17話「現代世界の魔力」

「いや、しかし即席メンバーにしては楽しめたな。チケットが無駄にならなくてよかったよ」

 すっかり夜の景観になった町の中で、ティムが満足そうに楊枝を歯に当てている。


「そっか、ティムちゃんは、どこかへ遊びに行くときは、いつも駿一君達とだもんね」

「ああ、そうだな。だからボクにとっては特に新鮮なのかもしれないな。学校とか、どこかで偶然誰かと出くわしたりした時は少し話すが、こんな感じで本格的に遊んだのは始めてかもしれないよなぁ」

「てか、基本、駿一と一緒に居るよな、お前」


 上田が携帯ゲーム機を弄るのに下を見ながら歩き、そうしつつも更にティムに質問している。瑞輝は隣でそれを見て、器用なものだと感心した。


「三人が転校してきてから、あのグループ仲いいわよね」

 空来も上田に同意し、続けた。


「というか、あの三人とは学校に来る前から顔見知りだったって聞いたけど」

「ん……まあ、間違ってはいないがな……ボク達が会ったのは、転校する直前でな。あの時に色々あって、みんな駿一と知り合ったんだ」

「転校する直前……」

「崎比佐の奴が行方不明になってた時くらいかな」

「へえ、そういえば、そんな事があったわ……うん? 瑞輝君、どしたのさっきから? なんか、後ろ見てるけど……」

「いや……」


 瑞輝は後ろに感じていた。この世界で存在するとは思えない力……いや、この世界だから感じたのかもしれない。他の場所には無い、全く異質な力『魔力』を。

 あっちの世界で魔力を感じなかったのは、魔力がそこらじゅうに存在していたからか。それともあっちの世界の人間に転生してしまったからなのか、もしくはそのどちらもか……。

 この魔力の湧き出る源泉みたいな感覚は何なのだ。それとも、違和感の元は自分の方にあるのか。

 そういえば、さっきファンタジー映画を見たんだった。もしかして、光を感じる目、味を感じる舌のような、魔力を感じる器官が瑞輝自身の体に備わっていて、それが誤動作を起こしているのだろうか。


「……なんでもないよ。気のせいだと思う、多分」

 口で言っていても、この不可解な感じはどうしても気になってしまう。


「お? そう言われると、なんだか様子がおかしいな瑞輝。なんかあったんじゃないのか? ボクは相談にならいくらでも乗るぞ?」

「いや、本当に大丈夫だから。ちょっと気になることがあっただけ。確かめようかとも思ったけど……面倒だからいいよ」

「ふぅん……まあいい。今思い返すと不思議な巡り合わせだがな……その時に一人、また一人と、あのメンツが駿一のアパートに顔を出すようになったのだ」

「あ……! なんか駿一君が愚痴ってたわ!」

「愚痴ってお前……」

「なんか、アパートに入り浸っててやかましいとかウザいとか……」

「ああ、それはいつものことだから、気にせんでいいぞ」

「そ、そうなの?」

「ああ。ボク達五人は仲がいいからな」

「ふぅん、そういうものなんだ……五人って、ティムと駿一君とロニクルさんと雪奈ちゃんと……?」

「ん? ああ、そうだったな、四人か」

 悠はあの四人以外には見えない。ティムはその事をうっかり忘れていた。ティムには悠が当然のように常に見えるので、気を抜くとついつい忘れてしまうのだ。


「やっぱりその四人なんだ。……結構大変じゃない? あの四人がアパートに居るって」

「ふむ。駿一もたまに辛い顔を見せる時があるのだ。奴は面倒見もいいからなぁ、実は私も駿一のアドバイスがあったから、今まで駿一以外と絡むのを控えていたのだ」

「アドバイス……?」

「もっと人間の事を知ってから、他の人間と話せと言われてな。最初は納得しかねたが、よくよく考えればその通りだ。人間独特の文化を知らずに、最初に非常識な事をして顰蹙を買うのも嫌だしな」

「え? えーと……何? 人間?」

「ん……? ああ、そうか、ボクも人間だったよな……まあその、なんだ……ロニクルさんは宇宙人……ではなく、お嬢様学校の出身だから、この学校の事知らずに色々とまずいことをやらかす恐れがあるわけだ。それは同じ転校組のボクにとっても同じことだというわけだ」

「あー……やりたいことは分かるわ。うん」

「ああー、確かにもうちょっと学んだほうが……」

「お? なんか言ったか?」

「な、何でもないよ」

 ティムがお好み焼き屋の一件とぴったりと合致した事を言ったので、瑞輝は思わず相槌を打ってしまったが、そんなに蒸し返すことではないので何も言わなかったことにしておこう。


「そうか? 何でもないならいいが。……ふーむ、しかし……なんともやりづらいことだなぁ……」

 ティムはぼそりと呟いた。

 ティムは常々、思ったことをすぐに口に出せないのは面倒だと思っている。なので悠の事も、自分が人間じゃないことも、喋れないのは本当に窮屈だと思っている。


「ん……? ……ところで瑞輝」

「え? さっきの事なら本当に何でもないから、流していいよ」

「いや、その前の事だ。なんかそわそわしてるぞ、さっきよりも」

「ああ……うん……」


 さっきから感じる妙な魔力。その不気味な魔力は徐々に膨らんで、強くなっているような気がする。

 瑞輝は魔法については無知だと思っているが、この状態は異常過ぎると直感が訴えている。これはさすがに、無視しない方がいいかもしれない。瑞輝自身の事であれ、それ以外の事であれ、一回覗いてみた方がいいのではないだろうか。


「どうしても気になっちゃって……やっぱりちょっと行ってくるよ」

「ほう……そうか……じゃあボクも付き合うよ」

「え……い、いや……いいよ、一人で大丈夫だから」


 瑞輝がやんわりと断ろうとしたら、空来までもが声を上げた。

「私も……行っていいかな、なんか、面白そうだし」

「お前ら物好きだな、俺は帰るぞ」

 上田はさっさと帰ろうとしている。これは瑞輝の予想通りだ。上田はむやみに物事に首を突っ込まない体質だ。というか、普通はそうだ。


「うん。ティムと空来さんもいいんだよ、僕の用事なんだから」


「まあそうだが、ついでみたいなもんだ。付き合うよ。空来もロニクルさんに負けず劣らず、内気なくせに好奇心が強いからなぁ、だからだろ?」

「えへへ……」

 二人共すっかり乗り気みたいだ。瑞輝は少し、気が重く感じる。


 もし本当に魔法が絡むのだとしたら、僕の体が何らかの反応をするのかもしれない。現に今も、今まで感じなかった魔力を感じている。

 もしもの事があったら、二人に正体を隠しきれるだろうか。前のように、じっくりと何日もかければ、それなりの嘘はつけるだろうけど……今回は何が起こるか分からない。その場で咄嗟に言いつくろったところで、僕の頭では誤魔化せる自信が無い……。


「……そ、そうだね、確かに、もうすっかり夜だし、一人じゃ危ないよね」

 瑞輝は諦めることにした。無理だ。そもそも、今も誤魔化しきれていないし、完全に二人に押し負けている。なんとも不甲斐ない話である。


「ほれ行くぞ、案内しろよ」

 ティムが瑞輝の肩にポンと手を置く。

「うん……」

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