第11章 裏切り(6)
「三成には、秀吉に心酔するという才能があったんだよ」
「才能?」
「あぁ、才能だ。これは絶対にマネのできないものだ。人間、心酔しようと思ってできるものではないからな」
「心酔することが、才能ねぇ」
涼香は首を傾げる。
「そうだよ。心酔だって、崇拝だって、愚直だって、才能なんだ。どれもやろうと意識してできるものではない」
「愚直も?」
「あぁ。あんまりいい意味には使われない言葉だけどな。でもスポーツ選手などには必要な才能だ。こんな練習やって意味があるのかと考えてしまう者と、愚直に打ち込める者では身に付くスピードに差が出る」
「それはそうだけど……」
「それと同じで、心酔も才能なんだ。そのことによって、成果が出ているならな。三成の場合は秀吉を心酔できたおかげで、秀吉政権で要人になれた。三成自身に武力も財力も魅力もなかったが、秀吉が三成の言葉を重く受け止めるので、他の者は告げ口を恐れて三成に一目置かなければならなかった」
「加藤清正や黒田官兵衛は心酔できなかったの? 秀吉の強大な力の恩恵を与ったでしょ」
「すず、心酔というのは、たった一部の人間だけができる特別な才能なんだ。彼らも忠実ではいた。しかし人間、どんな権力者に仕えていようとも、反感を持たないなんてなかなかできっこない。人には心の揺れがあるんだ。家来にだって虫の居所が悪いときもある。それに、おれならこうするのにと、ボスのやり方に疑問を持つときもある」
「三成にはなかったのね?」
「なかったとは言わないが、少なかっただろうな。それが出世の大きな武器になったんだ。でも秀吉が死んでからは、それが弱点になった」
「弱点?」
「そうだ。なにしろボスの行いに疑問を持たなかったわけだからな。時代の変革に最も適さない人物だということになる。権力者が亡くなったあとは、人の当然の流れとして、今まで権力者が打ち立てた世の中のいい部分は残し、だめな部分はアレンジしていこうとする。変革のいい機会なんだ。しかし三成のような心酔者は、なにがなんでも変えるな! となる。変える者は裏切り者なんだ」
礼韻は水筒からコップにコーヒーを入れ、ゆっくりと飲んだ。
「三成は持って生まれた側近の気質だ。今、天下分け目の戦いをしていながら、天下を取ろうなど微塵も思っていない。また、国家運営の才も持ち合わせていない」
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