23「公園で会う転生少女と巫女」
「あ……」
授業も一通り終わり、帰ろうとする瑞輝の目に、赤と白の巫女服が映った。今日のような日差しの強い日には、巫女服は凄く映える。梓はぺこりと会釈すると、瑞輝に近づいた。
「こんにちは、昨日は眠れましたか?」
「いや……色々あって、昨日遅かったのに早く起きてしまって……」
自分が女の子で魔法が使えて異世界に行き来できることに比べたら、朝から何故かクラスメートの女子が部屋に侵入していて自分を起こしてくれたことなんて、驚くべきことではないが……それでも話がややこしくなりそうなので、普通に答えておこう。瑞輝はそう思って、できるだけやんわりと昨日から今日にかけての事を伝えた。
「そうですか……」
瑞輝は梓の顔が曇ったように感じて焦った。
「ああ、いえ、その……ティムの事は、命は助かったんだし、いいんです。でも、ちょっと気が滅入ってて……」
「そうなんですか、じゃあ無理強いはできませんね。気持ちが落ち着いたら、ここに連絡下さい」
梓が瑞輝に電話番号が書かれた紙を手渡す。
「いや……大丈夫です、多分。……話しますよ」
瑞輝は受け取らなかった。後回しにしてもしょうがないし、この巫女さんは、あの杉村さんに比べると優しそうだと思ったからだ。
「そうですか? 辛くなったら言って下さいです。いつでも中断しますから。じゃあ……公園あたりに行きましょうか」
――キリ……キリ……。
公園のブランコが軋む音が、二人の耳に響く。音は二人が僅かに動いただけでも鳴るので、ひっきりなしに鳴っている。
「角が生えた骸骨ですか……」
「衣服はマントだけでした。しかもボロボロで、穴もいっぱい開いてて……でも、どんな人が着ていたのかは分かりませんでした。もしかして……あれは怪物なのかなって」
「怪物……?」
「そもそも人なんて入ってないんじゃないかって。あれ自体が怪物なのかもって、そう思うんです」
あの異質な感じ、どす黒い魔力……人間のものとは思えない。ただ、この感覚は異世界で人外を見慣れた結果ではないか。変な風に思われないかと瑞輝は少し不安だ。
「怪物……」
梓の思い浮かべた容姿はまさに怪物のそれだった。これで犯人が……実行犯が人間だという可能性は更に低くなる。
「そう……ですか……犯人の容姿がここまで明確に分かったのは良かったです。その……手には何か持ってたですか?」
梓がこの質問をするには相当な覚悟を必要としたが、意を決して聞いた。この質問は、瑞輝にとってもトラウマになっているかもしれないと思ったからだ。
「鎌を……大きな鎌を持ってました。多分、それでティムを斬って……その後にきっと僕も……」
梓の頭に、更なる情報が入る。大きな鎌。これも威圧的だ。一つ前に聞いた怪物のような容姿とも合わせると、相当気の強い人でも平気ではいられないだろう。
「体格はどうでした?」
「体格……えっと……」
瑞輝は言葉に詰まった。ティムよりは大柄だが、そもそもティムは小柄な体格だ。ティムより大柄な人は珍しくない。
中肉中背かといわれると……瑞輝は異世界で巨大サイズの生物を嫌というほど目にしているので、その基準もちょっと信用できない。
「ちょっと分かりません」
考えた挙句、瑞輝は分からないと答えることにした。
「そうですか……ん?」
瑞輝の手に力が入っていることに、梓は気付いた。
「あ……瑞輝さん……?」
「……大丈夫です。思い出すと少し、怖いけど……でも、それを気にしてもしょうがないし」
「そう……強いんですね、瑞輝さんは」
「え……そんなんじゃないですよ。僕は弱いんです。だから、何でもかんでも気にしてたら、潰れちゃうんです」
「だから気にしないと?」
「はい。前までは、ほんと、細かい事まで何でも気にしてしまって……悩んでたんです。酷い時には寝込んじゃった時もあったり。でも……結局それって、自分が苦しいだけなんですよね。人にとっては何の効果も無いし、自分も前に進めないし……」
梓は何も言わずに、こくこくと二度頷いた。
「だから、前に進もうとして……それでもだめなら逃げていいんじゃないかって、そう思えるようになって……」
「なるほど……なんだか分かった気がします」
「え?」
「逃げてるうちに、耐性が付いちゃったんですね」
「あ……あはは……」
瑞輝は苦笑いしか出来ない。瑞輝にとっては、なんとも笑えない冗談である。確かに異世界に居た時は、死ぬほど嫌な事……というか、本当に死んでしまうかもしれない出来事が、いくつも舞い込んできた。いや、そもそもの発端が死んだことなのだが……なんにせよ、懲り懲りだ。こういったことは二度と起こらないでほしいものである。
「あ、そうだ」
瑞輝は異世界の事を思い出したついでに、この前の病院での出来事も思い出した。
「この前話しそびれた魔法の事なんですけど」
「ああ、そういえば」
「僕、魔法を使えて……魔力を感じられるみたいなんです。だから、僕、魔力を感じて……」
「魔力を追っていたら、それは、あの怪物が発していた魔力だったと」
「はい……今、思うと、もっと警戒すればよかった。ここで魔力を感じること自体、おかしかったのに……」
「……自分を責めないでくださいです。人間、そんなに毎回、適切に判断できる人は居ないですから」
「でも……」
「後悔、してるです?」
「はい……」
「だったら、それがその証拠です。人間、その時の最善手を見つけて実行できる人なんて居ないです。むしろ、星の数ほどある可能性の中では、最善手はほぼ実行できないでしょう。だから、人は後悔するんですよ」
「……ありがとう」
「どういたしましてです。さ、続き、どうぞ」
「はい……ティムが斬られた後、怪物は僕に向かって鎌を振りかざしたんです」
「瑞輝さんに?」
梓にとって、その発言は新たなる手掛かりだった。
怪物の行動の法則性。怪物は誰かに大鎌を振るうために行動しているのではなく、誰かを大鎌によって殺すために行動しているのだ。ティムを仕留めきれなかったから、怪物は動き続けて……今度は瑞輝に狙いを定めたのかも。梓はそう、怪物の行動に一応の理由を付けた。しかし、だとしたらその後の出来事に矛盾が生じる。
「その後……怪物は瑞輝さんに斬りかかったんですか?」
「斬りかかる直前でした。あのまま放っておいたら、斬られてたと思います。でも……追い払ったのか、それとも倒したのかは、自分でも分からないんですけど……」
「倒した……でもどうやって……あ!」
「お察しの通りです。魔法を使ったんだと思います。こんなこと言っても、信じてもらえないと思いますけど……」
「いえ……信じます」
梓自身も霊を祓ってこの世から消滅させることはできる。それに、ビッグフット、妖怪、宇宙人も、目撃している。だったら、誰かが魔法を使えることくらい驚くことではない。貴重な手がかりの一つになり得るだろう。
「この姿は、あまり人には見せたくないんですけど……」
瑞輝は周りを確認して、人が見ていないと思われるタイミングを見計らって、ライアービジュアルを解いた。
「……実は、僕、女の子で」
「あ……ええっ!?」
おっとりとしていて、物事にはあまり動じそうにない梓が甲高い声を上げたので、瑞輝も意外に思って少し驚いたが……。
「いや……当然ですよね。びっくりしたでしょ」
「え……あ……はい。びっくりしたです」
梓はまだ、ぽかんと開いた口を閉じられない。魔法が存在することについて驚くことではないとは思ったが……いきなり目の前で女の子に。しかも、薄ピンクで長い髪の、アニメか漫画の世界から飛び出てきたような姿に変わってしまったのだから、驚かないことなどできない。
「……あれっ!?」
梓は瑞輝の衣服も女子セーラー服に変わった事に気付いた。
「ああ……これ、服も込みで化けてるんです」
「化けてる……ってことは、こっちが本当の姿……?」
「そうなんです。今の僕は、桃井瑞輝であって、桃井瑞輝ではない。うまく言えるか分からないけど……元の桃井瑞輝が死んで、転生した桃井瑞輝なんです」
「ん……なるほど、一回転生して、この姿になったと」
転生。その概念は梓も知っているので一応納得はしたが、いざ遭遇してみると、なんとも奇妙で理解し難いものである。
「灼熱の火球よ、我が眼前の者を焼き尽くせ……ファイアーボール!」
瑞輝の手から放たれた赤く燃え盛る球は、真っ直ぐに直進すると、地面に当たりボンッと小さな爆発音をたてて爆発した。
「あっ……」
爆発地点には、焦げて黒ずんだ地面と、何本かの灰色の煙が残った。
「い……意外と威力が出ちゃった。次からはファストキャストでいいかも……」
瑞輝は周りを気にしてきょろきょろと見渡したが、幸いなことに、この現象に気付いているのは自分と梓だけのようだと一安心した。
「ファイアーボール……まさに魔法です……」
ファンタジー世界さながらの出来事に、梓は驚き、気分が昂る。
「でも……これなら確かにあり得る話かもしれないです……」
梓にとって、魔法は未知の領域だが……これほど見事に見せつけられては納得せざるを得ない。
「魔法で、ティムちゃんを襲った怪物を倒したか……または追い払った。そういうことですか」
「多分、そうだと思います」
「じゃあ、魔法を使えば、瑞輝さんは怪物を倒せると」
「いえ……もう同じ威力は出せないと思います。消耗させることくらいは、もしかしたらできるかもしれませんけど……」
「そうですか……」
「ここだと魔法が弱まるらしくて……なんか、あっちの世界と違って、精霊とかの魔力を強める力が弱いから、魔法自体は使えるけど、効果は弱まってしまうらしいんです。でもあの時は……僕は平常心だと、普通の魔力しか出せないけど……あの時は必死だったんです。ティムを助けないとって。以前にも何回かあったんです。精神が昂ると、魔法の威力が凄く強まることが。だから、あんな強力な力が爆発的に出せたんだと思います」
「あ……そういうのがあるんですか……」
もしかしたら、瑞輝が居れば、怪物の被害を未然に防げるのではないか。梓は考えたが、安定しないようだ。杏香の方も、他の仕事で忙しいらしくて、こちらに来る頻度は少ない。だとすると、梓自身がどうにかしないといけない。もしかしたら悪魔の類かもしれないような怪物に本格的に対抗することはできるだろうか。梓の手に、自然と力が入る。
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