72話「ディスペルカースを唱える」
「精が出るね瑞輝ちゃん」
練習中の瑞輝に話しかけてきたのはエミナだった。
「うん、早く覚えないとね……穢れしその身に解呪の
瑞輝はエミナと話をしながら、ディスペルカースを唱え続ける。
「へぇ……ディスペルカースって本当は凄く難しいのに、この短期間で、よくこんなに使いこなせるようになったね」
エミナが感心する。
「だって、週末は毎日やってたんだもの。今は平日だって、たまに来てやってるし」
「うんうん、最近、来る頻度が多いよね瑞輝ちゃん。私も瑞輝ちゃんがたくさん来てくれて嬉しいよ」
「そ、そう? エミナさんが喜んでくれて、僕も嬉しいけど……だから、これだけ時間を使って、ディスペルカースだけをやってるんだしさ、これくらいは使えるようにならなくちゃ……穢れしその身に解呪の
瑞輝はエミナと喋っている最中も、ディスペルカースを打ち続けている。
「いえ、それにしたって凄いスピードで上達してると思うよ。私なんて、ディスペルカースは結構上級者用だから、ちゃんと使えるか不安だったんだから」
「ええ? そんなに?」
「うん……だけど、瑞輝ちゃんがどうしても必要そうだったから、駄目で元々だと思って教えたけど……ここまで使いこなすなんて思わなかった」
「そ、そうなんだ……」
「この調子だったら、もしかするとダブルキャストだって、すぐに覚えられるかもしれないわ」
「え、ダブルキャスト!?」
瑞輝の手が止まった。
ダブルキャスト。魔法の効果が発現し終わるまでに、もう一つの魔法を使うことができるスキル。つまり、二つの魔法を同時に使えるスキルだ。
瑞輝は時折、このダブルキャストが使いたくてたまらなくなる時がある。ライアービジュアルに加えて、もう一つ魔法を使うことができるからだ。そう、女の子に生まれ変わってしまった瑞輝は、現実世界では自分にライアービジュアルをかけて、姿を変えなければいけない。水属性魔法のライアービジュアルは、主に空気中の水分を変化させて光を屈折させ、自分の周りに像を浮かばせて他の人の目を錯覚させる魔法にすぎないので、瑞輝は男に戻るわけでもなく、実際にはそのままなのだが……要は、転生前の姿に化けるということだ。
女の子の姿になるには、魔法を一つ維持しないといけない。なので、現実世界で魔法を使うにはライアービジュアルを解いて、女の子の姿にならないといけない。
ダブルキャストが使えれば、ライアービジュアルを維持したまま、余剰魔力で簡単な魔法を使えるかもしれないが、さすがに人前で、髪がピンク色の女の子になるわけにもいかないので、実質的には魔法はこっそりと使うしかない。瑞輝はそんな状況が、時折もどかしく感じる。
「あ、それもやりたいんだ?」
「いや……やりたいのは山々だけど……僕の世界は精霊力が薄い感じだし、ダブルキャストなんて夢の夢だよ。このディスペルカースだって、僕の世界で使ったら、成功するかすら分からないし」
「これだけ飲み込みが早いんだったら、案外すぐに覚えられると思うけど……」
「だといいんだけど、ダブルキャストについては何回か試してるんだ。でも、なんだか感触と言うか、そういうのがイマイチよく分からなくて……ディスペルカースは、なんとなく頭で考えた事を一つ一つやれるようになるにつれて、実際に打てるようにはなってるんだけど、ダブルキャストの場合はイメージもあんまり掴めなくて……」
「あー……それ、私分かるかも。なんか体の中の魔力の動かし方が漠然としてるよね」
「そうそう、そんな感じ」
瑞輝が、さすがはエミナさんだ、良く分かっていると、こくこくと頷く。エミナはダブルキャストをとっくに習得済みなので、瑞輝にとっては参考になったり、共感できることばかりだ。
「へぇー、瑞輝ちゃんって、結構理詰めするタイプなんだろうね。だから、体内の魔力を感覚的に動かすっていうのが、スッて出来ないんだと思う」
「うんうん……『スッて』かぁ……」
「何だろう……ほら、手で物を掴むとか、木に登るとか……そういうのって、自然に出来るでしょ?」
「んー……自転車とか、そういういことかな……?」
「自転車……?」
「あ、えっと……スポーツとか?」
「ああ……そうだね、そんな感じだと思う。でも、それも多分、瑞輝ちゃんなら大丈夫だと思う」
「そうかなぁ……」
「体内での魔力の動かし方も、結局頭で考えるんだよ。瑞輝ちゃんの場合は、ちょっと感覚が分からなくて頭で考えられないだけで、一回魔力の動かし方を掴めれば、このディスペルカースと同じだと思うよ」
「ふぅん……ちょっとまた練習してみようかな。これが終わってからになるけど」
「うん、それがいいと思う。でも、今、ディスペルカースみたいな、結構高度な魔法を練習してるから、今度はバランスを取って、他の基礎的な魔法も覚えながら、ダブルキャストみたいな大きい事を覚えた方がいいよ。……急ぐわけじゃないでしょ?」
「ううん……出来るだけ早く覚えたいのは覚えたいけど……何が何でもってわけでもないしなぁ。今の生活にも、それなりに慣れてきたし……あんまり急がない方が、後々いいのかもなぁ……」
「うん、それがいいと思う。まずは、ディスペルカースだけど……だよね?」
「それしかないよ、今は、これを使えるようにしないと。……穢れしその身に解呪の
瑞輝は打った直前に、ディスペルカースが失敗したことを感じた。ディスペルカースは、それを裏付けるように黒い紙を大きく逸れて、墜落するように草原の一画に命中した。勿論、解呪の呪文なので、呪いも何も無い所に当たっても、特に何も起きない。
「はぁ……魔力がちょっと少なくなってきたかも。今日はここまでかな」
「あんまり頑張ると、明日に差し支えるよ。最近、頻繁に練習してるから、その分ちゃんと休まないと」
「そうだよね……」
「あ、そうだ瑞輝ちゃん、いい紅茶の葉、買えたんだ。うちで飲まない?」
「そうなの? じゃあ……お言葉に甘えて」
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