第22話 如月拓矢は眠れない




「あんな簡単に退いて良かったのか?」



 如月家から退散する途中、尾田君が尋ねてきた。



「ああ。あそこで退かないと余計にこじれていただろうしね」


「けどよ、俺にはアレで引きこもりが解消されるとは思えねぇんだが……」


「それはもちろんそうだとも。なので、これから毎日通わせてもらうのさ」



 俺が至って真面目に言うと、尾田君が急に立ち止まる。



「……これ、毎日やんのか?」


「そのつもりだよ。ああ、尾田君に強制するつもりはないよ? これは『正義部』の活動になるからね」



 如月家への訪問は、しばらくの間続けるつもりだ。

 目的は如月家の調査と、晶子さんの信頼を勝ち取ることだ。


 調査についてはボチボチといったところだが、晶子さんとの関係は良好と言っていいレベルにはなっている。

 これは、こちらの面子に女子がいることも大きく影響しているだろう。

 少なくとも、俺と尾田君だけではここまですんなり受け入れられなかったハズだ。

 姑息な手口だが、俺自身が無害だと演じるよりも、彼女達から伝わる方が印象が良いからな。


 しかし、如月兄とはここ二日間、如月家でも学校でも遭遇しなかった。

 家に帰っている様子はあるのだが、長時間留まっている形跡がないのである。

 ひょっとすると、家には着替えに戻る程度で、他の場所で生活しているのかもしれない。



「……いや、中途半端は性に合わねぇ。俺も参加するぞ」


「そうかい? あ、もしかして、晶子さん目当てだったりするのかな?」


「ばっ!? ち、ちげっ、ちげぇよ!!!」



 顔を真っ赤にして狼狽する尾田君。

 いやぁ、実にわかりやすい。



「ちなみに、神山君は違いますよね?」



 と、麗美が話に乗っかってくる。

 麗美は俺の前世を知っているため、年上が好みではないかと疑っているらしい。



「もちろん、違うぞ?」



 ……いやいや、そんな疑わしそうに見られても、本当だからな?





 ◇如月拓矢





(ヤバイ……、ヤバイ……、ヤバイ……)



 俺は今、街のラブホテルのベッドで、膝を抱えて震えていた。

 解決策が思いつかず、何故こんなことになった、と振り返ることしかできない。


 いくら後悔してもどうしようもないことだが、こんなことになるなら尾田を脅しになんか行かなければ良かったと思う。

 そうすれば、あの男に目を付けられることもなかったハズだから……





 俺達はあの日、ある男に屋上で助け起こされた。

 どうやら俺達は、あのワケのわからない女にぶっ飛ばされたらしい。

 らしいと他人事のような感想なのは、俺自身そのときのことをあまり覚えていなかったためである。

 俺達を助け起こしたその男は、俺達が気絶するまでの顛末、その一部始終を見ていたらしく、その内容を嬉々として語ってきた。

 ご丁寧に動画撮影までしていたらしく、男の語る内容に嘘偽りがないことを証明された。


 俺達はその恥ずかしさから激昂し、男にそれ以上語らせまいと脅しにかかった。


 そして、ほんの一瞬の後、俺達は再び地面に転がされていた。

 あの男は強かった。

 いや……、男曰く、俺達が弱いとのことだったが……


 まあ、実際あんな女一人にボコられた俺達じゃ、そう言われてもしかたないだろう。

 だからといって、あの男が強くない、なんてことにはならないと思うが。

 アノ強さは、下手をすればウチの番長である、石動いするぎに匹敵するのではないだろうか。

 俺からすれば、そのくらいの絶望的な差を感じた。


 男は、打ちのめされた俺達にこう言った。



「この動画を公開されたくなければ、俺に協力してください」



 俺達は、協力するかどうかはともかくとして、まず協力する内容について確認することにした。

 しかし、俺達はその直後に後悔することになる。

 男の語る内容は、ただの不良が考えるような暴力や恫喝といった、比較的人道的・・・なモノではなく、もっと陰湿で悪質な、反吐が出そうなものであった。

 男は俺達に、その先兵になれと言うのだ。

 当然、俺は断るつもりだった。

 しかし、動画のこともある。

 あれを公開されては学校内の立場は愚か、この学校の学生自体が舐められかねない。


 ひとまず、俺達は回答を待ってもらうよう男を説得した。

 意外にも男はそれを快諾し、後日改めて会う約束をして解散となった。


 俺達5人は、このことについて石動に相談すべく夜に集まることにした。

 しかしその夜、俺以外の4人は集合場所に現れなかった。

 俺は一番仲の良かったヒデに電話をかけ、理由を問いただす。



「おい! なんでお前ら来ねぇんだよ!」


「わ、わりぃな、タク。俺、この件からは手を引くわ……。スマン!!!」



 会話はその二言で終わった。

 一方的に通話を切られたのだ。

 当然かけなおしたが、何度かけても繋がることはなかった。

 SNSでも連絡をしたが、数日経った今も既読はついていない。

 もちろん他の面子にも確認しようとしたが、皆同じ状態であった。


 途方に暮れて歩き出した俺は、目的地もないままアチコチをブラブラとした。

 やる気もないのにゲーセンに入ったりと、傍目に見たら本当にワケのわからない行動をしていたと思う。

 しかし、そのことが幸いしたのか、俺は偶然にも気付くことができた。

 自分が、尾行さつけられているということに……





 あの日以降、俺は学校に行っていない。

 不審がられるとマズいので学校には連絡を入れているが、他のダチにも連絡はしていなかった。

 家にも深夜、尾行がないことを確認してこっそり帰るくらいである。



(チクショウ……)



 今思えば、あんな陰湿で反吐の出るような内容を嬉々として語る男が、まともに取引をするワケはなかったのだ。

 だからと言ってどうすれば良かったのか、その答えが俺にはわからない……


 恐らく、尾行され始めたのは、あの集合場所に行った時点からだろう。

 つまり、ヒデ達の誰かがあの場所を密告したか、無理やり聞き出されたかということになる。

 アイツ等を頼れないとなると、他の者に頼るしかないのだが、残念ながらアイツ等以上に仲の良いダチは存在しなかった。


 弟に連絡をすることも考えたが、それもやめた方がいいだろう。

 下手をすれば、弟にまで危険が及ぶ可能性があるからだ。

 第一、尾行の目的が俺の自宅を探ることだった場合、家族に危害が加わることもも十分に考えられる。

 連絡を取るのは、本当に最後の手段にすべきだ。

 となると、他に信頼できる人間といえば石動のみとなるのだが、残念ながら石動は携帯電話を持っていない。



(どうする……、どうすりゃいいんだよ……、チクショウ……)



 結局俺は、この日も眠れぬ夜を過ごす羽目になった。


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