Log 00001-N 『前身:繰り返された歴史の遺物』★

【Log 00001 : 前家主の書斎より回収した文書】

 匆々、この建物を購入し、手紙を見ている貴方へ。

 斯様な土地に建っている家を買われる貴方は、恐らく普通ではありますまい。私と同じ狭間を超える者か、曖昧な幽霊か。或いは神様のような者かもしれないし、電子の海に漂う情報の群体なのかもしれません。兎角、貴方は一般の世界に生き、人に紛れて暮らす人ではないと私は考えております。

 突然不躾なことを言うようですが、良ければ最後までこの手紙を読んでいただけると有難く存じます。


 お察しでしょうが、此処はどのような世界でもない世界。夢と現の狭間、時と場のあわいです。無数の世界線が交差する“焦点”、あらゆる世界の“始点”に当たる場所と言っていいでしょう。

 此処は混沌。この手紙を手に取って読める方――肉体を持った方は勿論の事、電子上にのみ存在する仮想人格さえも立ち入ることを許される場所です。ですから貴方の周囲にはきっと、様々なものが横溢していることでしょう。例えば人間、獣、幽体、神性、機械生命体アンドロイド。或いは手紙、通信ログ、データ屑、バグ。行き場のあるもの、ないもの。知れ渡ったもの、忘れ去られたもの。何でも。

 これらは奔放にして儚きものです。此処に居場所を見つけるものもあれば、元の世界への帰り方を思い出して消えてゆくものも、そのどちらも出来ずただ彷徨うものもありました。そして、私は彼等の居場所となるべく力を行使し、その身の振り方を定めていました。

 あの時が来るまでは。


 これを書き遺すより五十年は前のことだったはずです。この場所に時間という概念があって、私達が観測し記述できる限りに於いては、ですけれど。

 貴方がそれを何と定義するかは分かりませんが、少なくとも私の友人は、それを禍津神と称しました。

 何もない、ぽっかりと黒く空いた穴のように見えたそれは、この“焦点”に至るある世界線の一つから生み出されたものです。禍津神は針の孔より尚小さな状態から瞬く間に膨れ上がり、そして原点へと至る全ての世界を呑み込み――消えました。恐らく、概念すらも呑んで自壊したのでしょう。後には私の力によって護られた此処と、此処にあったものだけが残りました。

 何故私の力で編んだ結界だけが禍津神の暴威を撥ね退け得たのかは分かりません。結界の術式を洗い出し、禍津神について分かる限りの分析を重ねても、私にはその原理から理論まで何一つ説明できませんでした。ですが偶然とは思えません。偶然で禍津神が退いたのなら、この手紙もまた残ってはいなかったでしょう。手の届かない深淵ブラックボックスの中に、私の求めたはあるのだと私は思います。

 とにかく、あらゆる世界線がすっかり消えてしまった時から、此処の意味は変わりました。即ち、ただ漫然とやってくるものの集まる“焦点”ではなく、全ての世界線の“始点”へと。私は残されたもの達を使い、遺された仲間達の力を借りて、今貴方が認知しているであろう世界線を此処から復元しました。


 処置は完璧だったと信じたかった。しかし私は気付いてしまいました。

 世界はただ、単純に復元されただけなのだと。


 復元された世界でも因果律は嘗てと同じように綴られていました。全ての分岐と可能性は、滅ぼされる前のものと全く変わらないものを辿りつつありました。

 私は因果律を変えられなかった。負けたのです。


 復元以上のことが成されなかった以上、歴史は繰り返すでしょう。

 ともすれば、この世界を遍く覆う可能性の力が、一息にそれを退けてくれるのかもしれません。ですが、神の振るサイコロの目の数に賭けているようでは、私達は遠からず二度目の、それも真の終焉を迎えることになる。そのような惨劇を、私には見過ごせません。

 だからこそ、画策しました。運命を変えられなかった、そのことに気付いた時から。円環を構築し、あらゆる世界線からこの場所を分断し、零れ落ちた力と技術を集め――歴史が何度繰り返されても、何度でも此処を全ての開闢と出来るように。そして、何度となく繰り返す中で、自然と歴史が綻びていくように。

 そして今度こそ、私は完璧に終わらせました。

 この家に刻まれた術式は、終焉の訪れを察知した時、此処に遺されたものを使って世界線を復元するよう指定してあります。この復元された世界がどれほどの再現性を持つものかは、分かりません。そして、復元された世界がどのような曖昧さを持ち、どのような不確定要素を持つのかも、分かりません。

 この不確実性こそが希望になると、私は信じたい。信じさせてほしい。

 不確定な要素ファクターが破滅を速めるなんて未来も当然あるでしょう。それでも私は、それすら乗り越えた先があると思いたい。


 さて。

 私は、私に出来ることを全て成したつもりです。最早私には何も残されていません。術式を構築し、刻み込むまでに、長い生と有り余る力のほとんどを使い果たしてしまいました。今や私は老いさらばえ、こうして手紙を書くのがやっとです。病にも掛かってしまいました。

 恐らく、私が此処に居られる時間はそう長くありません。後三年が限度、と言った所でしょう。

 だからこそ、貴方に託したい。幾重も張った結界をすり抜け、家に主と認められ、そしてこの文を見るに至った、偉大な才を持つであろう貴方に。


 お願いです。この場所を護って下さい。

 何時までも、灯を絶やさないでいて下さい。

 灯さえ残っていれば、此処は動き出せるのです。


 きっと、世界は希望を見出すでしょう。

 だから、その時まで、どうか。

 護って。


   ――“Y”


 〔この手紙と共に、未知の鉱物を使ったループタイが同封されていました。恐らく現在の世界線に同一のものは存在しません。 :マスター〕

 〔傷がつかないんですね、これ。成分はただの柘榴石なのに。 :御坂〕

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