後日談:家政婦長は【監察】してる? ~冥反偵ペストーニャの罠は甘い~

中風月 第一安息にちよう

ナザリック地下大墳墓 第九層/ロイヤルスイート


 テキパキと仕事をこなし、配下のメイド達に指示を飛ばすメイド長たるペストーニャの前に、幾分か顔色の悪いツアレが相談に訪れた。

 

「ツアレ、顔色が悪そうですが、どうかしましたか? ・・・ワン」


 分かり難くはあるが、怪訝けげんな表情を浮かべるペストーニャの問いに対し、ツアレは意を決して口を開く。


「ペストーニャメイド長」

「なんですか、ツアレ。なにか言いにくいことですか、わん」

「セバス様が、その・・・」


 そのまま言いよどみ、尻すぼみに口籠ってしまうツアレを前に、なにか辛いことがあったのではと心配になる。


「何か言いにくい事なの? ・・・わん」


 ペストーニャは言い澱むツアレを前に、口にし辛いならば今は無理に言わなくても良いが、黙って待つことで静かにその先を促す。

 ツアレは僅かな間を得たことで、想いの丈を、意を決して口にする。


「その、セバス様が以前にもまして、私に気を掛けてくれる事が増えた様な気がするのですが」

「それは良い事ではないですか。わん」


 ちょっぴり拍子抜けしたペストーニャだったが、喜ばしい事だとその声色からは伺える。


「それが、なんだか後ろめたい気持ちを隠しているのではないかと、疑ってしまって」


 それを聞き、ペストーニャは顎先に手をあて考え込む。あのセバス様がツアレを、女性を泣かす事はないとは思う、だが・・・これは 面白そうな事件だワン。

 取り敢えず、至極深刻そうな雰囲気と声を取り繕って告げる。


「ふむ、それは気になりますね。ツアレに原因が判らないのだとしたら、仕事中の事ですね。それとなく、探っておきましょう。ワン」

「よろしくお願いします」


 そこまで伝えたことで、幾分か迷いが晴れたのか、ツアレの顔色が先程よりも良くなっていた。これは・・・ダメ押しをしておくほうが・・・ もっと面白そうだワン。


「それまでの間。ツアレ、貴女はセバス様に思いきり我が儘を通して、甘えておくのです。ワン」

「は、はい!? で、でも、そんな・・・」


 今度は、逆に真っ赤になって、そんな事は出来ないとばかりに、ツアレの顔色が羞恥に染まり、アワアワとした様子で左右に振られている。


「これは、ナザリックの【家政婦メイド長】としての命令です。ワン」

「りょ、了解しました! セ、セバス様に甘えて、わ、我が儘をお願いしてみます!」


 ツアレは真っ赤になりながらも敬礼し、力一杯握り締めた拳で気合を入れている。


 その様子を確かめ、これでよし、私の部下達もこの位は狼狽うろたえたりすると面白いのにと思いつつ、これでまた、セバス様が狼狽ろうばいするレアな様子をまた楽しめるでしょう。


「その様子を見て、セバス様にやましい所がないかどうかの判断を下します。ワン」

「は、はい! し、失礼しました」


 真っ赤な顔をして、右手右足に左手左足を同時にぎくしゃくとしながらも去って行くツアレを見届けると、呟いた。


「くふ、くふふふっ・・・面白くなりそうだヮン」と心底楽しげな様子でつぶやいた。


 では早速さっそく、配下のメイド達にも、暫く困っているセバス様が如何に行動するのか、つぶさにそれとなく見張らせておくとしましょう。なんなら、映像系マジックアイテム(=カメラ)の貸出申請を受理することもやぶさかではない事も明言しましょう。

 己の手足の如く動かすことがデキる、冥努メイド反偵団がこの度、誕生する運びとなった。


「さて、もしセバス様が相談に来られたら、どんな風に言いくるめましょうか・・・。面白くなりそうな答えは・・・何が良いかしら。・・・ワン」


 腹に一物、更には、胸に一物。それぞれがどちらに転がっても、どうとでも対応できるように企み事を秘め、その尻尾は面白そうに、楽しそうにパタパタと揺れている。



   ・・・   ・・・   ・・・



家政婦メイド長は・・・企んでいる!?


 邪悪な存在が多いナザリックの中で、ナザリックの内外を問わず、もっとも良心的とも思われているペストーニャだが、こういった家庭的なトラブルを楽しく【監察】するのが、知られざる楽しみだったり。視察し、面白くなる様に誘導=監督している。

 要は、日頃から生真面目なセバスが、慣れない事に四苦八苦しているのをほくそ笑む位には邪悪。極善のセバスからしてみれば、自分が標的にされているだけに、言語道断の邪悪な悪巧みである。


 そんな様子を、通路の角から顔をのぞかせたルプスレギナと子羊な子執事は、物陰の角から一緒に|壁{・ェ・Δ Δ@}からじ~っと見ていたり?


「ぷふ~っす、これは面白い事になりそうっす!」

「え~? わっかんな~い!」


 リュートは頭上から伸し掛かってくるルプスレギナの柔らかい物体に、まだ幼いせいもあり柔軟性が高いために丸く纏め上げられた角を、重いから退いてぇとばかりにグリグリと押し付けるリュート。だが、さらには柔らかな羊毛に包まれているせいで抗議の効果は・・・ほぼない。

 ルプスレギナからすると、マッサージのようなぷるぷる感覚。ちょっとくすぐったいが退いて上げないイジワルをする。


「そうっすか? これはっすねぇ~、セバス様に対してツアレがヤキモチを妬いてるってことっす」

「闇堕ち焼くの? 美味しいの?」

「う~ん、はたから見てる分には、とっても甘ぁいフコウの味で、美味しいっす!」

「たべた~い!」


 全力で間違った知識を力説するルプスレギナと、それを真に受ける子執事。

 他人事であれば。関係者であれば、その甘さの分だけ、辛さに容易に変換されるということを、まだ幼い子供には理解しがたい。


 ペストーニャの知られざる秘密を、更に楽しそうに眺め語るルプスレギナと、まだまだその辺の面白味が理解出来てはいないリュートに、ルプスレギナは色々と耳年増な情報を吹き込もうとする。


「・・・・・・・・・・・・まだ早いから、ダメ」


 どこからか現れたシズΔが、リュートの耳を防音耳当イヤーマフで塞いでいる。


「え~、そんな事無いッス」

「・・・・・・・・・・・・メイド長、るぷーが」

「わ、分かったッス! まだ早かったっすね!」


 いそいそとシズΔの口を塞ぐルプスレギナ。


「え~? な~に~?」


 何も聞こえなくなったリュートは、そんな二人を見上げるばかり。



 そして、セバスはツアレの為と、色々と迷走する。

 ペストーニャは迷走するセバスを更に困らせる様な提案を次から次へと繰り出してはほくそ笑む。

 ツアレはセバス様を信じてはいるものの、何だかとっても嬉し恥ずかし【楽しく】なっSっ気が出てきた?  ウソウソ


「そうそう、アインズ様にはご報告しておかなければなりませんね。セバス様に試練が訪れていると・・・わん」


 その所為かどうかは知らないが、家庭円満らしい。セバスの前に立ち塞がるは、ちょっとした夫婦のすれ違い。夫婦円満への道は・・・まだまだ遠い先にありそう。その割には、夫婦の仲は睦まじい様だ。


 ナザリックは、今日も平和。ただし、セバスには、試練と波乱が・・・前途多難なほどには、待ち受けている。楽な道は幾らでもあれど、正攻法しかないセバスの明日は・・・笑顔はれ時々冷汗あめ




 =試練と波乱を乗り切ったと思ったら、その全てが実は仕組まれていたことで、その一部始終をアインズ様に見られていたと後々知った時、恥ずかしさに冷や汗を掻く破目になったとか。


 そして、ツアレはデミウルゴスにスカウトされたが、ペストーニャに阻止されたとか・・・


   ///   ///   ///


冥反偵メイタンテイ

 探るのではなく、覗うのでもなく、面白くなるように調整し振り回す。


冥努反偵メイドタンテイ

 ナザリック地下大墳墓所属メイドによる、裏方撹乱部隊。

 探るのではなく、うかがうのでもなく、人畜無害を装いつつも面白おかしなその様子を記録するためだけに団結したメイド達。

 今後も活躍する のかもしれない


    予定は未定


   ・・・   ・・・   ・・・



【セバスSide】


 ツアレの普段とは違う、ぎこちない態度に疑問を呈し、セバスは相談相手にアレコレと尋ねた。


 相談相手の私室。

 整然とした部屋の雰囲気ではあるが、調度品が牛の大腿骨であったり、額縁に飾られた絵が骨付きマンガ肉であったり、いたる所に大小様々なボールが隠されていたり、観賞用食器棚には絵皿のごとく空飛ぶフライング円盤ディスクが並んでいる。


「フムフム、なるほどです」

「なにか、知っていることはありませんか。私には判断がつきかねることなので」


 何気ない様子を装うツアレだが、その緊張感はセバスの鋭敏な感覚にはありありと把握されていた。


「では、セバス様にいくつか提案をさせていただきますので、それらを実行なさってみてください。その時の様子では・・・あるいは」

「それは、どのような事ですか?」


 ペストーニャは、私室の鍵付きクローゼットから、大事そうにそっと取り出したるは、数々の薄い冊子(少女漫画レディース・コミック/自作)。


「これを参考に対策を練るとしましょう。こちらは、やまいこ様、餡ころもっちもち様、ぶくぶく茶釜様の御三方が、こよなくご愛用なされていた聖遺物に書かれていたものの複製品レプリカです」


 本人達がその場に居たとしたならば、断固としてその場で強奪し、滅却したであろう、私的創作物=同人誌。

 こんな事されてみたい、あんな事されたりしたら・・・という妄想が満載された逸品。



 ~逆襲のセバス~


 セバスは格闘家モンクをメインとして構築ビルドされた存在である。

 モンクは、武器を用いての一撃必殺がメインではなく、おのが手足を用いての接戦と、その軽快な装いから生み出される機動力を活かし、巧みな技の連携による怒涛の手数重視の連続攻撃をメインとした持続した継戦能力。すなわち、数々の技の【組み合わせコンビネーション】からなる相乗効果による【特別加算ボーナス】を呼び起こす、【連鎖加算コンボ】を得手とする。


 コンボ =コンビネーション・ボーナスの略


 すなわち、一つ一つは何気ない仕草であっても、一切途切れずにつらなり継続されるのであれば、そこには相乗効果としての特別な効果ボーナス加算プラスされるということ。

 かつての、リ・エステリーゼ王国の魔術師ギルドでの一幕も、研鑽された仕草の連なりに魅せられたことでも現れている。


 ちなみに、死者の大魔法使いたるアインズの場合は、一撃即殺クリティカルとなる・・・のであろう。


 となると、デミウルゴスの場合は・・・生かさず殺さず、回りくどくジワジワと真綿で首を絞り続ける様な?



 ツアレには、いつもの歩き慣れた通路。だが、その前に立ち塞がるセバス。


「ツアレ」


 ツアレはセバスに呼び止められたが、その声が聞こえなかったかのように身を竦めて、その横を足早に通り過ぎようと歩く速度を上げる。


「ツアレ、止まりなさい」


 そう言われては止まらざるをえない。だが、今は足を止めることは出来ない。そう厳命されているから、その足を止めることは出来ない。その理由を話すことすらも。


 立ち塞がるセバスの前を避けて通り、その横を抜け様とした。だが、通り過ぎる事はできなかった。


 セバスに阻まれたのだ。年経た大木のような揺るぎない腕が、ツアレには気付かれない様に伸ばされ、その腕に自身が囚われていた。

 ツアレは気がつくと脚は床面についておらず、走って逃げることも出来なくなっていた。

 セバスによる背後からの抱擁で、いつの間にか持ち上げられていた。


「ツアレ、これで私の言うことを聞いてもらえますね」


 逡巡するツアレの耳元にそっと囁かれ、とっさに目を瞑り、両手で耳を閉ざす。

 外部からの情報を遮断することで落ち着きを取り戻そうと試みた。普段のセバスであれば、それ以上の行為には及ばないはずだから。


 その背に熱い胸板を感じて、高鳴る胸を抑えつけていると、ふと優しく顎を掴まれて、覚えのあるチクチクとした感触が顔に、熱いものが訪れた。


 驚きのあまり目を見開くと、表情は普段と変わらぬものの、耳まで真っ赤に染まった赤い顔がそっぽを向いていた。


 しなれぬことをしたせいか、羞恥に染まっているようだ。



「カァット! やり直し!」


 メガホン片手にディレクターズ・チェアに腰掛けるは・・・


「セバス様、これでTAKE5を越えるのですが、なにか言いたいことはありますか? わん」

「も、申し訳ない」

「申し訳ないで済むのなら、同じ場面を繰り返すことにはならないはずですワン」


    ナイヨ~


   ・・・   ・・・   ・・・



中風月 第二安息にちよう


 ツアレはエ・ランテル領事館のメイドとして、ナザリックに所属しない人間種族と異形種族の使用人達との橋渡し役として勤務している。


 城塞都市エ・ランテル中央、領事館通用口。裏口とはいえ、掃き清められ草花が咲き誇る表玄関と大差はない。

 ただ、裏門近辺の花壇や生け垣に紛れてえ咲き誇る草木や、そこかしこに隠れ潜む存在のほぼ全てが、いわゆる一般ではモンスター種であると言うだけである。不用意に近付こうものの全ては・・・そっと摂り込まれてしまうだけ。

 以前にも、その長閑のどかに映る裏口から侵入を試みる不審者も幾らかはいたのだが、その行方は・・・様として知られていない。ただ、稀に草木の葉や花壇の縁に赤や青や黄色い斑点が徐々に点々と黒く変わり散りばめられている事がある。そんな時は、早めに如雨露で水を掛けてほしいという合図。=食後の一服らしい。

 例え、花壇を掘り返したとしても、其処には既にそれと分かるモノはなにもない。尽くが絞り尽くされ、噛み砕かれ、分解されてしまっている。


 今日も長閑に草木は葉をそよそよと揺らし、その草葉の陰には様々な小さき者達が身を潜めて、次なる獲物をただ静かに待ち続けている。

 その主が、今日もまた元気に帰ってきた。


「お母さ~ん、たぁ~だいま~!」

「リュート、おかえり」


 愛しい息子が今日も無事に元気に帰ってきたようだ。そうなると、まずはドラ猫みたいになって帰ってくるだろうから、汚れを片付けないと。

 そう思って濡らした布巾を固く絞り手に取った。

 振り返ると案の定、今日も今日とて冒険をしてきたようだ。ドロドロでグチャグチャ(汗と埃で大いに泥まみれ)な格好だ。時折、赤いものも交じるが、怪我をした様子もない。やんちゃしたい年頃なのだろうと思っている。


「ああ、もう、またこんなに汚してきて」

「ガンバった~!」


 ちょっぴり怒った風に言いながらも、怪我の有無を確かめながら優しく叱る。

 実際には、絡まれて返り討ちにしたり。だが、本当にマズイ場合はお巡りさんデスナイトがあとから付いてきたりするので、すぐに分かったりする。

 抱き着いて来る息子を優しく抱き留め、グリグリと押し付けてくる頭をこちらに向けさせる。

 にまっとした満面の笑みが現れたが、まだまだあちらこちらに汚れが付いている腕白な顔。


「今日はどうだったの?」

「んっとね、エルダー・ガーダーにね、勝った!」

「そう、頑張ったのね」


 そう言って見下ろす先には、真っ白だったはずのフリル付き前掛けエプロンにいわゆる歌舞伎の押隈おしぐま顔拓がんたくが・・・ガッツリと付いている。あらあらと困りはするが、汚れた前掛けは手際よく替えればいいので、怒らずに話の続きを聞く。前掛けは汚れることが前提であり、その汚れは汚れた分だけ働いていたという証でも在る。だから、こまめに替えればいい。・・・洗濯が大変だけど、それも日常だから。


 ナザリックでは、メイド達それぞれが面白がって、リュートの顔拓をコレクションしている。それは自分が好かれている証でも在るために。

 ただ、そのコレクションもなかなか集められるものではない。子供は割と直に飽きて別の事に興味が移りがちだから。


 ここ最近は、エ・ランテル冒険者ギルドに設置された訓練用簡易インスタントダンジョンにて実践訓練を繰り返している。

 これまでは、ナザリック基準での下級アンデッドの召喚時間が切れ、消滅するまでに有効打を与える訓練で、エルダー・ガーダーとやらが混じり始めると、その動きに対応しきれずに破られてしまうと言っていた。


 実際には、無限に湧き続ける下級アンデッド(Lv.10~)を薙ぎ払い、吹き飛ばし、地面に叩き込む。主に復元力に特化したモノを厳選しているため、時間が経てばまた元通り。


「どうやって勝てたのかな」


 何時もの何気ない言葉のキャッチボール。


「んっとね、お父さんがね、逃げてもいいってね、言ってくれたの。だからね、逃げたの」

「うん?」

「えっとね、逃げるとね、追っかけてくるの」

「うん、そうね」


 戦闘行為にはあまり興味はない、だが男の子だからそういった事が好きなのはそれぞれと割り切り、それでも一生懸命話す言葉に耳を傾ける。


「だけどね、他のは足が遅くてね、置いてけぼりになるから、エルダー・ガーダーだけが残るから、まずエルダー・ガーダーだけと対決して勝ったの!」

「そう、性能差を利用して突出させて、撃破したのね」

「うん!」


 良くは分からないまま、興奮気味のリュートを褒めながら、汚れが残る顔や手をきれいになるようにぬぐっていくツアレ。逃げ足は本当に早いものね。(実感)


「あ! お父さん! 勝った~!」


 まるでスポーツ大会で優勝したかのようにVサインで報告するリュート。


「そうですか、頑張りましたね」


 背後から聞こえてくる声は、なんのことはない、といったいつもの様子ではあるが、どことなく誇らしげな調子の声だと思うのは私の思い過ごしかもしれない。などと感じながらも、ツアレはリュートの顔や手についた汚れを落とし続ける。

 すると、背後から逞しい腕が伸びてきて、自分の袖をクルクルとたくし上げて行く。


「セ、セバス様!?」


 突然の出来事に戸惑いを隠せず慌ててしまう。その逞しい腕に包まれてドギマギしてしまう。


「そのままでは袖が汚れてしまいますよ、ツアレ」


 ツアレは耳元でそっと呟かれ、真っ赤になって固まってしまう。


「ツアレ、そんなに驚かなくても」

「そ、そんな、事、急に、言われても… 慣れません


 未だ初々しくも微笑ましい二人。その息子はその二人の様子をどうしたの? と不思議そうに見詰め続け。その様子を更に離れたところからメイド長たるペストーニャが微笑ましそうに見守っている。


「セバス様も、やれば出来るではないですか。・・・わん」


 リュートは、大事なことを思い出したとばかりに。


「お父さん、かってきた!」

「そうですか、いいのは在りましたか?」

「ん!」


 セバスの広い背中がツアレの視界いっぱいに広がる。


「ツアレ、貴女が私に向けていただく思いは大変ありがたいのですが、私は貴女に返せるものが、こんな物しかありません。これからも、その先も、ずっとです。・・・それでも、構いませんか?」


 跪くことなく立ち上がり、振り返ったセバスが手にしているもの、それは一枝に咲く、無数の黄色く丸いポンポンとした花。


「え? ・・・は、はい」


 セバスは渡す時くらいは跪くべきかと考えはしたものの、跪くことは絶対者であるアインズ様に対してであり、立ったままであることは、それよりも下位となってしまう。だが、それをも受け入れてもらわなくては、この先も、共にあることは難しい。これはツアレを試すことであり、その気持を確かめる。


 そっと、黄色い花の枝を大事そうに受け取る。

 ツアレは花を渡されたことに戸惑いつつも、嬉しそうに幸せそうに受け取った。


「ありがとう御座います。セバス様」


 そんなセバスの葛藤は知らずとも、ただセバスから送られた真心がとても嬉しかった。


「お母さん! ボクも! ボクも、これしか返せないの!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねるリュートが手にしているのは、幾つものヒダを持つ花弁が鮮やかな赤い一輪の撫子の華。麝香ジャコウ撫子=カーネーション。


「リュートもありがとう」


 こちらは気持ちよく、嬉しそうに。だが、そのリュートの手元には、まだまだ沢山の花束が残っているのを見て、ちょっと複雑な思いが残った。


 渡す相手がまだまだ沢山いそうだなと。

 その相手の事は容易に想像がつく。同僚や、階層守護者の方々にも渡すつもりなのだろうと。

 そうなると、気になってしまうのは仕方がないこと。


「セバス様は、他にも渡す方がまだおられるのですか?」

「いえ。ツアレ、貴女にだけですよ」


 その言葉の意味が瞬時に判ってしまった。


「セ、セバス様が、そ、そんな事言うなんて、ず、狡いです!」

「ツ、ツアレ!?」

「も、もう、セバス様・・・わ、 私だけ、に・・・ですか」


 ほんの聞こえるか聞こえないかという幽かな呟きに対し、


「ツアレ以外に、他に渡せる方がおりませんので」とそのまま返された。


 それを聞いた途端、ぽかぽかとセバスの厚い胸板を叩くツアレの姿があった。

 セバスには、その思いもよらぬ反応に戸惑いを隠しきれない。



セバスの試練

 ミモザ/アカシア  綿毛ポンポン風の黄色い小さな花

 ツアレが未だ見知らぬ花を手ずから渡す事。

 先日の花屋が解決に大いに貢献してくれた。



「それでね、それでね。これ、アインズ様からご褒美って、貰ったの!」


 かつて、漆黒の剣と名乗っていた冒険者達の形見たる短剣を原型モデルに、一から作り直して別物と化した漆黒の剣の印章シンボル

 

 アインズからは、ダンジョン初制覇のお祝いとして用意していた。


 魔法金属/マナ・マテリアル。魔法とは、形質があるようでいてその実、非常に変質しやすい性質を備えたものであり、純粋な魔力そのものは無色透明とされており、その辺りに有るといえば在り、無いといえばどこにも存在しい。ただ、知覚し得るかし得ないかの差があるだけ。

 亡いモノを捜し出し、見付け得る存在。亡きモノを知覚し、使役し得る者。


 そんな存在があればこそ、それは現れたのだろう。


 魔法マジカル金属シウム製の短剣。


 銘を、黒々くろぐろとしているからと【クロ・ノワール】と銘打たれた。変わらぬセンスによって安易に名付けられた代物。

 ただ、類稀なことに、その言葉にはまた別の意味も含まれている。


 フランス語で、Crocsクロ=牙/Noirノワール=黒


 その意味は、漆黒の牙クロ・ノワール。のちに、漆黒のコレクションの一振りとして、【冒剣】と呼ばれる・・・のかもしれない。


 ただ、リュートにはまだその銘が読めていないので、その事をまだ知らない。


 を削って作成されたそれは、抜剣直後は銀白ぎんはく色=鏡のような銀色を呈していたが、徐々に黒変化した。



「あとね、あとね、お願いがあるの!」

「なぁに?」

「どんなことですか?」



   ・・・   ・・・   ・・・



後日談

 その後、セバスはデミウルゴスから、大いにたしなめられることになる。


 そして、セバスが試練を成し遂げた日を記念し、アインズ・ウール・ゴウン魔道王国では、その日付けを愛情の日と定めた。

 愛さえあれば、壁なんてドン! と打ち破れ! ということ。

  性別の壁、種族の壁、大奥/後宮ハーレムの壁をも打ち抜いて、略奪愛すればいい。とか? ただ、そのためにアル騒動もシャル騒動も テロが勃発することになるのは確か。

 アインズの精神的な壁が何枚もぶち破られそうになったとか。


    うそうそ


side story プレイアデス

 

 ユリ ・牡丹の華=ポロッと華が落ちることから

 ナーベラル ・ニンジンの花

 ソリュシャン ・ウツボカズラとモウセンゴケ

 エントマ ・カラスウリの花=放射状の花

 シズΔ ・矢車菊/セントーリア

 オーレオール・オメガ ・桜草


 ルプスレギナ ・ハナ?


 ナーベラルは、一人だけ花を持っていないルプスレギナに疑問を持った。


「ルプスレギナ、花はどうしたの?」

「あ~、もう食べたっす」

「え?」

「私のだけ、生ハムで出来た肉の花っす」

「なるほど」

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