第13章 エッジ(14)

 

 

 三成が口を噤んだ。

 

 突然の主の沈黙に、他の者が三成を見る。

 

 その視線の集まるなか、三成は手綱をしぼって馬を止めた。

 

 どうしたのかと思いながらも、供の者たちもまずはそれに従った。

 

 三成はじっと、馬上から、心もち顔を上に向け、礼韻を見おろした。

 

 その視線を、礼韻は避けることなく見つめ返した。いつもそうするように、スッと目を細め……。

 

 殿はいったいどうしたのだろう。供の者たちの訝し気な表情がそう言っている。しかし交わされている視線の刺すほどの鋭さに、どうにも言葉を出せないでいた。

 

 礼韻は心中、「ほう」と感心した。三成の目から、2つのことを読んだからだ。1つは、その鋭利な刃物のような強烈な視線だ。さすがに人間としての「モノ」がちがうと感じさせるものだった。やはりこの人物は歴史に名を残しうる資質を持っていたのだ。茶坊主から天下人の側近にまで駆け上がる男にふさわしい、目の異様な光だった。

 

 そしてもう1つは、その視線の中に浮く、自分に向けられた複雑な感情だ。あきらかに、この足軽はなにかがちがうと視線が語っている。三成の視線には、それまで家臣と話していた内容が消し去られていた。思考はすべて、目の前の足軽に向けられていた。礼韻はその「カン」の鋭さに、感心したのだ。時を渡ってきた超常的な人間に対し、なにかしらのカンが働いたようだった。この男はただ者ではない、なにかがちがう、と。しかし、どう、ただ者ではないのかまでは、見抜けないようだった。

 

 三成はじっと見つめたまま、動かなかった。礼韻もまた、指先一つ動かすことなく直立不動で見つめ返していた。動いているのは供の者ばかりで、彼らは首を傾げながら、いったいどうなっているのだと仲間内で視線を交わしていた。

 

 そのうちの一人が、ようやく、「殿」と声をかけた。三成は動かず、もう一度声をかけて、三成が煩わしそうに顔を向けた。黙考は三成の好むところで、邪魔をされたくないものだった。

 

 三成の視線から外れた礼韻は、全身の汗を感じた。おそろしい視線だと、そこであらためて思った。礼韻にとって、甘美で危険な視線だった。

 

「その者!」

 

 三成が礼韻に言った。

 

 しかしそのあとが続かなかった。あきらかに常人ではない。しかしどう扱っていいものか、計りかねているようだった。言いよどんだ口元に、迷いが感じられた。

 

 三成がちらりと、左前の男を見た。その男は数秒ののち、あごを引き締めるように小さく頷いた。

 

 その男は供のなかで唯一、三成が静止している間にうろたえることがなかった。三成とともに、じっと動きを止め、背筋を伸ばして礼韻を見つめていた。誰かは分からないが、おそらく名のある家臣なのだろう。礼韻は思った。

 

「その者、城内へ。我々に付いてこい」

 

 短く三成が言い、馬を反転させた。

  

 そこに、優丸が現れた。

 

 礼韻が拈華微笑を使い、急いで今起こったことを優丸に伝えた。

 

 なにかの気配を感じたようで、三成が再び馬を反転させた。

 

 そして今度は、優丸をじっと見つめた。

 

「ふーむ……」

 

 三成がため息とも取れる声を、短く発した。そして、

 

「2人とも付いてこい」

 

 そう言って馬の向きを変えた。

 

 礼韻になにかしらの感覚を持ったのなら、それは優丸にも持って当然だった。同じく時を渡り、同じく言葉なしに意思疎通できるのだから。

 

 三成は自分たちにどう接するのだろうか。礼韻は徒歩で馬を追いながら考えた。危険分子として、処分しようとしているのか。それとも、単に興味を持っただけなのか。視線は長く交わしたが、自分をよく思っているのか、悪く思っているのか、そこまで細かくは読み取れなかった。

 

 礼韻と優丸は門をくぐり、佐和山城へと入っていった。

 


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