第66話 救済の旗

その者は乾いていた。何かを求め、何かを欲する自分の本能に、答えることができないでいたのだ。無我夢中で彷徨い、その得体の知れない光を探し求めていた。最初に見つかったのは希望の光なのではなく、牙をむき出し、自分に害を与えようとする敵の姿だった。それは容赦なくその者に襲いかかった。何とかその敵から逃げることができたが、その者は深く傷ついていた。何とか水辺のほとりへたどり着いたが、もう動く気力すら残っていなかった。


ここで死を迎えるのか・・その者は静かに目を閉じて、その時を待っていた。


小さな足音が聞こえる。それはどんどん自分に近づいてくる。すぐ近くでその足音が止まった。何やら様子を見ているようだ。それが何者かはわからないが、これで自分の生命も終わりと覚悟を決めていた。


何かが自分に触れる。それは今まで感じたことのない暖かさだった。触れたその温もりは、傷口へと近づき、その痛みを和らげていく。


その者は目をそっと開いた。そこには人間の娘が、不安な顔で自分の様子を見ていた。怖がりながらも、自分の怪我の心配をしているようだ。


人間が自分の怪我の心配をしている。それはその者にとって、とても理解できるものではなかった。急に強烈な痛みがその者を襲う。それは意識を失うほどであった。薄れ行くその最中、人間の娘の不安そうな顔が脳裏に焼きつく。


紋次郎はラームレブカへの道中。馬車の乗り合い中継地点である村へとたどり着いていた。本日はここで一泊することになっている。


「ポーズ、あなた宿を取ってきてもらえる? 私たちはその辺を探索してきます」

「え、なんで俺だけ!」

「散歩するような性格じゃないでしょう。先に宿で酒でも飲んでる方がいいんじゃない」

「・・・そりゃそうだな」

ポーズもそれに納得したようで、さっさと宿に向かった。


その村は特に特徴もない小さな村だった。大きな店もなく、小屋のような商店が二軒ほど営業しているだけだった。まだ日が高く、暑い日差しに喉の渇きを感じた俺たちは、露天で売っていた冷たい飲み物を買い、それを飲みながら村を探索する。


「リンス、あれなんだろう」

そう紋次郎が指差したのは、黄色と赤の旗が掲げられた一軒の家であった。リンスにはその旗の意味を知っていた。それは救済の旗。その家で何かしらのトラブルがあり、助けを求める印であった。それを主に話すと、当然のようにこういう反応をする。

「それは大変だ、ちょっと事情を聞きに行こうよ、俺たちに何かできることがあるかもしれないし」


「紋次郎はお人好しですわ、そこがまたいいのですけど」

アスターシアはそう言うと、紋次郎の首元に擦り寄る。

「暑いよアスターシア・・・」

「それくらい我慢するですわ」


救済の旗のある家を訪ねるとよほど困っていたのだろう、熱烈な歓迎を受けた。

「冒険者様、お願いします、娘を・・娘を助けてください」

「お母さん、落ち着いてく、ゆっくり話をしてもらっていいですか?」


話を聞くと、娘さんが昨日から家に戻ってないそうだ。最後に目撃した近所の人間の話だと、どうやら森に入っていったようで・・森には危険なモンスターも生息している為に、とても村人だけでは探しに行けず、困っているとのことである。

「わかりました、俺たちが一緒に探してあげますよ」


こうしている間も、娘さんは危険な目にあっているはずだ、俺たちはすぐに捜索に出発した。

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