70話「間接的ポルターガイスト現象」

「なあ、ロニクルさん」

 駿一が、寝転がったままで、不意にロニクルに話しかけた。


「はいピ?」

 ロニクルさんは、ノートPCのキーを叩きながら駿一に答えた。


「悠、見たか?」

「まだ見てないプねー。かなり傷心の様子だったピか?」

 二人が会話を始めたことを感じ取った雪奈があやとりの手を止めた。


「そうだなぁ。悠が一人になりたいなんて言い出す時点で、かなりの重症だろうからな」

「ふーむ、そうプね。やっぱり、気になるプか?」

「うん? ……別に」

 駿一が、ごろんと寝返りを打ち、ロニクルさんに背を向けた。その瞬間、ふと、駿一は違和感を感じた。その原因は、駿一自身にもすぐに分かった。駿一の部屋は、いつの間にか駿一が寝返りを打てるほど片付いているのだ。

 何故片付いているのかといえば、それは悠とティムが居ないからだと考えれば、相当な説得力がある。事あるごとに、散らかしては暴れるティム。そして、幽霊なので直接干渉は出来ないが、悠もまた、部屋を散らかす原因だった。駿一だけでなく、ティムやロニクル、雪奈ともガシガシと絡んでいく悠が居ると、様々な要因で部屋が散らかっていくのだ。

 間接的なポルターガイスト現象とも取れる悠の行為に、駿一はいつも腹が立っていたが……居なくなってみると、静かすぎる環境に、中々慣れないものだと、駿一は意外に思っている。


「素直じゃないポねぇ」

 ロニクルが、苦笑いしながらマウスをクリックする。

「ロニクルさんも、随分と地球に馴染んじまったなぁ」

 今となっては随分と地球人臭くなったロニクルさんだが……よくよく考えてみると、こちらには、それほど違和感は感じない。

 ロニクルさんの場合は、徐々に地球の感覚に適応していったからだろうか……確かに、悠とティムは、急に居なくなった。だから落差が……。


「いかんいかん……一番目と二番目に厄介な奴らが、一時的とはいえ消えてるんだ。余計な気を揉まずに、自由を謳歌せねば……」

 頻繁に部屋に来るメンツは、今は二人、おとなしい雪奈と、しっかりもののロニクルさんだ。ロニクルさんは、もう人の部屋に裸で来るような、いつぞやのロニクルさんではない。身なりもきっちりとして、マナーも良いし、何より綺麗好きだ。

 悠やティムが居なくても、部屋は徐々に汚くなっていくのだが、たまにロニクルさんが片づけてくれるおかげで、かなり快適に暮らせている。そのロニクルさんも、悠やティムが居た時は毎日のように俺と後片付けを担当していた。一夜にしてタンスをひっくり返したような汚さになった一ヶ月少し前と比べれば、今は楽園なのではないだろうか。






「ふふ……ふふふふ……凄いじゃないか、瑞輝」

 暗い部屋の中で、住人が不気味に笑う。桃井瑞輝、彼もまた、特殊だったのだ。呪い、怨霊……色々と不思議なものを目にしてきて、その度に胸を躍らせていた。

 そんな中での、一ヶ月と少し前の出来事を、住人は忘れることが出来ない。そう、吉田を怨霊にして遊んでいた時だ。

 あの時は、吉田の怨霊が思うように動かなく苛立っていた。吉田を怨霊にするのにも骨が折れたのに、怨霊になっても、あまり楽しいことにならなかったからだ。


 この呪い指南の本に|擬反魂_もどきはんごん》という項目を見つけた時から、それをどう実行しようと常に考えていた。

 そんな中、瑞輝に対しての吉田の態度に、住人は目を付けた。吉田と瑞輝の過去に何があったのだろうと踏み、深い因縁があるのだろうと思ったからだ。

 それがどんな因縁だかは、未だに分からない。瑞輝はそもそも内気な上に寡黙な性格だ。なので、こちらが過去の話をしつこく聞くこと自体に不自然な印象が生じる。だから聞くことはできなかったが……吉田には、さり気なく聞いてみた。だが、それでも思ったような答えは返ってこなかった。吉田はどこか怯えたような様子で、こちらに怒りを露にしてきたのだ。吉田からも聞くことは難しく、結局、今になっても分からないままだということだ。

 しかし……その時の吉田のリアクションは、明らかに過去に何かがあったという裏返しでもあった。住人はその時、二人に因縁がある事を確信した。

 そこからは長かったが、楽しくもあった。吉田の過去の何かの気持ち……探り探りであったが、住人は最終的に、何かの後ろめたい事による不安と、瑞輝に対しての支配欲、そして瑞輝への嫉妬からくるものなのだろうと見当を付けた。

 そして……吉田の密かな相談役となり、連日、その感情を煽ったのだ。

 だが、結果は惨憺たるものだった。吉田の怨霊は、ありがちなポルターガイスト現象のようなもので、何回も瑞輝を吹き飛ばしただけだったのだ。なんと芸の無い現象だろう。住人は失望した。


 しかし、二回目は違った。吉田は更に拍子抜けなことにはなったのだが……呪いよりも楽しそうなものを見つけた。それは住人にも予測できるはずもないことで、住人も、口をあんぐりと開けて驚くしかなかった。

 瑞輝は魔法を使える。一瞬で姿が女に変わり、なにやら呪文のような文言をぶつぶつと言った後、瑞輝の手からは光の球が飛び出して、吉田を無に帰したのだ。


 その様子は、まさに魔法使いだった。あの忌々しい梓などという奴が用いる、お祓いのようなものとは明らかに違う。あらゆるまじないを見てきた住人の直感だが……あれは正真正銘、本物の魔法ではないか。住人の心は踊る。

 あれが魔法か魔法じゃないかは、大きな問題ではない。いや……むしろ不明の方がいい。それが本当かどうかを確かめる楽しみが生まれるからだ。


「ふふふ……」

 瑞輝の魔法を目の前で見た。その事を思い出して、住人は宙を見てにやけつつ、手元の本に目を移す。瑞輝の魔法も魅力的だが、当然、呪いの方も、まだ楽しみ尽くしてはいないからだ。

 住人は、この「呪い指南」に載っている呪いのうち、二割も実行していない。その大きな原因は、今の呪いが楽し過ぎるからだ。自分の呪い一つで次々と人が死んでいく。そのことに、住人はぞくぞくする快感を覚えるのだ。


 住人は、何回も繰り返し読んだ「呪い指南」に、更に目を走らせながら、傍らに置いた瓶を撫でている。これを作るのにも骨が折れたと、住人は、まるで我が子のように、その中身に愛おしさを感じている。瓶の中にある紫の粉。これを作るのも大変だったからだ。机の脇に置いてある、住人の体の腰ほどもある像、この像を購入するのにも、手間と金がかかっている。とはいえ、既に、それだけの元は取ったと、住人は思っている。いや……もうお釣りがたんまりと出るほどだろう。

 住人は、夜通し「呪い指南」を読みながら、瑞輝をどう動かして実験してみるかと思惑を巡らせるのだった。

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