第15章 闇の中へ 2
「――さて、そろそろ予定の時刻だ。気合入れて行くぞ」
深夜一時。
いよいよ作戦開始の時刻になり、三人で輪になって最後の円陣を組む。ケンゴがそっと中央に右手を差し出し、僕もそこに右手を重ねる。そして、アザミが恐る恐る一番上に右手を重ねたところで、ケンゴが小さな声ながらも気合を込めて囁く。
「ファイト……」
「オー……」
「オー……」
さすがに大声を張り上げられないので物足りなさはあるが、息はぴったりだ。こういったことは出足で躓くと縁起が悪い。だが、まだ二回目なのにこれだけ息が合えば上出来だろう、きっと作戦も上手くいくに違いない。
あと一時間で界門が出現する。まずはそれまでに最低限の偵察をして、情報を持ち帰らなくては。
「じゃあ、行ってきます」
「無理しないでくださいね」
アザミの表情はどうにも心配そうだ。
そんなに頼りなさげに見えるのだろうかとちょっと自信もなくすが、ここは素直に心配してくれているのだと受け取っておこう。
そしてケンゴは無言で親指を立ててウィンクしている。アメリカの戦争映画にありがちなポーズはバッチリなのだが、典型的な日本人の顔立ちではいまいち格好がつかない。
静かな声援を受け、鳥居に向かって駆け出す。
一昨日は昼間だったので気にならなかったが、夜の神社はやはり不気味だ。向こうの世界では見たことがない白木の鳥居が、妙に闇に浮かび上がって見え、さらに不気味さに拍車を掛ける。そして何と言ってもこの暗さだ、通りでさえ街灯はなく、月明かりを頼りに道を渡る。
最初の鳥居をくぐると、百段以上ある急な石段は両脇の鬱蒼とした林のせいで、足元すら見えない闇だ。下見は夜にも来ておくべきだったかもしれない。何段か登るうちにやや目が慣れたものの、こんな調子では登り切るまでに界門が現れてしまいそうだ。さっそくの予定外の事態に焦燥する。
やはり明かりがなくては無理だ、ポケットから携帯電話を取り出す。
この闇の中では、僅かな光でもすぐに見つかってしまうだろう。そう思うと電源を入れるのもためらわれる。しかし、このままでは先遣隊の役目も果たせず終わるのは間違いない、それならばと開き直った大胆な行動を思いついた。
まずは携帯電話の電源を入れる。
使うこともあるかもしれないと、貴重な電池を使って携帯電話を充電しておいたのは正解だったが、バッテリー節約のために主電源を落としておいたのは失敗だった。延々続く起動中の画面が本当にもどかしい。そして、立ち上げるなり懐中電灯のアプリを起動し、石段の終点である第二の鳥居に向けた。
見張りが居れば見つかるのは確実だが、そもそも石段の頂上に見張りがいるのかが不確実だ。ならば先に堂々と照らして見せて反応をみて対処する。誰も居ないなら堂々と足元を照らしながら登ればいいし、見張りが居て気付かれたとしてもこの距離なら逃げ切るのは容易で、さらに違う方法を取る時間もまだ残されている。
最悪なのは途中まで上手くごまかしたところで、最終的に見つかってしまって時間も他の手段もなく終わることだ。
第二の鳥居を照らしたまま耳を凝らす。
心臓の鼓動だけがドキドキと、実際に音を発しているのではと思うほどに高鳴るが、しばらく経っても辺りは静まり返り、何事も起きる気配は感じられない。ならばと意を決して、足元を携帯電話で照らしながら、一歩一歩慎重に石段を登る。
何とか登り切ってみれば、やはり見張りなどいなかった。こんなことならすぐにでも照らしていれば……、と頭に浮かぶが明らかに結果論だ。
下見のときとの勝手の違いで、思った以上に時間を食っている。
気は焦るが、いきなり境内に飛び込むのはさすがに無謀だ。気を落ち着かせて、まずは第二の鳥居の陰に隠れて様子を伺う。軽く見渡してみたところ誰もいない、こんな時間だし当然か。
携帯電話をポケットにしまい込み、次の行動に移る。
目先の目的地は拝殿だ。
人影はなさそうだが、どこに何が潜んでいるかわからない。さっきまで煌々と照っていた満月も今は雲に隠れているようで、拝殿から漏れる明かりだけでは足元もおぼつかない。まずは鳥居の陰から慎重に、かつ素早く、ケンゴに礼儀作法の手ほどきを受けた手水舎の陰へと向かう。
――つっ。
何かに躓いて、危うく声を漏らしそうになる。
慌てて口を両手で押さえて声を飲み込み、躓いた原因を探るために後を振り返ると、何やら思った以上に大きな黒い塊が転がっていることに気づく。
さっき見渡した時は、人影にばかり注意していたので気づかなかったのだろう。改めて周囲を見ると塊はこれだけでなく、所々に点々としていた。
とても嫌な予感がする。
そしてタイミング良く、雲の切れ間から満月が境内を照らす――。
口を覆っていた手はその役割を変えて、叫び声を抑え込むためのものとなる。
嫌な予感が的中してしまった瞬間、寒気と共に顔面から血の気が引いていくのがわかった。
――境内に点々と転がる塊はすべて、防魔服に身を包んだ人たちの姿だった。
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