するとお洒落な感じのするホームページ。

 しかし、ページをスクロールしてみるとそこには、この世界にあってはならないものが存在していた。





 ◇





「静子!!!」



 俺は静子のノートPCであれ・・を確認した直後、全速力で松蔭神社へと向かった。

 あのページが何故表示されていたか、その正確な理由は不明だが、偶々と片付けるほど俺は楽観的ではない。

 

 神社には人払いの結界が張られていた。つまり、二人は間違いなくここにいるはず。

 俺は神社に着くや否や、姿も確認せずに声を上げる。

 すると、俺の声に反応するように、薄暗い電灯に照らされた中、一人の少女がこちらに振り返った。



「速水、さん…」



「こんばんわ、神山君…。良く、ここがわかったね?」



 ここからでは、速水さんがどのような表情を浮かべているかはわからない。

 しかし、その声色からはどこか無機質な雰囲気が漂っている気がする。



「し…、良助、君…」



「っ!? 静子!」



 か細い声に導かれるよう慌てて近づくと、速水さんの向こうで静子が蹲っているのが確認できた。

 俺は慌てて近寄ろうとするが、寸でのところで速水さんに腕を掴まれる。



「ダメ…、神山君…。今近づくと、神山君まで呪われちゃう…」



 俺は振り返り、速水さんの腕に握られているものを確認する。

 それは案の定、先ほど俺が目にした呪物であった。



「ふざけるな…! 君がしでかした事だろう!」



「ううん、これは天罰なの。私はそれを神様にお祈りしただけ…」



「そんな都合の良い言い訳をよく言えたものだな…! 君が持っているそれは、間違いなく危険な呪物だぞ!」



「じゅぶつ…? これは、ただのお祈りの道具だよ…? 私がこれで祈って、その願いが叶えられたの。その結果、山田さんは呪われた。…つまり、これは神様が彼女の罪を認めたという事だよね? だったら、私が祈ろうと祈るまいと、いずれ彼女には天罰が下ったはずだよ」



 彼女の瞳には、一切迷いが見られない。

 本当に、心の底からそう思っているのだろう…

 

 俺は、速水さんに怒りをぶつけたい気持ちを必死に抑え込む。

 そんな事をしても、彼女に届かないことはわかりきっているからだ。

 …ただ、それでもこれははっきりと言っておくべきだろう。



「速水さん。君は、間違っている」



 俺は言うと同時に、速水さんの手を払って静子に近づく。



「だ、だめ!」



 速水さんはそれでも俺を止めようとするが、呪いを恐れたのか距離を詰めてくる事は無かった。



「静子、大丈夫か…」



「良助君…。すみません、不覚を取りました…。アレについては昔教えられていたのに…」



「…いや、悪いのは俺だ。お前の優しさを、計算に入れていなかった…」



 以前、静子には呪物とそれに対する対処法について教えたことがある。

 その際、俺は呪いの返し方こそ教えたものの、無効化する方法については教えなかった。

 呪いを仕掛けてくる者など敵以外にあり得ないのだから、呪詛返しで十分だと判断したのだ。



(こんな事になるくらいであれば、手を抜かず教えておくべきであった…)



 無効化は高度な技術である。

 呪詛返しだけを教えたのには、そういった背景も存在した。

 しかし、根が優しい静子であれば、呪詛返しを躊躇う可能性くらい用意に想定できた筈なのである。

 これは俺の甘い認識が招いたミスだと言えるだろう。



「だ、だめだよ神山君! 触ったら、神山君も…」



「…俺に呪いは効かないよ」



 そう言って俺は、静子の爛れてしまった顔を隠すように抱きかかえる。



「う、嘘…」



 速水さんは、まるで信じられないものでも見たかのように驚愕する。

 恐らく、以前の被害者にかかった呪いが、他者に移るのを見ていたのだろう。

 …確かに性質の悪い呪いだが、この程度であれば無効化することは容易い。



「速水さん、もうそれ・・は使わない方がいい。その呪物は、君が思っているような代物では決してない」



「さっきから、その、じゅぶつって…? 神山君は、これが何か知っているの?」



「ああ、良く知っているよ。それは人を呪う為の呪物。敵意を向けた相手に、天罰を装って害を成す、ただの凶器だ」



「…え?」



 何を言われたかわからない、そんな表情を浮かべる速水さんに、俺は構わず続ける。



「人は罪の意識さえなければ、比較的簡単に他者を害せる。それを利用した呪物がそれだよ。祈ることで罰が下る…、悪趣味だが良くできている。だからこそ、俺の知る場所でもそれは広まり、最終的には凶器として認定されるに至った」



 前世でも、この世界でいうところの銃刀法違反に近い法律は存在した。

 それは呪物だったり、禁術だったり色々だが、速水さんの持つ呪物もその一つであった。

 祈るだけで容易く他者を呪うことが出来るというのは、それ程に危険な代物なのである。



「要するに、それは銃や刃物の類と変わらない代物って事だよ。君は、それを静子に向けて放ったんだ」



「そ、そんなの嘘だよ…。私はそんな話、聞いたこと無い…」



「…だろうね」



 速水さんは転生者ではない。

 だから当然、俺のいた世界の事を知っている筈もない。

 しかし、知らなかったからといって、罪が無いわけではない。

 少なくとも彼女は、あの呪物で祈れば相手が呪われることを知っていたのだから。



「静子、どうだ?」



「大分、楽になりました…。ありがとうございます」



 俺は抱きかかえていた静子の頭を離し、顔を確認する。

 顔面痙攣のように表情が抜け落ちていたが、先程までの呪相班は消え、完全に解呪されていた。



「え…? 嘘…? なん、で…?」



「言っただろ? 俺に呪いは効かない。呪われている者も、俺が触れれば解呪することが出来る」



「え、え…? 何を言って…、でも、山田さんは治って…、じゃあ…、嘘…、そんな事って…」



 速水さんは混乱しているのか、誰に言うでもなく一人で言葉を紡いでいる。

 足もガクガクと震え、立っているのがやっとといった様子だ。

 しかし、彼女が落ち着くのを待ってやるつもりは無い。俺は容赦なく話を進める。



「さて、混乱している所すまないが、申し開きを聞かせてもらえないか? 大切な彼女を傷付けられて、正直堪忍袋の緒が切れかかっているんだよ」



 俺の言葉に、フラフラとしていた速水さんがピクリと停止する。



「それは…、山田さんが、悪いから…。私の世界を、歪める、から…」



 速水さんからはまだ不穏な気配が抜けきっていない。

 俺は気を抜くまいと踏ん張ろうとして、少しふら付いてしまう。

 『転換の秘法』で、体力を失いすぎたのだ。

 そんな俺を支えるように、静子が身を寄せてくる。



「速水さん、貴方のその世界は、間違っています」



 こんな目にあって、それでもそう強く言い放つ静子に、俺は何か胸にこみ上げるものを感じた。

 俺は身を寄せる静子を、自然に抱き寄せる。





「速水さん…。俺は、君の世界を否定するよ」




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