セバスの日常、ハプニングorプライスレス?

セバスの成長と育児休暇【上】 ~告発されしセバス?~

アインズ・ウール・ゴウン魔導王国/城塞都市エ・ランテル


 執事服をまとった年配の男性が、シルクハットと御者服テールコートを纏った子供を、その太くたくましい腕に抱き、エ・ランテルの中央街から外門へと向かい、歩いている。


 抱かれた子供は、その逞しい胸板をてしてしと叩きながら呼びかける。


「おとーさん、おとーさん」


 何事かと足を止め、子供へと顔を向ける。


「リュート、何ですか?」

「んっと、呼んで見た!」


 リュートには何が嬉しいのか、にぱ~っとした幼気いたいけな笑顔を浮かべている。


「そうですか」


 ニコリとした微笑ほほえみで応えると、再び歩き出した。セバスは普段から仕事をこなす際の、謹厳実直ないかめしい表情とは打って変わり、柔らかくも頼もしい、父親の顔をしている。


 十分後・・・エ・ランテル第二城壁街


「お父さん、お父さん」

「リュート、どうしましたか?」


 またも呼ばれたことで足を止めると。


「んっと、呼んで見た!」


 今度も何が楽しいのかは判らないが、楽しそうなニコニコとした笑顔を浮かべているリュートに目を向け、一言。


「そうですか」


 またも嫌な顔一つ見せずに、ニコリとした微笑びしょうで応え、物珍しげにキョロキョロと辺りを見回す子供を腕に抱き、そのまま歩いて行く。


 同じことを幾度も繰り返す子供の言うことすらも優しく受け止め、邪険にせずに受け応えるその様は、まさに慈父を体現するかのようであった。

 セバスの前後左右を行き交う者達は、その様子をそれとなく伺って、自分はどうであっただろうか、自分にも同じことが出来るのだろうかなどと、埒もないことを考えながら、その親子の様子を微笑ましげに見送った。


 ナザリックの家令ハウス・スチュワートたるセバスには、執事としての情報の一切は刷り込まれてはいるものの、育児に関する知識やスキルなどの情報は、一切ない。代替するためのアイテムなども、そもそも存在しない。

 そもそも、育児には正解がない。問題は様々にあり、子供の数だけ違ったものが派生する。その答えも様々にあるが、どれも同じとなることは少ない、その時々によってベストをつくすことが望ましい。ただ、それを適切に実行できるかは、その者次第。


 そんなセバスが試行錯誤の末に考え付いたのが、どんな事があろうとも、至極真面目に正直に、当たり前として接すること。

 どんなにせわしい時であろうと、邪険にすることなく心にゆとりを持って、気を配る。それが出来ずしては、ナザリックの家令など務まるはずがない。と己に言い聞かせ、子供が笑顔を浮かべていれば、己も自然と笑顔で応えている。


   ///   ///   ///


リュートの内心。

【お父さん、何時もはお仕事に掛りっきりで、お部屋に帰ってくるのも遅い。

 帰って来たら帰って来たで、ぼくがすぐ眠くなっちゃう! その後はお母さんが一人占めしてるみたい。だから、今日はリュートが一日おとーさん一人占め!】


 元気一杯のリュートの相手でツアレが振り回されてちょっと疲れ気味かと思ってで回復を促し、興奮気味のリュートは傀儡掌で眠りに付けようかと構いながら隙を伺っていたら・・・ぱったり眠ってしまったり。

 後は・・・言わずもがな?


 ちなみに、元気一杯なリュートは、地力でお母さんをに振り回せる。

 そんな子を育てる為にも、ツアレは入念なて貰いながらも、嬉しそうに、楽しそうに育児に励んでいる。

 ツアレには防御系支援バフを、リュートには筋力系弱体化デバフを・・・それでも、子供のパワーは侮れない。幾重にも掛けられた支援バフにより物理的にはどうにかはなるのだが、どうしてもに振り回される事を免れるのは・・・ナザリックの力を以ってしても如何とも難しい。

 興味本位で何でも口に入れようとしたり、どうやって入ったの? 何をしでかしてくれたかな? と首を傾げざるをえないことが目白押しなのは間違いがない。それもこれも子供がすることだから、予測不可能な事態が常に待ち構えている。


   ///   ///   ///


事の始まりは、大分さかのぼる。


 執務室での、アインズの仕事が一段落したのを見計らい、ペストーニャは声を掛けた。


「アインズ様、折りいっての御相談があるのですが・・・わん」

「ペストーニャ、相談とはなんだ」

「セバス様が、その・・・わん」

「セバスがどうかしたか?」


 何やら後ろめたさを秘めた、憂いに満ちた雰囲気を醸しながらペストーニャは言葉を紡ぐ。


「・・・お休みになられておられないようなのです。わん」

「・・・フム?」


 アインズは顎に手を当て、思い返す。

【そういえば、セバスはここ暫くの間、ずっと傍に控えているのが当たり前になってたっけ】

 思っていたより深刻な話ではなかったことを喜ぶべきだろうが、ペストーニャが心配して相談するほどなのだ。大事は小事より起こるというし、手が回る内になんとかしておける方がいいだろう。


「そうだったか」


 おもむろに扉のそばに控えていたメイドに目をやると、即座にお辞儀を返すメイドに対し、一言。「セバスをここに」とだけ言伝ると、楚々とした仕草で退出していく。


 それからさほど間を置かずに、扉をノックする音が聞こえ、いつもと変わらぬ謹厳実直な様子のセバスが現れた。


「アインズ様、お呼びと伺いました」

「ウム。セバス、つかぬ事を聞くが、休みは十分に取れているか?」

「は、十分に休ませて頂いております」


 アインズがチラリとペストーニャに目配せをすると、ペストーニャは我が意を得たりと言葉を繋ぐ。


「セバス様は、まとまったお休みを取られている様子はございません。・・・わん」

「だそうだ。セバス、ナザリックに勤める者がその様に働き詰めでは、私が困るのだ」

「で、ですが、それでは業務に支障を・・・」

「以前、セバス様が長期任務でナザリックを離れている間、ナザリックではこれといった問題は起こらなかったです、わん。そうそう、セバス様ご自身が支障をきたしておいででしたね」


 チクリと棘を刺す事は忘れない、ペストーニャの舌鋒。


「そ、それは・・・」


 そのことを言われてしまうと、流石のセバスもしどろもどろになってしまう。割と仕事中毒ワーカーホリックの様だ。


 そんなセバスを眺めていると、軽い笑いの衝動が止まらない。そういえば、たっちさんも結婚してから色々と勝手が違うって、戸惑って愚痴ってたっけな。・・・そうそう、丁度いい機会だし、これもありかな。


「・・・そうだな、育児休暇という事例を作る意味で、偶にはリュートとエ・ランテルにでも出かけて来るといい。それと、内々に頼まれて貰いたい事がある」

「は、いかなる御用であろうと遂行してまいります」


 気軽に用事を申し付けるだけのつもりだったが、返ってきた返事は堅苦しいものだった。


「そう肩肘を張る事ではない。セバスにも無関係とは言えないのだからな」


 アインズは、セバスに幾つかの所用をことづけるに至った。


 ちなみに、外の人波に揉まれることがまだ怖いという理由で、ツアレは今回はお留守番。


   ・・・   ・・・   ・・・


 二十分後・・・エ・ランテル第三城壁広場。所謂いわゆる、下町と称されるこの辺りは市場も近く、様々な専門の店ではなく一般の人々が気軽に営む露店が軒を連ねている。


 ワイワイガヤガヤとした喧騒が辺りを包み、人波に揉まれる広場を巧みに歩き続けるセバス。


「お父さん、お父さん!」


 ある一点を見据え、セバスの気を引こうと、懸命にセバスの逞しい胸をペシペシ叩くリュート。


「リュート、何ですか?」

「んっと・・・お腹空いた!」


 元気そうに屋台を指差し、空腹宣言をした。だが、さほどお腹を空かせているようにも見えない。屋台の串焼きの匂いがふわりと漂う様に、食欲と興味をそそられた様だ。ナザリックでは出されたことがない、珍しい料理ということもあるのだろう。


「そうですか。ですが、今日はツアレがお弁当を作ってくれていますから、もう暫く我慢なさい」


 そう言いながらセバスは、反対の手で持っていた大きな大型のトランクに匹敵するバスケットを掲げて見せる。ちょっとしたピクニックに持って来るにしては大きいバスケットの中には、ピクニック用具の他に、沢山のお弁当が詰まっている。


「え~!」


 ソレはそれで~、これはコレ、なぁ~のぉ~! と口を尖らせた顔をしているリュートに、苦笑交じりの笑みを浮かべつつ、言葉を返す。


「リュートは、ツアレのお弁当では物足りませんか?」


 セバスがそっと言い添えると、きょとんとした顔をして。


「うぅん、おかーさんのお弁当、大好き! お父さんは?」


 セバスににっこりと笑い返して応えるリュート。


「私も大好物ですよ」


 にっこりとした笑顔でリュートの関心を上手く逸らすセバス。三年も父親修行をしていれば、このぐらいの腹芸はこなせるようにもなった。それもこれも、子供に関心があればこその修行の成果だろう。


 もし、帰り道でも食べたがったら、その時はその時。・・・ツアレには叱られてしまいますが、良しとしましょう。


 夕飯が食べきれなくなるのでは、と心配するセバスだが、食べ盛りの子供にはなんてことはない。堅苦しいようでいて、まだ弱者である子供に対しては、どこか甘さを残すセバス。


「あ! お父さん、お父さん!」

「リュート、今度は何ですか?」

「お花! お花屋さん!」

「お花屋さんですね」


 セバスはそう言うと、リュートが指し示す花屋の屋台へ、ゆっくりとした足取りで向う。

 アインズから仰せつかった所用の一つに、花が必要だからだ。


「い、いらっしゃいませ!」


 日頃から下町の人々を相手とする露天の店先に、余りにも立派な紳士が訪れた為、緊張のあまり裏返った声を上げてしまった店主。


「さて、花束ブーケにするにはどれがいいですか?」


 リュートに優しく言って聞かせ、選択をゆだねた。


「んっとね~、これと~これ。あと~、これも良いと思う!」


 てきぱきと、見栄えのする花を幾つか選び、指し示すリュート。


「では、それでお願いします」

「は、はい!」

「んっと、このお花はコレとコレ! こっちはこれが良いの!」

「はいはい、これですね」


 リュートは事細ことこまかに注文を付け加えて行く。

 ちょっと差し出がましいのではないかと心配げなセバスを他所に、それに少し慣れてきたのか、微笑ましそうに対応する店主は、言われるがままに包装用として作られた紙でまとめていくと、ふと顔が強張こわばった。その様子をセバスは特に意識することもなく、見るとはなしに見て取った。


「お幾らになりますか?」

「ええっと、ぎ、銀貨三枚でどうでしょう?」=三万相当


 ピクリとセバスの眉根が吊り上がった。書かれていた値札と花の量から、その金額とは計算が合わなかったのだ。


「その値段ではないはずですが」

「で、ですが・・・」


 戸惑いながらも抗弁する店主。


「貴方の仕事の値段は、そんなものではないはずです」

「で、ですが、いつもはこのぐらいで・・・」


 そう、いつもはもっと時間が経ってから、夕闇のなか花売りをする者達が値切りに値切ってなけなしの金を破袋はたいて、商売道具として薄闇でも見栄えがする花を買っていく。これまでは、それなりの高値ゆえに、その値段のままで売れるということはなかなか無い。だったら、いつものように幾らかでも儲けが出る位なら、それでも良いかと割り切っていた。


「この花は、エ・ランテル近郊のものではなく、トブの大森林近くの限られた地域で咲く花だと思いましたが、違いますか? それにこちらは、カッツェ平野のものと良く似ていますね。どちらもこの辺りでは見かけることのないものの筈です」

「そ、そのとおりです。で、ですが、もともとタダ同然で採って来たものを並べているだけで・・・そんなに高い料金を頂いては・・・」


 しどろもどろに成りながらも、お互いに損をするわけではないし、儲けは出るのだから自分は構わない。そう主張する店主。


「ですが、それを実行するだけの労力は別でしょう」

「・・・へ、へい、確かに。仲間がそれぞれ集めてきて、それを商ってるだけなんで」

「では、正確な値段をお教え願えますか」


 これ以上の問答は不要。とばかりにセバスは押し切る。


 普段でも、余り儲けが大きいとは言えない商売である。ただでさえ生花は萎れやすく、仕入れはそれなりに気を使って安く抑えている。持てる限り大量に運び込んで、それなりに時間経過で値引きをしたりして、ようやく捌き切ってやっとトントンなのだ。

 それを持ち込んだばかりのいまの段階で捌くとなると、思いの他高額になってしまうのだが、店主は勇気を出して、正直に告げてみた。


「は、はい、ええと・・・そのぅ、ぎ、銀貨10枚になります!」=10万相当


 それは、一日の稼ぎの3倍以上になってしまう。銀貨三枚でも儲けものなのだが、その3倍以上となると、二の足を踏んだのだ。


 ピクリ、とセバスの眉が動いたのを見て。機嫌を損ねてしまったかと危ぶむ店主。

 嘘を吐いているわけではなく、正直に語る店主に対し、セバスは応える。


「では、銀貨10枚。お確かめください」

「はい・・・確かに。毎度有り!」


 一瞬でも、この紳士を怒らせてしまったのではないかと疑ってしまった店主は、己を恥じた。こんな立派な人が、そんな事をするはずがない。正直に告げてよかったと。


「いただいて行きます」


 そう言うものの、両手が既にふさがってしまっているセバス。


「ボク、もつの!」

「じゃあ、坊っちゃんに。しっかりと持ってくださいね」


 リュートはセバスに抱きかかえられながら、しっかりと手渡された花束を持つ。


「ありがとうございます。またのご贔屓を、お待ちしております」


 頭を下げ、じっとその後姿を見届けた。いつもなら、日が落ち始める頃に毎日のように買い叩かれていたが、今日は余裕を持って家に帰れそうだ。


 かつて、冒険者になったはいいが、そこそこ稼げるようになった途端、5年前の王都で大怪我をして、利き手を損ない不自由になった。日頃暮らしていくには支障はないが、冒険者を続けるには厳しかった時、支えてくれたのは同じ冒険者だった仲間達。各地を巡り、依頼を受けた先々で、依頼をしたわけでもないのに折々に花を仕入れて来てくれる。

 それだけでなんとかかんとか、活計たつきの道に立つようになったはいいが、その仲間の一人が病に倒れた。今度は、俺が助けてやらねぇとな。


 そんな思いを抱え、花屋の店主はいま得た銀貨の使い道を思案している。


   ・・・   ・・・   ・・・


セバスの育休【下】に続く

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