第13話 戦闘準備
零機はそういって皇居を出た後、さっきまで自分の寝ていた隔離病棟に戻った。やはりそこにはさっきの六人がいた。
「桐谷さん、大丈夫だったんですか?!」
牧野軍曹長がいち早く零機のもとに駆けつけた。その顔は焦燥感のあるものだった。
「はい、大丈夫でした。軍内においての階級の降格、綺羅姫燐火皇女の護衛をやめろといわれただけです」
「な……っ!、本当に辞めてしまうんですか?」
「もちろんそんな気はさらさらないですよ。それでこういうことになりまして」
零機の階級は上等兵にすぎない。牧野と話しているときも敬語を使わなくてはならない。零機はさっきの応接までのことをみんなに話した。
「それって、日本軍の最大戦力クラスとやり合うってことっすよ!」
氷室が声を荒げる。その気持ちはわかる。アントレット・バルカン中佐は一度、単独で作戦を決行し、天獣の群れを焼き払ったような化け物だ。ラインマン・グリフィン少将もいくつもの蝿ノ天獣の群れを落とす空隙作戦で、仲間の小隊を逃げさせるために単独で囮になり、誰もが死んだと思った中で帰還した。巻島誉中将は、もともと、人類や他種族の代わりに戦うために作られた決戦兵器の一部を実に宿している。一部というよりかは、人体の半分といっていい。甲殻で全く持って傷つけることもできない。
「零機、勝算はあるのか?」
錬太郎が冷静な声で聞く。勝算があるかないかといわれれば、ない割合のほうが高い。だが、負けるわけにもいかない。
「どうだろうね。いろいろやることもあるし、作戦は後回しだ。軍の僕の宿舎から武器をとってこないといけない。だけど、それより優先したいことがふたつある」
零機はそういって軍人の二人をみる。
「まずひとつは、あの作戦での死者数、負傷者数を教えてください」
「新宿区天使防衛作戦での、死者は、新宿に配属された軍人、および魔法士二百五十人中、最前線で戦った軍人の死者数は75名、負傷者数は83名です。その他の救護班や後方支援班に負傷者は多いようですが、死者はいません」
牧野軍曹長が感情を押し殺しながら報告した。それを聞いて零機は、
「そう、ですか。わかりました、有難うございます。次に―」
零機がその先のことを言おうとした瞬間、響矢が席を立ち、零機に詰め寄り、胸倉をつかむ。
「お前は、仲間が死んだって言われてそれしか思わないのか!」
「……離せ」
「おい、聞いてるのかよ!」
「黙れ、お前に何がわかる!僕はこれに十三歳の時点で体験させられている。今まで僕と同じ作戦に参加して死んだ軍人や魔法士の数を教えてやろうか?今回のを合わせて527人だ、そのなかで遺族に形見を渡せたのは166人、ちゃんとした墓に入れてやれたのは389人だけだ。僕はその全員の死を見てきた。なかには、僕をかばって死ぬようなやつまでいたんだ、僕がなにも思わないとでも思ってるのか!、まあ、僕はその感情すらもうどういうものか思い出せないけどね」
零機は自嘲的に声を張り上げた。 回りの者は黙り込んだ。桐谷零機はこの歳にして、多くの死を見過ぎた。だが、人の死に慣れることなんてできなかった。そのたび、神経をすり減らし、たまには物にすら当たった。そうやって押さえ込んできた。
「……ごめん、声を荒げて。牧野軍曹長、もうひとつ聞きたいことがあります。燐火はどこにいますか?」
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