第3章 望む者、望まざる者 6

 異世界への入り口に入られないように、見張りが立っていた……。

 そんなはずはないとは、もちろん言い切れない。

 だが、その場にいたのはケンゴだけ。しかも、今のケンゴは主観が強すぎる。

 それでも、そこまで言うからには、彼なりに思い当たる節があるのだろう。


「どうして、そう思うんですか?」

「あの公園、家に帰るときの近道なんだが、人なんてほとんど通らねえ。それに、工事中って通せんぼはしてあったが、中で何かしてる素振りもなかった。だから、通っちまえって中に入ったんだよ」


 確かに待ち合わせの公園は、静まり返っていて寂しい所だった。

 街灯も一つしかなく、周囲も雑木林。元神社だったからなのか、何か不気味な気配も感じた気がする。

 あんな場所、普通だったら絶対立ち入らない。

 異世界行きの待ち合わせ場所だったから。そして、期待に胸を膨らませていたから。自分だって足を踏み込めたのは、そんな浮足立った状態だったからだ。

 逆に近道だからと突っ切った、ケンゴの勇気が計り知れない。

 単に、酔った勢いだったのかもしれないが。


「でも、べろんべろんに酔ってたんですよね? 記憶は確かなんですか?」

「記憶は怪しいところもあるかもしれねえが、中に入ったところで作業員が『入っちゃいかん』て止めに来たのは間違いない」

「なるほど」

「で、追いかけっこになって、あの街灯にしがみつこうとしたらこっちに来たんだよ。うん、間違いねえ」


 その作業員というのは、十年前のマスターなのだろうか。

 夜中の公園で、酔っ払いと鬼ごっこに興じるマスター。

 そして逃げ切れないとみるや、駄々っ子のように街灯にしがみつくケンゴ……。

 想像すると、思わず笑いがこみ上げる。


「工事中でもないのに作業員がいて、工事中のように見せかけてたってことですか」

「お前さんの話を聞くまでは、そうは思わなかったんだがな。異世界への入り口の場所と時刻を把握している奴がいるとなれば話は別だ。あれはぜってえ、間違って入り口に誰か入らないように見張ってたんだよ」

「でも、僕のときは誰も来ませんでしたよ。マスターさえも」


 腕組みをして、唸りながら考え込むケンゴ。

 どうやら水を差してしまったらしい。

 だが続きも気になるので、折ってしまった話の腰を、取り繕って修復する。


「まあでも、マスターは『案内します』って言ってメモを渡したんでね。本当は待ち合わせ場所に来て、一緒にこっちに来るつもりだったのかもしれません。姿を現さなかったのは、やむを得ない事情ができただけかもしれないし……」

「そうだな、お前さんだって最後の最後に街灯に触れなきゃ、こっちに来れなかったんだしな」


 ケンゴに言われてハッとしたが、確かに不親切な案内だ。

 渋谷のハチ公で待ち合わせといっても、ハチ公にまたがって待つ人はいない。

 それと同じこと。街灯で待ち合わせたからといって、触るとは限らない。

 本当にメモだけでこちらの世界に案内しようと思ったのなら、街灯に触れることを含めて、もっと詳しく書き記したはず。

 そう考えると咄嗟の思いつきも、まんざらじゃなさそうだ。

 きっと、マスターが姿を現さなかったのは、やむを得ない事情ができたからに違いない。


「話を戻しますか。で、なんでそこまでして見張ってたと思うんです?」

「そりゃおめえ、入り口の存在を隠したいってことだろ」

「でも、ケンゴさんみたいな不幸な人を出さないようにって見張ってたのかも」

「あいたたた、俺がこっちに飛ばされたのはせっかくの親切を無下にした報いかよ、ちきしょー。ってそんな話をしてるんじゃねえ。

 親切心なら警察なり役所なりに相談した方が、きっちりと立ち入り禁止にしてくれるだろ。そうじゃなくて、大っぴらにはできねえからひっそりと見張ってたんだよ」


 インターネットであらゆる情報が簡単に手に入る時代。

 異世界への入り口なんてものがあるなら、とっくに話題になっているはず。実際僕も検索してみたことがあるが、そんな情報にはたどり着けなかった。

 だが実際は、あんな誰でも触れる街灯から異世界へと僕はやって来た。

 情報が表面化していないのは、ケンゴの言う通り、見張りが人を遠ざけていたからなのかもしれない。


「でな、入り口って奴はこっち側にも出現するはずだろ?」

「そうでないと、こっちの世界を知ってるマスターが、向こうにいる説明がつきませんからね」

「だったら、こっちの入り口も見張るんじゃねえか?」


 確かに一理ある。

 異世界への行き方が表面化していないのと同様に、異世界人がやって来たなんていう情報も聞いたことがない。

 異世界側から日本へ渡り放題だったら、そんな噂が広まらないはずがない。

 ならばケンゴの言う通り、双方の入り口は見張られているということか。


「マスターがこっちにも来て、見張りに立つってことですかね?」

「まあ、それもないとは言えねえがよ。そんな、一人で二つの世界を股に掛けて、ボランティア活動みたいなことするとも思えねえのよ」

「というと?」


 ケンゴが得意気に鼻に親指を当て、やや斜に構えて上目遣いでポーズを取る。

 ああ、これは相槌を待っていたに違いない。

 ケンゴの話術に、まんまと乗せられてしまったようだ。


「間違いねえ、異世界への入り口を管理してる奴らが絶対いるぜ。後はそいつらを探し出して、こっちから向こうへの入り口が出現する時刻と場所を聞き出せば、無事帰れるって寸法よ」


 最後の最後に、一気にハードルが上がった気がする。

 一体どうやって、その管理している人物を探すというのか。

 それともケンゴには、それなりの情報網でもあるのだろうか。


「あり得ないとは言いませんけど……。そんな奴らを探し出せる可能性は、限りなくゼロに近いんじゃないですか?」

「可能性って奴はゼロと、小数点の先にゼロがいくつ連なろうが、ゼロじゃないのとじゃあ、天と地の差があんだよ。

 昨日までの俺は、偶然現れる入り口に偶然ぶち当たる奇跡を神に祈ってただけだった。それに比べりゃ、手がかりを求めて自分で行動を起こせるのは、人類が二足歩行を始めたぐらいの進歩よ」


 結局のところ根性論。言い換えれば無策。

 だが、そこまで言い切るとケンゴは机に伏せ、そのままいびきを掻き始めた。

 最後の方はやけに話が大きくなると思ったが、相当酔っていたのかもしれない。

 だが、とても満足そうな寝顔だ。きっと、いい夢を見ていることだろう。


 一人取り残された途端に、激しい睡魔に襲われる。

 無理もない、今日はさすがに色々ありすぎた。

 僕もケンゴの向かいの席で、机に伏せって眠ることにした……。

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