33話「メタ」

 空には大小様々な雲がゆっくり流れている。その下には、瑞輝達二人のすぐ上の木が目立つ。木には時折、小鳥がとまり、心地良い鳴き声を発する。そして、大きな木の幹は、二人が寄り掛かるのに十分過ぎる程広く楽な体勢になるには丁度良く、巨大な体躯によって出来た木陰は二人をすっぽりと包み、さやさやとそよぐ風も相まって、練習で動いて火照った体を冷やしてくれる。


 瑞輝の住んでいる、現代社会の環境とは全く違う。天然自然のままの物を上手く活用し、現代社会では味わえないような心地良さを生み出している。パソコンは無いし、そもそもネットが無いのでスマートフォンを持っていても通信は出来ないという不便さはあるが、たまに、こうやって、所謂中世ファンタジーのような環境の中で過ごすと、凄く心が落ち着く。


 連続殺人。そして、ティムは大怪我をして、吉田は死んでしまった。ティムが大怪我をしただけだって気が滅入るのに、次は吉田が、しかも殺されてしまったというニュースが、クラスの、学校の、近隣住民の人々に、そして瑞輝自身にももたらされた。そして、瑞輝は知っている。恐らく、連続殺人犯は人間ではない。得体の知れない骸骨頭の大鎌使いだ。

 このファンタジーの世界では、そういった、まさにモンスターと言うべき異形の者は珍しくないし、実際に、モンスターと呼称され、世界各地に存在している。リビングデッドにも会ったし、ドラゴンにも会った。この町の魔法雑貨店にはシェールというエルフが居るし、禍々しい外見を持つ、エビルジャーム兵と言われる異形の集団とも戦ったことがある。

 そして、エビルジャーム兵の集団と戦った時、現実世界に、そういったモンスターが現れたら恐ろしいことになるのではないかと思ったことがある。今となっては、およそ現実的ではない話だと思っていたが、まさか本当に現実世界に異形の存在が現れることになるとは思いもよらない。


 現代社会に骸骨頭の死神が現れた。その事実に対して、瑞輝の世界の人間は、どうやって抵抗したかといったら、抵抗という抵抗は何もしていない。軍隊が動くわけでもない。また、軍隊が動いたとして、あの怪物にどこまで対抗できるだろうか。巷では、銃は効かないとか、物理攻撃は効かないとか、そんな噂で溢れかえっている。確かに、この世界にも物理耐性が強く、魔法でないと、ほぼ太刀打ちできないモンスターというのが存在する。あの怪物が、その類の耐性を持ち合わせていたとしたら……地球の軍隊が総がかりになっても、あの怪物は生き残るだろう。……いや、そもそも警察が証拠を見つけられていない今、軍隊が動く筈もないので、その心配は全く意味の無いことか。

 唯一の頼みの綱は、梓だろうか。梓は、どうやら本当に「まじない」によって負の力を退ける力を持っているらしい。とはいえ、梓も、怪物と戦って勝てる自信は、あまり無いようだ。となると、あの怪物はどうなるのか。このまま野放しにされて、人の首を切ってまわるというのか。考えただけでも瑞輝の体は震えあがった。


 そして、梓が駄目なら、もう誰も居ないのか。そう考えた時に思い浮かぶのは自分自身だ。瑞輝は、まさに今、あの怪物に対抗するために光属性魔法を練習している。しかし、それは、自分一人で、あんな化け物と戦わなくていいように、梓をどうにかサポート出来ないかと考えた結果、導き出されたことだ。超常現象やオカルトについての専門家である梓でどうにもできなかったのなら、瑞輝自身が太刀打ちできるわけがないのだ。


「……」

 連続殺人事件の事を考えれば考えるほど、不安、恐怖、そして重圧が、何故かどんどん気持ちを支配していく感じがする。今、頼れるのは梓だけなのではないだろうか……。


「……瑞輝ちゃん?」

「えっ、うん?」

「あ、起きてたんだ。なんか、ボーっとしてたから、目を開けたまま寝てるのかなって思っちゃった」

「えー? いくらなんでも、そんな器用なこと出来ないよ」

「そう? お父さんなんて、お昼寝する時に目を開けながら寝るんだよー、もーやだよねー」

「そ、そうなんだ? なんか、結構上品な人だって印象だけど、そんな所もあるんだね……あ、そうだ」


 瑞輝はリュックサックから、映画のパンフレットを取り出した。このパンフレットは、ティムが大怪我た時のすぐ前に、映画館で買ったものだ。だから、瑞輝にとっては少し嫌な感じがする。なので今回は、このパンフレットを持っていくのをやめようかと思ったのだが……それは瑞輝自身の思い出がそうさせているのだ。だから、見るのはなんだか嫌だけど、我慢して持っていこうと、瑞輝はそう心に決めて持ってきたのだった。


「これは……レッドドラゴン? それにしては、羽の形が独特だけど……」

 ミーナは、「ドラゴンバスターナイツ ディレクターカット版」のパンフレットの表紙を見て、そう言った。パンフレットの表紙には、大きなドラゴンがでかでかと描かれていて、それに対抗する人達は、比較的小さく描かれている。それはきっと、ドラゴンの強大さを示すためなのだろうと、瑞輝は洞察する。


「これは、なんというのかな……ドラゴンの本当の形を知らない人達が勝手に想像して書いた絵だから、多分、実際には、こういうドラゴンが居ないんだと思うよ」

「そうなの? ……そうだよね、瑞輝ちゃんの世界って、人間が多くて、モンスターはあまり居ない世界なんだっけ」

「うん……そう……だと思う……」

 瑞輝の心に骸骨頭の大鎌使いが思い浮かぶ。果たしてモンスターが居ない世界だと言えるのか……最近、少し分からなくなってきた」


「エルフも居ないし、殆ど人間族なんだよね、不思議な世界だなぁ、私も行けたらいいのにな、瑞輝ちゃんに会う機会も増えるし」

「そうだねぇ……エルダードラゴンさんが、エミナさんの分もやってくれればいいのにね」

 エルダードラゴン。凄く歳を重ねたドラゴンなのだが、エルダードラゴンの力が無ければ、瑞輝はこの世界と自分の世界を行き来する方法を得ることは出来なかっただろう。


 ――ぺらり。

 瑞輝が何の気なしに、ページを一枚めくった。


「ふぅん……こっちの弓はロングボウみたいだけど……何で出来ているのかしら。ニスは随分と上等なのを使ってるみたいだけど……」

「ああ、そこなんだ……まあ、そうなのか……」

 エミナさんの興味を引いたのは、どうやら龍を討伐するパーティーの一人が持っている弓のようだ。この世界のように一般的な道具ではないし、映画撮影に使う弓なので、ニスが上等なのは、確かにそうなのだろう。

「あんまり飛ばなそうだよね、威力も出なそうだし……儀式用にも見えるけど、儀式用にしても、装飾が簡素だし……」

「ああ、なるほど……」

 さすがファンタジーの本場に住んでいるエミナさんの考察である。凄い説得力を感じる。その説得力を裏付けることは、自分には出来ないが……。


「そうなのかもしれないね」

「でも、レザーは上等なのを使ってるわ。私もこんないい洋服着たいなぁ」

「そ、そうだね……ふふっ」

 エミナさんに悪気は無いのだろうけれど、ナチュラルに、かつ現実的に映画の不整合な所にツッコミを入れている毒舌なエミナさんがなんだかおかしくて、瑞輝は笑いを必死で耐えたのだった。

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