第185話 魔剣士

部屋に光が差し込み、朝を告げる。紋次郎は習性のように体の細胞一つ一つが目覚めていくのを感じる。感覚的に、かなり長い時間眠っていたように思う。起きて最初に感じたのはすごい空腹感であった。


「おはようごぜーますだ。ご主人様」


そう声をかけてきたのはカリスであった。彼女はテーブルに朝食を用意していた。

「おはようカリス」

そう言って俺は起き上がった。俺が寝ていたベットの横には直立不動のアテナが立っていた。

「マスター。おはようございます」

「おはようアテナ。君もいたんだね」


「はい。勝手ながら昨晩から護衛任務を遂行しておりました」

「え!? もしかして俺が寝てる間ずっとそこにいたの?」

「はい。マスターの警護は私の重要な仕事であります」

「いや、アテナも寝ないと・・あっそうか、君は年に5分くらいの睡眠でいいんだっけ?」

「はい。七日前に5分間の睡眠モードに入りましたので、358日眠らなくても問題ありません」


アテナの便利さに感心してると、カリスが声をかけてくる。

「ご主人様。朝食の用意ができましただ。早く食べてくんろ」


昨晩はご飯も食べずにすぐに寝たこともあり、かなりお腹が空いていた俺は、カリスのその言葉に甘える。すぐにテーブルに移動して食事を始めようとすると部屋のドアが開いた。そこからリリスとアスターシア、そしてスフィルドが各々、俺に朝の挨拶をしながら入ってきた。


「美味しそうじゃのう。私も一つもらうぞ」

そう言ってリリスは俺の朝食をつまむ。アスターシアもサラダの器に座り込むと、パクパクと食べ始めた。


二人の行為に対抗するように、スフィルドも俺の隣に座り、自分の皿を用意すると、そこへ朝食をよそい始めた。そんな三人を見たカリスは、紋次郎の為に作った朝食がどんどん無くなっていくのを見て憤る。

「三人ともなんてことしてるだぁ! これはご主人様の朝食だから全部食べちゃダメだぞ」


「堅いこと言わないのですわ。紋次郎の物はみんなのものですのよ」

「そうじゃのう。ここの食事はあまり美味しくなかったし、カリスの作ったものの方が何倍も美味じゃ」


少し褒められて悪い気のしないカリスはそこで言葉が詰まる。仕方ないと言った表情になったカリスは、朝食の追加を作り始めた。カリスが朝食の追加を作り出したが、お腹の空いている俺はそれを待つつもりはない。自分の朝食を争奪戦に参戦した。


朝食も食べ終わり、軽く炭豆茶を飲んで寛いでいると、アースロッドとアトラがやってきた。


「紋次郎、準備は良いか。そろそろ出発するぞ」


特に用意などはない俺はいつでも出発できる旨を伝える。

「アースロッド王、いつでもいけますよ。ただ・・周りは敵だらけですけどどうしますか?」


「それは心配いらぬぞ。この街には王族にしか知らぬ抜け道があるのじゃ、そこから行けば良い」


強行突破を覚悟していたので大変助かる情報であった。


俺たちは少しの準備を整えると、アースロッドの案内で抜け道から街を出発した。面子は俺とアースロッド王、スフィルド、アスターシア、アテナ、カリス、リリスと、アトラの腹心の部下であるメウヴァとロディウスの二人が同行した。


イディア族がいる地域は、ドナウの街から北へ20キロほど移動した場所にあった。彼らのテリトリーに入ると、アースロッドの表情が硬くなる。王であるが、武人でもある彼がこれほど警戒するイディア族とは、それほどの存在なのだろう。


それは唐突に現れた。目の良いはずのスフィルドも、それの接近に気がついた時にはすでにアースロッドの目の前に迫っていた。アースロッドはすぐに剣を抜いて、現れたその者の攻撃を受ける。凄まじい閃光が走り、アースロッドは後ろに吹き飛ばされる。


メウヴィとロディウスが倒れた王に駆け寄る。俺は現れた襲撃者に向かって剣を抜いて構えた。


「アースロッド! この裏切り者が・・・よくもぬけぬけと顔を出せたものだな!」


襲撃者がアースロッドに、そう言葉を投げかけた。倒れた王はその襲撃者を見た。それは赤い髪の若い男で、格好は冒険者の剣士に近い。特徴的なのは、頭から一本の角が生えているところであろうか。アースロッドは見知っているその若者に言葉を返す。


「ヴィジュラ。裏切り者とはどういうことじゃ。ワシはお主らを裏切ったりしとらんぞ」

「とぼけるな! 長老のアゼフを殺し、その首を送りつけといてよく言えるな!」

「ちょっと待て・・ワシはそんなことはしとらんぞ・・」

「首を持ってきたのは間違い無くリネイの正規軍だ! どんな言い訳も聞かんぞ!」

「ちょっと待て! それはおそらくユルダの・・」


しかしアースロッドの言葉は、ヴィジュラと呼ばれる者の剣によって止められる。アースロッドは凄まじい達人である、それは間違い無いのだが、ヴィジュラの剣はそれを遥かに上回っていた。ヴィジュラの剣に対して、アースロッドはそれを防ぐのが精一杯であった。


メウヴァとロディウスが王を助けるために、ヴィジュラに剣を振るが、そんな二人の剣を軽くあしらう。アトラの側近で、相当な実力者の二人だが、次元が違いすぎた。


紋次郎は剣を抜くと、アースロッドに加勢しようとした。だけどスフィルドがそれを止める。

「紋次郎、彼は敵ではありません」


紋次郎はスフィルドのその言葉で動きを止める。確かにそうだけど、それじゃあどうすればいいんだ・・・そう思っているとスフィルドが言葉を続ける。


「彼に向かってこう宣言してください。決闘儀を申し込むと・・」

「え? 決闘儀ってなんなのさぁ」

「早くしないと王の首が飛びます」


そう言われて焦った俺は、王とヴィジュラの近くへ近寄ると、大きな声でこう言った。

「ヴィジュラ! お前に決闘儀を申し込む!」


王の首の皮一枚のところでヴィジュラの剣が止まる。そしてゆっくり俺の方を向くと激しい表情でこう言葉を返してきた。

「その決闘儀・・受けて立つ!」


それを聞いて、命の助かったアースロッド王が俺に駆け寄ってくる。

「紋次郎・・何を馬鹿なことを言っておるのじゃ。ヴィジュラは魔界最強の剣士じゃぞ・・そんな相手と決闘儀などと・・・いくらお主が強くてもさすがに無謀じゃ」


え・・と俺は今から何をするんでしょうか・・・決闘儀っていうくらいだからもしかして決闘ってことだろうか。魔界最強の剣士と戦って、俺・・大丈夫かな・・




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