99話「床下の収納」

 居間の隣はキッチンになっていた。キッチンと食堂の一体化した、所謂ダイニングキッチンと呼ばれる構造になっている。そこに急ぎ足で向かったのは梓だ。

 梓がここに移動したのは、居間から、このダイニングキッチンに置いてあるコタツが見えたからだ。


「ううん……違いますね」

 そのコタツは、よく見ると、梓が期待していたものではなかった。


「どうしたんだ、梓さん」

 急に隣の部屋に、速足で移動した梓におどろして、駿一が駆け寄った。


「これ、掘りごたつじゃないですね」

 梓がコタツの全貌を見渡しながら言った。

 コタツは、梓の部屋のコタツのように、夏なのにコタツ布団を取っていないということはなく、コタツ布団は取り払われている。このコタツの背は高く、コタツの下は、床のフローリングの上にカーペットが敷いてある状態になっている。周りには椅子が並べられているので、一見、テーブルのように見える。コタツ布団は寒くなってきたらするタイプのコタツなのだろうと、三人の誰もがそう思った。しかし、コタツはコタツである。台の下にはヒーターが設置されていて、今は使われていない電源コードも纏められて骨子の部分に縛り付けてある。

「ああ、こりゃ……椅子で座るタイプだな」

「面白いね。こたつなのに椅子で座れるんだね」


「秘密にすることが必要なら地下の可能性が高いって、杏香さんは言ってたので、もしかしたらと思ったですけど……」

 梓はしゃがみ込んで、コタツを下から見たり、床を手の平で触ったりしている。


「掘りごたつで地下へ?」

「地下への入り口があるなら、より地下へ近い所かなと……いえ、私も良く分からないので、ほぼ勘というか、インスピレーションなんですけどね」

「うーむ、地下に潜んでるか……だからって、掘りごたつの下には出入り口は作らんだろうが……」

 駿一は、梓の発想は、さすがに突飛過ぎると思った。しかし、秘密の地下室がある場所といったら、やはり突飛な場所だろうとも思う。完全に否定はできない。


「地下室って言ったら、床下収納とかあるんじゃないのかな? この家、広そうだし。……うん? 広いから、逆に無いのかな……?」

 瑞輝は床下収納を連想したのでそのまま言ってみたが、やっぱり何か違うと思い、軽く訂正をした。


「いえ……探してみるです。直接地下には繋がってないとしても、何かしらのスイッチとか、手掛かりがあるかもしれないですし。……他に探すところも、もう無いですし」

 梓は少し不安になっている。冬城の部屋に何も無かった。何かしらの手掛かりくらいはあるかと思ったが、それも無かった。ならば、この家のどこを探せばいいのか。梓は自分が途方に暮れつつある状態を実感していた。

 もう虱潰しに探すしかないのではないか。梓はそう思いつつ浮かない顔をして、床に不自然に四角く金属の部分の有る場所へと移動した。

「ここでしょうね」

 梓の自宅の床下収納は、古い造りになっているので床をそのままくり貫いたような見た目だが、現代の普通の家ならば、こういった金属のフレームに囲まれた所が床下収納になっている筈だと、梓は今まで色々な家に上がり込んだ経験から分かっている。


「開けてみましょう」

 梓が言い、二人がこくりと頷くのを見てから、床下収納の蓋を開けた。


「……普通だな」

「……普通だね」

「……普通ですね。当然ですけど」

 床下収納には、ジャガイモや、ちょっとした乾物が収納されている。


「ええと……」

 梓が、床下収納の中身を、ひとまず全部出しながら、中を探ってみる。

「結構、一杯入るんですよね、この中って」

 ベージュ色でプラスチック製の内壁を、梓は注意深く観察し、気になる所や見えない所は手で触れてみている。


「ううん……特に怪しい所は何も無さそうですね」

「やっぱ、床下だから地下ってわけでもねーみてーだな……」

「何かしらのスイッチとか、起動装置をを隠すには打って付けの場所だとは思ったんですけどね。直接的に、地下への扉が開くようなスイッチだけじゃなくて、呪いのトリガーになるようなものとか」

「そっか、単純に目立たない所だから、そういうの、隠してあるかもしれないんだ」

「ええ……そう考えると、洗濯機置き場とかトイレとかも怪しくはありますね。狭い割に雑然としてるし、普段使う所が、かえって盲点かもしれないです」

「なるほど……しかし、そうなると押入れとかもそうだよな」

「屋根裏部屋とかも、探したらありそうかも。あと、書斎の本と本の間とか、よく隠してあるよね」

「そりゃ映画とかドラマの話だろ?」

「いえ……フィクションもノンフィクションに基づいて書かれますからね。同じようなシチュエーションなら、応用する価値はあるです」

「なるほど……一理あるが……どうするか……?」

「手分けして、この家を全体的に、一通り探してみましょう。この家は一通り探りましたけど、トラップが仕掛けてあるような感じには見えないです。でも、念のため、見える範囲からは遠ざからないようにはしておきましょう。それと怪しそうなものを見つけたら、一人では触れないようにするです。家のあらゆるところにトラップを仕掛けて迎え撃つ。というようなことはなかったですけど、呪いに関して重要な場所に、ピンポイントで罠を仕掛けてある可能性は、大いにありますから」

「そうした方がいいな。このままじゃ埒が明かん」

「この家、広いしね」

 梓の言葉に、駿一と瑞輝は納得して、それぞれ家の中を探し始めた。

 しかし、時間は、呪いの手掛かりが何一つ見つからないまま、無情にも過ぎていった。三人は懸命に、そして慎重に呪いを探しているのだが……手掛かりは探し出せずにいる。


「梓さん、何かあったか?」

「いえ……この家には無いのかもしれないですね」

「この家には無い……そ、そっか!」

「どうした瑞輝?」

「人に秘密で何かをやるんだったら、やっぱり目立たない所でやるはずでしょ。だったら、一番目立つ、この家じゃないのかもしれない」

「……考え方としては、アリですね」

「じゃあ、探すのは……離れか、それとも蔵か……」

「離れと蔵もそうですが、ここに来るときに気付かなかっただけで、実は庭に地下室への入り口があったのかもしれないです。これだけの庭を、しかも手入れもきちんとしてあるくらいの財力があるのなら、何かしらの非常用シェルターくらい、個人的には作れるでしょうし、地下ホームシアターなんていうのもあるですし」

「こっそりと呪いをするのには、絶好の場所だね。今はここには冬城さん一人しか居なくなっちゃったけど……、シェルターとか、家族が居た頃も出入りが少なかっただろうし」

「ホームシアターも分からんぜ。案外、すぐに飽きて、置いてあるだけの設備になってるかもしれん」

「どっちみち、この家よりも庭を探した方が良さそうですね。この家は、粗方調べ尽くしましたし」

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