第55話 龍王の咆哮

逃げていった敵をミュラーナは追わなかった。それは紋次郎たちの安全を考慮したのと、それが罠の可能性を考えてである。ベリヒトの出方も気になる、今はあまりリスクを犯さない方がいいだろう。


「リュヴァ、怖くなかったかい?」

先ほどの戦闘で怖い思いをさせてしまったと思い、紋次郎はそう声をかけた。


「・・怖くなかったよ・・も・・紋次郎」

顔を赤くして、照れながらそう言ってくれるリュヴァに俺は思わず抱きしめてしまった。なんて可愛いやつだ。

「名前を覚えてくれたんだね、お兄ちゃん嬉しいよ」


不意にミュラーナは途轍とてつもない強大な気配を感じた。そしてその瞬間、その異変は起こる。

「ギャーーーーー!!」

逃げていった敵の方角から、何やら悲鳴のような声が聞こえる。俺とミュラーナはその方向を見やり、不吉な気配に身を固める。


それは絶対的な存在であった。周りの空間を歪めながら進むその姿は、まさに災いそのものであり、その姿を見た者は恐怖に震えるだろう。それは虫を潰すように簡単に、四人の人間を捻り潰し、さらに人の気配のする方向へ移動していた。


龍王は次の人間を見つけた、先ほど潰した人間たちより、大きな力を感じていた。しかし、我が敵ではないとも理解していた。龍王は、先ほど同じように、その人間をひねり潰そうと、雷の力を秘めたブレスを吐き出した。一人の人間がその全て受ける。強烈な閃光が走り、受けたその者に致命的なダメージを与えた。



それはまさに唐突な出来事であった。大きなドラゴンが姿を現し、ブレスを吹き出した。それを回避することが不可能だと判断したミュラーナは、紋次郎たちを守るために、そのブレスの全てを自らの体で受けた。魔波動により耐久力の上がったその体でも、そのブレスの攻撃力は凄まじく、気を失うほどの衝撃を受けていた。


「ミュラーナ!」

紋次郎は彼女に近寄り、倒れた体を起こす。

「も・・・紋次郎・・・逃げ・・ろ・・あれはダメだ・・・」

そう言われたが、彼女を置いていくなどできない。紋次郎は、ミュラーナを抱えようとするが、後ろから強烈な死の気配を感じた。見るとそのドラゴンが息を吸い込み、もう一度、あのブレスを吐き出そうとしていたのだ。紋次郎はとっさにミュラーナをかばうように覆い被さる。激しく吐き出したブレスは非情にも二人を包み隠すようにその死の存在を示す。


ブレスの放射が止むと、そこには何事もなく、ミュラーナに覆い被さる紋次郎の姿があった。理由はわかないが、自分にはあのブレスが効いていないようだ。


実は龍王のブレスは雷撃属性であり、紋次郎の装備する鳴神の雷撃吸収の効果によって、その威力を無効化していたのだ。


「さぁ・・逃げるよミュラーナ。リュヴァ、お兄ちゃんについてきて」

ミュラーナを背中におぶると、紋次郎は、恐怖の存在から逃走しようと試みる。


龍王は自分の攻撃が効かなかったことを分析する。雷撃を無効化する装備を身につけていると結論付けると、攻撃方法を変更する。それは古の強力な攻撃魔法であった。闇の属性を持つその魔法は、グラビティ・デストリアと呼ばれ、高重力のフィールドを作り出し、その強力な圧力でダメージを与える死の魔法であった。龍王は圧縮した詠唱で短くそれを発動する。


紋次郎の上に黒い球体が生まれる。それは死を呼ぶ恐怖の存在であった。その球体は静かに紋次郎たちに近づく。球体と紋次郎たちの距離が縮まると、周りの重力が強くなっていく。動きが遅くなり、紋次郎は動くのもままならなくなっていった。


球体が紋次郎に触れると思った瞬間、それは木っ端微塵こっぱみじんに粉砕した。紋次郎は体にかかっていた高重力がなくなり、普通に動けるようになった。しかし、何が起こったのだろうか、状況を把握する為に紋次郎は周りを見渡す。そこにはリュヴァがその強大なドラゴンを睨むように立っていた。


「おじちゃん・・リュヴァの友達いじめたらダメだよ・・・」


龍王は我が目を疑った。そこに立っているのは、龍神王様の一人娘のリュヴァであった。人間の姿になっているが、その気配は間違いなかった。


「リュヴァ・・なぜここにいるのだ・・そうか・・私についてきたのだな・・まあよい、その人間から離れるがいい、そいつらは我らの同胞を虐殺している者だ、これから死の制裁を行う」


「ダメだと言っているよ・・・」

そう言うとリュヴァの姿が変化していく。それは黄金に輝く美しい竜の姿だった。大きさは、目の前のドラゴンの十分の一ほどであったが、その迫力と存在感は負けていないように見える。


「そこまでして・・・どうしてだリュヴァ・・なぜその者をかばう」

「私の友達だから・・」

「人間と友達とは・・」


そこで紋次郎が話に入る。

「あの・・・すみませんドラゴンさん。そもそも俺たちはあなたの同胞を虐殺なんてしてませんよ」


その発言に対して、龍王はものすごい強い目で紋次郎を睨みつける。そして怒号のような声で返答する。

「ドラゴンさんでは無い! 我は龍王ルガールだ! その話を信じよと申すのか人間」

「俺は紋次郎だ! 信じるも信じないもそれが事実だよ」

その紋次郎の力強い言葉は、龍王の耳に届いた。


「・・・リュヴァの友達か・・龍神王様は人間の心の奥を見通す力がある、娘のリュヴァにもその力が受け継がれているのかも知れんな。わかった、お前の話を信じよう。だが、それならば我が同胞を虐殺している者はどこにいるのだ」


それを瀕死の状態で聞いていたミュラーナが話に入ってきた。

「たぶん・・それはベリヒトのやつらだ・・あいつらは・・ドラゴンが邪魔だと言っていたから・・」


「ベリヒト・・そいつが我が同胞を虐殺しているのだな、相判った。そいつを殺しに行くとしよう・・・」


しかし、そこで龍王の頭に声が響く。それは龍神王の声であった。

「は・・龍神王様・・しかし・・それは・・・・はい・・・わかりました」


紋次郎たちにはその声が聞こえないので、龍王が何やらブツブツと言い出したように見えた。ちょっと大丈夫かなと思っていると、龍王がとんでもないことを言い出した。

「我が主の採択だ。そのベリヒトとやら、お前たちで倒して参れとのお達しだ」

「え!! いや・・どうしてそうなるんですか?」

「わからん・・しかし龍神王様は全てを見通しておる。おそらく何か考えのあってのことだろう。リュヴァ。お前は私と共に龍光宮に帰るんだ」

「嫌よおじちゃん・・私、紋次郎といっしょにいく」

「そんなこと龍神王様がお許しになるわけなかろう。素直に言うことを聞くのだ」

「父は大丈夫よ、だっておじちゃんに私を連れ帰れって言った?」

「いや・・確かにそれは言っていないが・・・そうか・・それもあの方の考えの中なのか・・わかった。ではそのように龍神王様には伝えよう」


そう言うと、龍王は大きな羽を羽ばたかせる。そして最後に紋次郎に声をかけた。

「紋次郎とやら、リュヴァを頼んだぞ」


そう言って飛び立っていった。それを見送った俺は、急いで重症のミュラーナの治療を始めた。しかし・・そのベリヒトって人を倒さなければいけなくなっちゃった・・困ったぞ・・そんな予定じゃなかったんだけどな・・












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