怪ノ八十二 購買

 うちの高校の購買は、作りは古いがそこそこ流行っていた。

 高校に入学した当初は、今時使う人なんているんだろうかと思ったが、たまに行くと人でごった返していてたいそう驚いた。そもそも母さんが作った弁当か、近くにコンビニも二店ほどあったので、たいていはそっちを利用していたのもある。


 それでも時々買いに行くことはあった。

 たいてい昼飯というより、購買で取り扱っているサイダーのジュースを買いに行くだけだが。


「こういうものしか買わないよな」


 教室に戻り、買ってきたサイダーを机の上に置く。

 既に食べ始めていた他の友人たちが頷いた。


 わざわざ購買で、というより、購買で売っているものはコンビニでは見ないものだし、物珍しさがあって買うときは買ってしまう。


「そういえば、どっかに第二購買あるらしいな」

「あー、いつも行ってるのは第一だっけ」

「そうそう、前にどこかの廊下で見つけたけど、そっちのほうまで行かないから」

「購買までただでさえ遠いから」


 友人たちの話を、ふうん、という程度に聞いておく。

 そんなところあるんだ、という感じだった。


 そういうわけで、どこかに第二購買がある、という話は頭の片隅に置いていた。それでも普段の生活では通らないところにあるらしく、日常生活を送るうえでは第二購買がどこにあるのかまったく知らなかった。


 そんなある日のこと。


 いつものように、ジュースでも買おうと購買に行った時だった。

 前の授業が偶々五分ほど早く終わったから、という理由だ。

 先生は「鐘が鳴るまで外には出ないように」と言ったが、その分片付けもすぐに済んで、鐘が鳴った瞬間にみな飛びだしていくことができたのだ。

 これ幸いと購買に行くと、いつもと違ってまだ人ごみができていなかった。

 何人か集まってはいるが、前のほうに出られないというわけでもない。

 食べ物を買うわけではないが、こうしてじっくりとラインナップを見られるのははじめてだ。

 少し後ろのほうから、やきそばパンや普段は見ないものが並べられていくのを眺めていると、ふと、スッと高校生でも教師でもない白い薄汚れた服装の女性が、すぐそばの階段に向かうのが見えた。


 ――なんだ?


 ふと興味を惹かれて、増えてきた生徒たちから離れて覗きこむ。

 すると、女は階段を下っていくのが見えた。

 ここの下には何があっただろう。


 時間もあることだし、妙に好奇心が疼いてついていくことにした。

 階段を降りると、廊下には女はいなかった。

 ひょいと覗きこむと、更に下がある。白い服の女は、更に下にくだっていったのが見えた。


 今いるところが一階だから、この学校には地下があるということになる。

 そんなところあったのかと、不思議に思う。


 とはいえ、学校生活の中でまったく立ち入らないところというのもあるにはある。茶道部や箏曲が活動しているらしい和室なんかは見たこともないし、入ったこともない。

 だから、自分の知らないところがあったとして不思議ではないのだ。


 階段を下ると、地下は少し薄暗かった。

 窓がないから当たり前だが、それでも灯りが暗い。


 廊下に出るとそれほど広い空間でもなく、教室の類もない。なんだここはと思っていると、すぐ横に購買があるのが見えた。


 ――あ、なんだ。ここが第二購買なのか。


 なんとなく、こっち側が流行っていない理由を理解する。

 ただでさえ購買は少し距離があるのに、第二購買はそこから更に行ったところとなれば、こっちが流行るのは稀だろう。

 それに、地下にあるせいで薄暗くて不気味さがある。


 とはいえ誰もいないのはラッキーだ。

 あっちの購買がごったがえしてきたころに、こっちもそこそこ流行るんだろう。

 そう思って覗きこむと、奥は更に暗かった。


 ――あれ、もしかしてやってない?


 第一購買のように、店先に多くのパンが並んでいるということもない。

 それでもシャッターは開いているし、奥のほうに人の気配もある。

 見つからないようにじっと様子を伺っていたが、出て来る気配はなかった。商品を取り出しているところなのかとも思ったが、それにしたって遅すぎる。

 だいたい、時間的にも商品は並べ終わっていないといけない頃だろう。

 他の生徒も一向に来る気配がない。

 なんだか不気味になってきて、そっと踵を返す。


 そのときだ。


「買っていかないのかい……?」


 ぎょっとした。

 購買のおばちゃんたちの明るさとはうってかわった、妙にしわがれた声だった。

 ちらりと見たそこには、老婆のような手だけがカウンターの奥から手招きをしていた。


 もしかすると、単に購買のおばちゃんが気にしただけだったかもしれない――だがそのときは何か買う気にもなれず、見つからないように階段を駆け上がることしかできなかった。


 第一購買のところに戻ってきたときには、人の多さと明るい掛け声にホッとしたものだ。


 第二購買は今では使われていないのを知るのは少し後のことだった。

 なんでも、今より生徒数が多かったころに作られたもので、今は第一購買のみが使用されているらしい。だから、今では第一も第二もなく、購買といえば第一購買のことを指すらしい。


 ならばあそこで売っていたのはなんだったのか。


 あそこで何かを買っていたらどうなったのか――世の中には知らなくていいこともたくさんあるのだと、自分の好奇心をおさえている。

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