紗智ルート24話 みんなの想い

「誠ちゃん、今日も用事?」

心配するな紗智。今日の――いや、今日からの放課後はお前との約束以外で用事なんて作らないさ。

「いや、一緒に帰ろうぜ」

「大丈夫なの?」

「ああ」

「麻衣ちゃんも帰ろう?」

「え、あ、あの私は用があるので、し、失礼します!」

「あ、行っちゃった……」

三原も演技が下手くそだな。

「あいつも忙しいやつだな」

「うん……」

「そうだ、紗智。家に帰る前に寄り道していこうぜ?」

「え……でも、ご飯は――」

「たまには下校デートでもしていこうぜ?」

「うん、誠ちゃんがいいなら」

「よっしゃ! 早速、出発!」

紗智の手を取り、走り出す。

「せ、誠ちゃん! そんなに焦らなくても……」

「なーに言ってんだ。紗智とのデートなのに、時間の無駄はできないって」

「誠ちゃん……」


「おい見ろよ、紗智! すっかりクリスマスモードだな!」

商店街は前来たときよりもさらにイルミネーションの数が増えて、すでに沈み始めている太陽の光の代役をしていた。

「そうだね……」

「あそこなんて、サンタがいるぞ! どこぞの店のオヤジに違いねえ」

「誠ちゃん……」

「どうした、紗智?」

「無理しなくていいよ?」

「…………」

「あたしに気を遣ってくれてるんでしょ? あたしは――」

「そんなことしてねえよ」

「え……」

「言っただろ、デートだって。紗智とのデートを楽しんでるだけだ。紗智は嫌か?」

「そんなことないよ。だって誠ちゃん、普段と違うから……」

「なんだよ、紗智ー。普段の俺は根暗だって言いたいのかよー?」

「ち、違うよ! そんなこと――」

「深く考え過ぎだって。もう少し歩いてこうぜ?」

「うん……」

「ここ歩いてると、色々思い出すよな」

「うん……」

「みんなでウインドウショッピングしたり、学園祭の買い出ししたり」

「…………」

「ほらあそこの喫茶店、鈴下がバイトしてるの知ったときはビックリだったな」

「誠ちゃんは先に学園で知り合ってたもんね」

「そうそう。その後、紗智のほうが仲良くなってたもんな。あのゲームセンター、初デートのとき行ったな」

「うん、エアホッケー楽しかったね」

「またしような」

「うん」

「紗智……」

「なに?」

「この町にはいっぱい思い出があるな」

「……うん」

「どれもこれも大事な思い出だ。紗智との思い出はなによりも大事だ」

「……うん」

「でも俺はこれからの――恋人としての紗智との思い出も大事にしたい。もっともっと、たくさんの思い出を紗智と作っていきたい」

「誠ちゃん……」

「そういう未来が楽しみだって、思ったことないか?」

「あたしは……あたしもあるよ。誠ちゃんともっと楽しい未来を歩んで行きたいって。でも……あたしは……」

やはり、紗智はそのことが引っかかってるんだな。時間は――もう大丈夫か。

「もう暗くなってきたな。そろそろ帰ろうぜ?」

「う、うん……」


自宅へ到着する。いよいよだ。紗智、喜んでくれるといいんだけ……って、ダメだダメだ! マイナスなことは考えるな。どんな結果になろうと、自分で選んだことなんだ。自分を――紗智を信じるんだ。

「あ、あれ? 誠ちゃん、鍵は?」

「…………」

俺は無言で紗智と共に自宅に入った。

「ね、ねえ、誠ちゃん? 電気つけないの? 暗くてなにも――きゃっ!」

突然、照らされた室内に紗智は目を伏せる。

「誠ちゃん、電気つけるならつけるって――」

明るさに慣れて、紗智が顔を上げた瞬間――

「ハッピーバースデー! 紗智!」

三原、会長、鈴下、仲野、そして俺を含めた5人は紗智にお祝いの言葉をかける。

「え……え……」

「誕生日おめでとう、紗智さん」

「おめでとうございます、紗智さん」

「おめでと、紗智」

「おめでとうございます、紗智先輩」

「みんな、どうして……?」

「今日が誕生日だと、鷲宮君に聞いていたのでな」

「サプライズをしようと思いまして」

「どう? ビックリしたでしょ?」

「飾り付けも紗智先輩の好みに合わせました」

すげえ、あの短時間でよくここまで準備出来たな。

「そ、その、あたし、ビックリしちゃって……」

「無理もありません。しかし、喜んではいただけなかったでしょうか?」

「そんなことないよ。あたし、こういうのしてもらったことないから、すごく嬉しいよ」

「それはよかった」

「ありがとう、みんな……」

口ではああ言ってるけど、どこか元気がない。心の引っかかりが素直に喜ぶことを拒否してるんだろうな。

「紗智」

「誠ちゃん?」

「誕生日プレゼントがあるんだ。受け取ってくれないか?」

「あたし、その……」

「これを……受け取ってほしい」

「こ、これ――!」

手のひらに置いた自作の天使猫を紗智の目の前に差し出す。

「せ、誠ちゃん……これって――」

「前のに比べたら、ちょっとブサイクになっちゃったけどな」

「もしかして、作ってくれたの?」

「ていっても、みんなにも手伝ってもらってだけどな」

「みんなが……?」

「私たちは少し手を加えただけだよ」

「はい、鷲宮さんによるところが大きいです」

「ま、こいつもやれば出来る奴ってことよ」

「悔しいですが、鷲宮先輩は見事でした」

「紗智……」

「誠ちゃん……?」

「前のは壊れてしまったし、紗智にとって大事な思い出がつまった大切なものというのはわかってる。でも、これからはもっと大事な未来を――俺とこの天使猫と一緒に作っていきたい。だから、紗智。受け取ってくれないか?」

「誠ちゃん……誠ちゃん……!」

紗智は勢いよく、俺の胸に飛び込み抱きしめてくる。久しぶりに感じた紗智の感触は温もりがこもっていた。

「おっと!」

「ごめん! ごめんね、誠ちゃん! あたし、こんななのに……ありがとう」

「何言ってんだ。紗智は紗智だろ?」

「ううん……あたし、ずっともうダメって思ってた。誠ちゃんとの大切な思い出がなくなっちゃったって、思って……。あたしのせいでそんなことになって、どんな顔で誠ちゃんに会えばいいか、わかんなくて……ずっと苦しかった。自分のせいなのに、誠ちゃんやみんなにこれ以上迷惑かけられないって。でも、誠ちゃんに怪我させたこととか、天使猫のこと考えたら、怖くなって……もうどうすればいいか、わかんなかった。なんでこんなことになったんだろって、ずっとそのことばっかり考えてた。それなのに……それなのに、誠ちゃんやみんなはあたしを諦めずにいてくれて……う、ううう……」

「全部、わかってる」

「う、うう……」

「ずっと一緒にいたんだから、紗智のことはわからないわけないだろ」

「誠ちゃん、誠ちゃん……ありがとう」

「今までごめんな、紗智。これのためとはいえ、お前の傍にいてやれなくて。お前が苦しんで、怖がっているの知ってたのに――その上でお前のことほったらかしにしてしまった。本当にごめん」

「ううん……あたしが誠ちゃんをちゃんと信じてあげてればよかったのに……。あたしのほうこそ、誠ちゃんを不安にさせちゃって……ごめんね」

「これからも一緒にいてくれるか?」

「うん、一緒にいたい!」

「あのー、わたしたちのこと忘れてない?」

「あっ、す、すまん!」

「ごめん!」

「鈴ちゃん……いいとこだったのに」

「なにはともあれ、紗智さんも元気になってくれてよかった」

「今まで迷惑かけてごめんなさい」

「迷惑だなんて、私たちに比べれば――」

「え?」

「私たちとて、紗智さんのおかげでこうやって出会え、仲を深めることが出来たんだ。私は学園祭のときに紗智さんの世話になった。そのときのことに比べれば、ささやかなものだ」

「そんな、あたしなんて……」

「もう遠慮しあってたら、いつまでも終わんないでしょ? 素直に受け取りなさいよ、紗智」

「鈴ちゃん……」

「鈴ちゃんの言う通りです。私たちはみんな、好きでやったことなんですから」

「筒六ちゃん……」

「紗智……」

「ありがとう、みんな。あたし……すっごく幸せだよ。みんなの気持ちが込められたこの天使猫はずっと大切にするね」

「そうしてくれると、その天使猫も――」

こんなときに俺の腹は盛大に鳴った。

「あんたねえ……」

「鷲宮さ~ん……」

「はあ……」

「期待を裏切らない男ですね、鷲宮先輩」

「う、うるせえ! どんなときだって、腹は減るんだよ!」

「あはは、あははは!」

「紗智まで笑うなよ」

「だって……ぷっ、くく、あはは」

笑った顔が見れたから、許してやるか。

「皆、夕飯がまだだったな。鷲宮君みたいに腹が鳴っては恥だ。食事を用意してあるから、皆で食べよう」

「そんなものまで……」

「麻衣に頼んで、すっごいご馳走用意してもらったんだから」

「大したものじゃありませんよ」

リビングのテーブルいっぱいに乗せられた特大級の品々のどこが大したものじゃないんだろうか。

「これで大したものじゃないとは……さすが麻衣先輩」

「美味そうだな」

「誠ちゃんの取ってあげるよ」

「ありがとう、紗智」

「筒六~、わたしにも取って~」

「はい、鈴ちゃんの分だよ」

「きぬさん、みなさんに箸は行き届いているでしょうか?」

「ああ、大丈夫だ。だが、紙コップが足りないようだ。取ってくれ」

「みんな、飲み物注いだか?」

「はーい!」

女子全員が一斉に返事をする。

「じゃあ、主役の紗智!」

「は、はい!」

「乾杯の音頭をよろしく!」

「え、ええー!?」

「お願いします、紗智さん」

「早く~、お腹すいたわよ~」

「乾杯……楽しみです、紗智先輩」

「簡単でいいんだよ」

「ほら、紗智」

「えーと……みんな今日はあたしのためにこんな豪華なパーティーを開いてくれてありがとうございます。突然ですごくビックリしちゃったけど、とても嬉しいです。今日のパーティーとみんなの想いが込められた誕生日プレゼントは大切に、そして、絶対に忘れません。なにか不安になったり、困ったときは、今日あたしのためにみんながしてくれたことを思い出して、頑張っていきます。今日は本当にありがとうございます。そ、それじゃ、乾杯!」

「かんぱーい!」

ここにいるみんながとても楽しそうに食事をする。今までいろんなことがあった。苦しいこともあった。楽しいこともあった。全部ひっくるめてこれから良い思い出になっていくはずだ。みんながいたから、どんなことでも乗り越えられた。俺と紗智も前に進むことが出来た。俺と紗智以外のみんなはいつかバラバラになってしまうのかもしれない。それでも今日というこの素敵な日を忘れることはないだろう。ありがとう、みんな。


「食った食った」

さすが三原家で用意したもんだけあって、未知の美味さの食いもんばっかりだったな。

「お腹いっぱいです」

運動部にしては仲野は少食だ。

「そう? わたしはまだまだいけるわよ?」

「すごいな鈴さん」

「私ももうちょっとなら……」

「すごいなー、麻衣ちゃん。あたしはもう入んないよ~」

「そろそろ片付けるか?」

「ちょっとまった!」

「どうしたの、鈴ちゃん?」

紗智の疑問は俺も同意だ。

「そうだね、まだアレがあるもんね、鈴ちゃん」

「アレ?」

なんだ、聞いてないぞ。

「ほ、本当にするのか?」

「きぬさん、するって決めてたでしょ?」

「し、しかし……」

「なんの話?」

「さ、レッツゴー!」

「え、え~~~?」

鈴下は紗智の腕を取り、隣の部屋に連行する。

「ま、待て! まだ心の準備が――」

「麻衣先輩、右をお願いします」

「はーい」

「あ~~れ~~」

会長も仲野と三原に連行される。

「お、おい! 待て――」

「あんたはそこにいて!」

「なにがどうなって――」

「覗かないでくださいね、助平先輩すけべえせんぱい

隣の部屋に消える女子の面々。そのネタ、久しぶりだな、仲野。何するかしらねえけど、待ってみるか。

「ええ!? これを?」

「ちょっと、あんまり大きな声出すと聞こえちゃうでしょ」

「ご、ごめん」

「わ、私は似合わぬ故、皆だけで楽しむといい」

「きぬ先輩、ここまできて怖気づいたのですか?」

「な……」

「あいつにあんなこと言ってたのにねえ?」

「よいだろう、この小谷きぬ。自らの宿命から逃れはせん。この程度のこと、わけないわ」

「よいしょっと……」

「麻衣先輩、すごいですね」

「え?」

「前から思ってはいたけど、間近で見るとさすがね……」

「あ、あんまり見ないでください……」

「あたし、体育で一緒に着替えるんだけど、麻衣ちゃんはすごいんだよ」

「紗智さ~ん……」

「ね、ねえ! 1回! 1回でいいから、お願い!」

「私もあやかりたいです」

「ま、待ってください……だめえ……」

なんだなんだ。扉の向こう側で一体なにが繰り広げられてるんだ。こんなの覗くなと言うほうが拷問だろう。そう! 鶴の恩返しだって、覗いている。これは覗くためのシュチュエーションなのだ! いや、覗きたいとかそういうんじゃなくて、昔の人のオマージュをだね。そーっと、扉の前に近づいて~――

「くっ、なんて大きさなの……」

「これはなかなか……」

「も、もういいですか……?」

「すまない、これはどっちが前なのだ?」

「あ、これはですねえ……」

お、おおお! なんてことだ! あの女子たちのあられもない姿が目の前に広がっているではないか! ありがたや~ありがたや~。

「早く着替えないと、鷲宮さんが――」

「あ、待たせちゃってるね」

「うーむ、こういう服は着たことがないから、戸惑う」

「筒六~、あれ取って~」

「はい、鈴ちゃん」

しかし、全体がはっきりわからん。もう少し……もう少しだけ……。そう思い、扉を押し込もうとした瞬間――

「あり?」

紗智の掃除が行き届いているおかげで俺は足を滑らせ、室内へダイブする。

「!?」

「あてて、一体なにが――」

「…………」

「…………」

室内にいる全員の目が点になったのはいうまでもない。それが数秒続いた後、俺は目の前の光景を理解する。あ、あら~、みなさん、揃いも揃って大変無防備でいらっしゃること……。

「や、やあ、そんな格好で寒くないのかね、チミ達?」

「…………」

「あ、暖房が効いてるから、大丈夫だったね、はっはっはっ」

「…………」

「しかし、風邪の心配もあるから、早めに服を――」

「あんたね~……」

「鷲宮先輩~……」

「鷲宮さ~ん……」

「鷲宮く~ん……」

「誠ちゃ~ん……」

「やだなあ、みんな怖い顔して、どうしたの――」

「出てけえーーー!!」

「ぐべっ! どはっ! げぼっ! おかべっ!」

まるで投球を受け止められない新人キャッチャーの如く、女子たちが投げたあらゆる物体を体で受け止めてしまう。倒れる瞬間、思い出す。鶴の恩返しも覗いた報いは受けるのだ。

「いい、誠ちゃん?」

数分後、隣の部屋から確認の合図が送られる。

「はい」

「覗いてませんね、助平先輩?」

「はい」

「開けるわよ?」

「はい」

「せーの――」

「はっ!」

「じゃーん! サンタさんだよー!」

部屋から出てきた女子たちは全員がサンタのコスプレで登場した。

「おお……!」

うーむ、圧巻とはまさにこのことだ。紗智はとくに似合っているが、他もなんてレベルが高い。会長なんてそんなイメージまったくないから、そそるものがある。

「あ、あまり見るでない」

「全員分、用意できてよかったです」

「意外に温かいわね」

「鈴ちゃん、すごく似合ってるよ」

「誠ちゃん、どう?」

「ああ、みんなすげえ似合ってる」

「大成功ですね」

「ああ、そうだな」

「きぬは最後まで抵抗してたけどね」

「こんなところで、きぬ先輩の弱点を見つけてしまうとは」

「あ、あまり言うでない」

「でも、可愛いですよ、きぬさん」

「あ、ありがとう……」

「さーて、お披露目も終わったことだし……」

「うん、そうだね」

目の前のそれはそれは可愛い衣装に身を包んだ女の子たちはジリジリにじり寄ってくる。

「ちょ、ちょっと、ち、近くないかね?」

「誠ちゃ~ん? さっきのはどういうことかな~?」

「ぎゃああ! お助け~!」

その後、数十分……可愛いサンタ集団からの手痛いプレゼントを受け取らざるを得なかったのは言うまでもない。

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