1章 エルフの里 編

6 お出迎えは狐耳少女のメイドです


 船坂が今見上げているのは、立派な石造りの三階建て洋館である。

 丘の上に鎮座したその洋館は、里のエルフたちの営みを何代にもわたって見守って来た様な、どこか暖かみのある雰囲気があった。

 重厚さとも美麗さとも違う、優しい建物に船坂は思えた。


 玄関口の側までやって来ると、途端にバアンと扉が開く。

 するとそこからメイド服の様なものを着た狐耳の年頃少女が飛び出してくるではないか。

 小柄な体躯に不似合いな、とてもふくよかな胸をした狐耳少女だった。


「レムリル!」

「おかえりなさいアイリーンお嬢さまっ。ご無事で何よりです!」

「おかげさまで避難民を連れて里までたどり着きましたっ」

「本当に良かったです!」


 船坂の目の前で抱き合った領主と使用人の図式である。

 どうやらレムリルと呼ばれた狐耳少女はアイリーンの屋敷で働いているメイドか何かであるらしい。


「お嬢さま、こちらは?」

「ご紹介が遅れましたね。この方は女神様のお遣わしになった守護聖人のフナサカ・コウタロウさまです」

「女神様の守護聖人? そんなご冗談はバチあたりですよお嬢さま!」

「驚かないでくださいよレムリル。コウタロウさまは集落を襲ったドラゴンを、なんとお独りで討伐なさったのです」

「?!」


 不思議そうな視線を向けていた元気な狐耳少女は、船坂が龍殺しだと説明されててきめんに驚いた。

 龍殺しの英雄はチビったりなんかしません。


「龍殺しってドラゴンスレイヤーですよね! ドラゴンを倒されたのですか?」


 驚いてみせると同時に豊かな胸が激しく暴れ、船坂はあわてて視線を明後日の方向に向ける。

 初対面でこの態度は失礼だが、女性の胸をガン見する方がもっと失礼に当たる。


「やあはじめまして。合衆国海軍ネイビーシールズ・チーム2所属、フナサカ・コウタロウだ」

「ねいびぃし~るず・ちぃむつう?」

「こ、コウタロウでいい。よろしくねっ」


 初対面の相手にプレイヤーキャラの設定を説明してもやはり無意味だ。

 船坂は以後この恥ずかしい自己紹介は封印する事にした。


「さあ。ここで立ち話も何ですからレムリル、応接室にご案内してください」

「わかりましたお嬢さま! コウタロウさまこちらですっ」


 案内されるままに三階建ての洋館に入れば、玄関のすぐ奥には大きなスペースが広がっていた。

 コンコースとでも言うべき大広間の四方には複数の部屋が配されている。

 そのまま部屋のひとつに案内されてみると、立派な応接セットの配置された場所だった。


「すぐにお茶をご用意しますから、コウタロウさまはそちらにおかけになってくださいね」

「ありがとう。なんか汚れた戦闘服のまま座るのが申し訳ないのだが……」

「龍殺しの英雄さまなのですから、細かい事は気になさらないでくださいっ! しかもお召し物は埃ひとつ付いていませんよ?」

「って、あれ? 本当だ!」


 船坂が改めて確認すると、迷彩柄の戦闘服は新品同然だった。

 ついでにジョビジョバしたはずの股間も、下着は洗濯したての独特の履き心地を維持している。

 ジョビジョバどこいった!

 もしかすると時間経過とともに汚れや破損も修復されるのだろうか。


 ここまでくると船坂はリアルチート人間なのかも知れない。

 などと思っていると、身を寄せてきたレムリルが、彼にこんな耳打ちをする。


「コウタロウさまに比べれば、お嬢さまなんてあんな格好ですから。うふふ」


 言われてアイリーンを見やれば、確かに彼女も昨夜の戦闘でドレスもすすけて台無しだった。

 元は上等なおべべだったのだろうが、今では見る影もない。


「何をふたりで内緒ばなしをしているんですか?!」

「お嬢さまが英雄さまを前にしているのに、とっても素敵なお召し物だと話していたんですよー」

「そう思うならこの鎧を脱ぐのを手伝ってくれないかしら!」

「はいはい、わかりましたっ」


 けもみみをピコピコと動かしたレムリルは、船坂に苦笑を浮かべながらアイリーンの方へと近づいた。

 んしょんしょと腕から手甲を引っこ抜き、女性には重たそうな鉄板を脱ぐ。

 下着姿になるわけでもないのだから気にする必要はないのだが、何だか船坂は観察するのも悪い事の様な気がしてくるのだった。


「俺も装備を外しておくか……」


 まずはヘルメットを外して、背中に担いでいたレミントン狙撃銃とアサルトカービンをソファにたてかける。

 ついでにケプラー樹脂とセラミックで合成された防弾ジャケットを脱ぐと、船坂の体は少しだけ軽くなった様な気がした。


「あー。もしよろしければ、お荷物はこちらでお預かりしましょうか?」


 気を利かせたつもりだったのだろう。

 ふと笑顔を振りまきながら近づいてきた狐耳少女のレムリルは、手を伸ばして狙撃銃とカービンを抱き上げようとしたのだが、あわててそれを船坂が制止する。


「触っちゃ駄目だ!」

「?!」

「あ、いや。それは俺の武器だから、気にしなくていい」

「しっ失礼しましたコウタロウさまっ」

「持っていくならこのヘルメットとチョッキをお願いするぜ」


 いきなり船坂が大声を上げたものだから先ほどまでの快活な表情は鳴りを潜め、レムリルはドギマギした表情でヘルメットとチョッキを受け取って深々と頭を下げた。

 別に起こったわけではなかったが、銃火器を触った事のない素人に触らせて暴発でもしたら大変だ。


「レムリル。戦士の武器とはその方の魂と同義なのですから、安易にさわってはいけないわ。それにコウタロウさまは女神様の守護聖人なのだから」


 いや違うから。

 勝手な解釈をしたアイリーンがニッコリ笑うと、とても反省した顔でレムリルが改めてペコリとした。


「わかったらお疲れのコウタロウさまに、お飲み物をご用意して」

「はい、わかりました。戦士の魂に触れてしまいすいませんでしたっ。このお荷物は大切にお預かりしておきます。失礼します!」


 ようやく謝罪を口にしたところで、狐耳少女の元気印が復活した。

 そのままとてとてと応接室を飛び出して言ったところで、アイリーンがこちらに顔を向けてくる。


「コウタロウさまはしばらくご予定がないとお伺いしておりましたけれども」

「うん。まあ予定はあったんだけど、ドラゴンのせいで全部おじゃんになったからな」


 たぶん連休が終わった後も職場に出勤する事は叶いそうも無いだろう。

 船坂がこれからどうしたものかと思案していると、ふとモジモジした表情のアイリーンがこんな提案をしたのである。


「先程も申しましたが、コウタロウさま。次のご予定が決まるまでいくらでもこの里でゆっくり過ごしてください」

「え、いいのか? じゃあ予定が決まるまで数日お言葉に甘えようかな……」

「コウタロウさまは里のエルフたちを大勢救った龍殺しの英雄ですから、もちろんです! わたしの屋敷に仕えている騎士にもぜひ紹介したいですし、数日と言わず何年でも!」


 さすがに何年もお世話になるわけにはいかない。

 それでは無職である。


「それともやはり邪神教団の事がコウタロウさまは気になるのでしょうか?」

「まあ気にならないと言えば嘘になるが、今は何も決めていない状態だから落ち着いて考える時間が欲しいからな」

「でしたらぜひ、この屋敷で一番上等な部屋でお泊り下さい。何でしたらわたしの部屋をお使いになられますか?」


 何度も繰り返すが船坂は童貞である。

 譲ってくれても気持ちはありがたいが、童貞なので美少女の使っていたプライベートルームは刺激が強すぎる。嬉恥ずかしそこは丁重にお断りしておいた。


「武器の事もあるから、出来れば独りきりのところがいいかな……」

「でしたら屋敷の離れにゲストルームがございますので、そこでおくつろぎください」

「わかった。じゃあそこでお願いしますっ」


 こうして船坂弘太郎は、エルフの里でしばらくご厄介になる事になったのだ。

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