鈴ルート8話 報復来りて
翌朝、時間に余裕が出来るように起きた俺は、特に急ぐこともなく、鈴下との待ち合わせ場所に向かうと、すでに鈴下はそこで待っていた。
「遅い」
「待たせて悪い……って、まだ約束の時間5分前なんだけど」
「わたしが待ったことには変わりないでしょ。ほら、行くわよ」
「そう焦るなって。『バーウォー』は逃げたりしねえよ」
「わかってるわよ」
とか言ってるのに、鈴下の歩幅は小さくなることはなく、ゲーセンに向かって前進あるのみだった。
ゲーセンに到着すると、そのあまりの人の多さに圧倒される。
「さすが期待の新作だな……」
休日ということもあるからか、ゲーセンにはいつも以上に人が入っていた。そのほとんどのお目当てが、やはり『バーウォー』だ。その証拠に『バーウォー』の筐体に人が密集している。
「格ゲーマーだけじゃないわね。一般プレイヤーもこぞって狙ってるみたい」
「休日とはいえ、朝からこの人だかりは尋常じゃねえな」
とてもすぐにプレイ出来るような状態ではなかった。
「どうする? あれじゃいつ出来るかわからんぜ?」
「あんたはバカなの?」
「なに?」
「今日、ここに何しに来たか、覚えてないわけ?」
「ということはつまり――」
「早く並ぶわよ! 時間がもったいないわ!」
この人、マジのようです。
「確かに、諦めて帰るわけにはいかんな」
鈴下とは隣の列に並び、順番を待ちながら、前方にあるゲーム画面を見る。
「情報ではリングアウトっていう勝利方法があるって聞いたけど、どうやら本当みたいだな」
「どれだけ体力の差があっても、落とされたら1発アウトってわけね」
「ホントに3Dで動いてるな」
「リングアウトってルールも、3Dならではって感じで面白いわね」
「虎狼伝説が2ライン制で奥行きがある感じだったけど、これはそれを圧倒的に超えてるな」
「言ってしまえば、360°移動できるものね」
「すごい時代になったものだ。――あれ見ろよ、鈴下」
「なに?」
「『連コイン禁止』って貼り紙してある。この店、あんなことしたことなかったのにな」
「あまりに人気だったからでしょ。こんな衆人環視の中でするやつがいたら、勇者だと思うけどね」
「そんなことしたら、間違いなくフクロだろうな」
「あー、早くしたいなー」
俺と鈴下の希望が叶うまで、軽く1時間は待った。
「やっと出番が回ってきたな」
「やるわよー!」
幸いなことに2人ともほぼ同時に筐体へ着席することができ、並んでゲーム開始。
「まずはCPU戦をしたいんだけどな……」
こんな人数がいるから、否応無しに対人戦なんだけどさ。
「実戦で慣れればいいのよ。操作方法もテクニックもね」
さすが、ガチ格ゲーマー様は言うことが違うね。
「その言葉を実行出来るように頑張りますか」
キャラはとりあえず、わかんないから主人公っぽい『
相手は『
5分後――
「ぐわあ! 負けた!」
『バーウォー』が稼働して、まだ数日のはずなのに、この短期間でここまで上手く扱えるとは――鈴下はどうなった?
「…………」
うわお……すでに3連勝ですか。格ゲーの申し子は違うな。
「おっと、いけねえ……」
俺の後ろに並んでた奴からの殺気のこもった視線を浴びせられてるのに気づき、慌ててその場を去る。
「鈴下はまだまだやってるだろうな」
出来れば俺ももう1回プレイしたいが、すぐ負けるだろうし、また並ぶのも面倒だし、鈴下が終わるまで待つか。
「いつになるかだけが心配だな」
1時間後――
「はああっ……! 楽しかった!」
列に並ばないよう注意しながら、すぐ後ろで待機していた俺のところへ、背伸びしながら現れる鈴下。
「ありゃ? 負けたのか?」
「え? うん、まあそんなとこ」
「珍しいな、鈴下が負けるなんて」
「そんな日もあるわよ。そういうあんたは勝てたの?」
「初戦敗退だ」
「もうしなくていいの?」
「また並ぶの面倒だし、せっかく鈴下と合流出来たから、もういいよ」
「そ。ならさ、他のゲームやってみない?」
「いいぜ。どの格ゲーにする?」
「うーん、それもいいけど……格ゲー以外ので、対戦とか協力のがあるでしょ? それにしよ?」
「ああ、いいぜ」
鈴下も格ゲーばっかりじゃ飽きがきてるんだろ。特に最近はファニコン漬けだったから、なおさらだ。
「わたし、やりたいゲームがあるんだけど……」
「なんだ? なんでもいいぞ?」
「これ」
「これは『ナリオブラザーズ』か。やったことないわけないよな?」
ハイスコアにも鈴下のスコアネームである『BELL』が表示されているし。
「やったことはあるわよ。ただ――」
「ただ?」
「協力プレイ……したことないから」
「そういうことか」
鈴下は今まで1人でゲームしてきたから、誰かとゲームするにしても対戦はあっても、協力はないんだ。
「な、なに? わたしが協力プレイしたいとか変って思ってんの?」
「そんなこと思わねえよ。このゲーム、あまり得意じゃないから、むしろ百人力だ」
「そう? そこまで言うならやってあげてもいいわよ?」
「はいはい、お願いします」
「よーし、いっくわよー!」
「おー!」
今日の鈴下は一段と笑顔に見えた。
数分後――
「あんた、協力プレイってどういうのかわかってんの?」
「さっきも言ったろ? あのゲーム苦手なんだって」
「だからって、わたしがアタックしようとしたカニを下から叩いて、復活させてどうするのよ」
「あれは上のカニを叩きたかったんじゃなくて、同じ段のカメを踏もうとしたんだよ」
「あんたと協力プレイしようとした、わたしが悪かったわ」
「自分でも良い判断だって思ってしまう辺り、悲しくなってくる」
「やっぱり、対戦よ! 対戦! これをやるわよ!」
「エアホッケーか。アナログにいくとは思わなかったぞ」
「これもゲーセンでは定番でしょ? 筒六と1回しかしたことないけど、あんたなら勝てそうだわ」
「甘く見てもらっちゃ困るぜ、鈴下」
「なによ?」
「俺はその昔、友達とこれをやりまくった時期があってな。俺に勝てる者はいなかったのだ。それで付いた俺の異名は『空気圧の誠』なのだよ!」
「ダサっ……」
「言うな! 俺だって、今思い返すと恥ずかしいんだよ!」
そうあの時はその異名で得意気になっていたが、後にバカにされてると紗智に聞いてひどく落ち込んだのだ。
「さらば、辛い俺の青春の日々……」
「なに1人で思い出に浸ってるのよ、『空気圧の誠』」
「えーい! どいつもこいつもバカにしよって! ならば、その異名に相応しき実力! とくとご覧あれ!」
数分後――
「バ、バカな……」
「もう終わりなの、『空気圧の誠』?」
「えーい! まだだ! ここからが本番だ!」
「何度でもかかってらっしゃい」
俺と鈴下はエアホッケーに没頭していたせいか、外はすでに夕暮れに包まれていた。ああ、西日が俺の目に眩しく刺さるぜ。
「『空気圧の誠』も落ちぶれたものね?」
「この俺が一度も勝てないなんて……がくっ」
正直、けっこうショック……。
「ま、そんな日もあるわよ」
「くそぅ……マジで少しは自信あったんだけどな。鈴下ってゲームって名前なら、どんなものでも得意なんだな」
「そう? あんまり自覚ないけど」
「鈴下の腕はすごいと思うぜ。そうだ! ゲーム雑誌のライターとか目指してみれば?」
「はあ? あんた、いきなりなに言ってんの? どっからそんな発想がくるわけ?」
「鈴下って、ゲームプレイが上手いのはもちろんだけど、分析力もあるだろ。このゲームはここが良いとか、悪いとか。それを事細かに指摘出来るって、1つの能力だと思うんだよ。イラストレーターは目指さないって言ってたから、そういうのもいいんじゃないかと思って」
「勝手に決めるなっての。別に興味ないし」
「そっか。鈴下に合うと思ったんだけどな」
「知らないわよ、ふん……」
態度では素っ気ないように振舞っているが、表情を見る限り、本気で興味ないような感じではないみたいだ。
「それより、次のゲームをするわよ」
「今度はなんだ? 対戦か? 協力か?」
「あんたにリベンジさせてあげようと思ってさ」
「リベンジ?」
「わからない? 『ころエク』でリベンジマッチさせてあげるわよ」
「なに!?」
「どうする? 逃げ出すなら、今だけど?」
「逃げるだと? そんなわけにいくか。受けてたってやる!」
「いいわよ、始めましょうか」
前対戦したときに突撃しすぎって言われたから、今回は様子見しながら、的確に攻撃をヒットさせていこう。
数分後――店内にある休憩スペースのベンチに腰掛けながら、俺はうなだれる。
「完敗だ……」
「前よりはよくなってるんじゃない?」
「う~ん、そうなのかな……。負けは負けだから、よくわからんぞ」
「よくなってるわよ。前、対戦したときはただ突撃してくるだけだったのが、ちゃんと考えて突撃してたもんね」
「突撃の部分は変わらないのか」
「そうね」
「即答かよ」
「だって、本当のことなんだもん、ふふ」
「かなわねえなあ、はは」
鈴下と一緒だと気軽というか気兼ねないな。なにより楽しいし、また一緒に――
「楽しいそうだね、お二人さん?」
「俺らも混ぜてよ、ひひ」
「!?」
2人で座っていた場所を取り囲むように、複数の男たちが立っていた。
「探したぜ、嬢ちゃん?」
「わたし?」
「おめー以外、誰がいるってんだよ?」
「ここ数日ずっと探してたんだぜ?」
こんな奴らが鈴下に何の用なんだ……どこかで見覚えがあるんだけど……。
「なに? ストーカー?」
「俺らを見ても、まだわからねえのか?」
「知らないわね。あんたたちみたいな、キモイ連中」
「お、おい、鈴下……」
「このやろう、いい気になりやがって」
「まあ落ち着け。これから覚えさせればいいさ」
「俺らは1ヶ月ぐらい前、ここでてめーと会ってるんだぜ?」
1ヶ月前にここで鈴下と……あ――!
俺の頭にとある強烈な情景が思い出される。俺にとっても、鈴下を初めて見かけた日だ。あの日、鈴下に『ころエク』で惨敗した俺は他のゲームをプレイしてた。その間、鈴下に対戦を挑んだ連中が、負けた腹いせにリアルファイトを挑むも、そっちも惨敗。最後まで威勢だけはよかった奴らだ。そんな奴らが一体何しに……しかも、あの時より人数多いし……。
「ぜっんぜん、覚えてないわね」
「そうかい。それもいいさ」
「どうなるかは知らねえがな」
「ま、待ってくれ!」
「!?」
「なんだてめーは? こいつの連れか?」
「冴えねえやろうだな?」
ほっとけ。
「あの時はこいつもちょっとイライラしてただけなんだ。気の迷いってやつだ。だから、今回は勘弁してやってくれよ」
「あんた……」
「ほう、なかなか男見せるじゃねえの?」
「はは、それはどうも」
「でもな、それとこれとは話が別だ」
「え……」
「邪魔するんなら、まずはてめーから――」
「待って!」
鈴下は咄嗟に俺の前へ出て、男たちに向かって、深々と頭を下げた。
「す、鈴下!?」
「て、てめー! どういうつもりだ?」
「…………」
「なんとか言えや」
「くっ……」
「え? なんだって?」
「わ、わたしが――」
「…………」
「わたしが悪かったです!」
「!?」
「なっ……!」
「この前は本当にごめんなさい! わたし、どうかしてました!」
「あ……な……」
「悪気があったわけじゃないんです。でも、あなたたちを怒らせたのは事実です。本当にごめんなさい!」
「お、あ……おう」
「わたしには謝る事しかできません。それで許してもらえるのなら、謝ります。すみません!」
「え、う、ああ……」
さっきまで威勢よく鈴下に突っかかってきた連中が、鈴下の思わぬ行動に動揺を隠しきれていない。俺だって、その1人だ。まさか鈴下がこんな連中に謝るなんて……どういうつもりなんだ。
「許してはもらえないでしょうか?」
「う、うう、ん……」
何事かと騒ぎを聞きつけた店内の客が少しづつだが、俺たちのほうへ注目し始める。1人の女の子が大勢の男たちに頭を下げる。そんな異様とも言える光景に、見た者誰しもが疑問と男たちへ非難の目を向ける。野次馬のヒソヒソ話は次第に声量を上げ、距離のある俺たちにも聞こえるほどだった。
「ど、どうするよ?」
「なんか、まずい雰囲気出来上がってね?」
「ぐ、うぬぬ……」
「…………」
「わ、わかりゃあいいんだよ!」
「…………」
「次からは気をつけろよ! おい! てめーら行くぞ!」
「見せもんじゃねえ、野次馬ども!」
男たちはゾロゾロと不満を残しつつ、しかし納得して店から出て行った。それを見計らって、鈴下は頭を上げた。
「鈴下、大丈夫か?」
「うん、大丈夫よ」
「……今日はもう帰るか?」
「うん」
さすがにこの雰囲気でゲームって感じじゃないもんな。
家に帰ると、すでに紗智が夕飯を用意してくれて、3人で食事をしながら、今日の出来事を話した。
「えー! そんなことがあったの!?」
「うん」
「鈴ちゃん、怪我なかった!?」
「平気」
「誠ちゃん! ちゃんと鈴ちゃん、守ってあげなきゃダメじゃない!」
「それは――」
「いいの、紗智。わたしが勝手にしたことだから」
「え……」
「鈴下……」
「だから、平気よ」
「そ、そう? なら、いいんだけど……」
「…………」
ゲーセンでの一件があってから、鈴下はなぜかずっとこんな調子だ。物静かというか、無感情というか。どうしたんだ?
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